35. 令嬢は取り戻す
サロンの予約を行い、ティアラが招待状を書いてヨルが届けた二日後。とうとう予定されていたお茶会の日となった。
「本日はお招きいただき感謝いたします、カーナモン様」
エセルが先にサロンにて待っていたティアラに綺麗なカーテシーを見せる。その仕草はティアラよりも洗練されているかもしれないと、ヨルは一瞬失礼な事を考えてしまった。
「よく来てくれたわね。歓迎するわエセル。さぁ座って頂戴」
「はい」
ヨルが椅子を引いてエセルが着席する。その後飲み物をヨルが尋ね、脇に用意されたワゴンで紅茶を煎れている間にエセルが口を開いた。
「それで今日はどういったご用向きで?」
「あら。何か理由が無ければ駄目だったかしら」
「カーナモン様が理由も何も無しにお茶会を開くとは思えませんので」
「………」
幼い頃からティアラと共にいたエセルにとって、ティアラの性格は手に取るように分かった。
エセルに嘘はつけないと理解し、ティアラが気まずげに目線を逸らした。
「…因みに、私の目的に心当たりとか予想とか、ある?」
「そうですねぇ…」
エセルが空を仰いで顎に手を当て、思考を巡らせる。
(カーナモン家は派閥を持ちませんからそれに関する話では無いでしょう。そもそもカーナモン様は腹芸がお得意ではありませんし、貴族の話では無いでしょうね。とすると私個人に関する話…先日の授業…いえ、あの平民の話でしょうか…)
若干失礼な事を考えつつティアラと関わった最近の出来事を思い出して情報を精査してみるが、何分判断材料が足りなさ過ぎて確定出来ない。
結局絞り切る事は出来ずにエセルが首を振ってティアラに降参を告げた。
「カーナモン様がお考えになられる事ですからそう複雑な話題では無いのでしょうが、正直予想がつきませんね」
「……何時も思うけど、貴女って割と豪胆よね」
「それだけの気概が無ければカーナモン様の友人にはなれませんから」
「…ヨル。どう思う?」
紅茶をテーブルに置いて給仕を終えたヨルにティアラが助けを求めるように声を掛ける。…だが、尋ねた相手が悪かった。
「その通りなのでは?」
「ぷっ…申し訳ありません。…ふふっ」
あまりにもバッサリと斬るようなヨルの返答に、思わずエセルが吹き出してしまう。咄嗟に抑えて謝罪をしたが、少し堪え切れていなかった。
エセルはヨルのその歯に衣着せぬ物言いに、良い友人になれそうだと密かに嬉しく思った。
「…ここに私の味方はいないの?」
「私はティアラ様の味方ですよ」
「どの口がそれを言っているのよ!」
「この口ですよ?」
ヨルがその言葉通りに自らの口を指差す。そのブレない様子にティアラが「そうじゃ、ないわよ!」と声を荒らげてヨルを頬を抓った。
「……それで結局何のお話だったのですか?」
ヨルとティアラのイチャイチャを後目にエセルが紅茶で口を潤し、本来の目的を尋ねる。それを聞いて漸く思い出したのか、ティアラがヨルを抓っていた手を離してオホンとお茶を濁すかのように咳をして、目線をエセルへと戻した。
だが予定していた話の流れなど最早無く、どう切り出したものかとティアラは頭を悩ませて言葉を発する事が出来なかった。
「…カーティス様」
「はい。なんでございましょうか」
「今日のお茶会の目的は」
「エセル!」
「仲直りの為ですね」
「ヨルぅ…」
埒が明かないと答えをヨルに聞こうとしたエセルの言葉をティアラが遮る。だがその甲斐虚しくヨルがサラサラと答えてしまった。
「仲、直り?」
「はい。私自身は三年程前からティアラ様に仕えておりますので詳しい事は存じ上げないのですが、メティス様はティアラ様とその昔あまり仲が良ろしくなかったと聞き及んでおります」
「ええ、まぁ…」
「その原因がティアラ様のやんちゃにあったようですが、現在はティアラ様も歳相応に落ち着きを持ちましたので、その当時を反省し謝罪と感謝を伝え関係を取り戻したいとこのお茶会を用意させていただくに至りました。そうでしたよね? ティアラ様」
「…もう、勝手にして……」
ヨルによって全てを赤裸々に告げられ、ティアラが恥ずかしさから顔を真っ赤に染めて、それを見せないよう両手で覆ってしまう。
「……ふっ、ふふっ。あははっ!」
その様子にエセルが噛み殺したような笑い声を上げ、そして抑えきれなくなったのか身体を曲げて大きく笑い声を上げだした。
「な、何よ! 言いたい事があるなら言いなさいよ!」
すっかり臍を曲げたのかティアラが腕を組んでツンとそっぽを向く。だが余程ツボにハマったのかエセルの笑い声が止まることは無かった。
暫く笑い転げた後、エセルがやっと息を整える。
「はぁはぁ…あーもーおかしい…本当に態々そんな事の為に?」
「…そうよ」
「ふふっ…ええそうね。そうだったわね。貴女は昔からそうだったわ。素直じゃなくて、でも曲がった事も嫌いで。そんな貴女の癇癪は相手するのが大変だったわ」
「悪かったわね! …仲直りなんて今更だ、って思う?」
「まさか」
エセルが席を立ってティアラの側へと近付き、屈んで視線を合わせる。
「私は一度として、貴女を嫌った事なんて無いもの。そうでしょう? ティアラ」
ティアラの目の端に浮かんだ涙をエセルが拭い、昔の呼び名を口にする。身内では無い存在にティアラが自らを呼び捨てする事を許しているのは、エセルだけだった。
その懐かしい呼び名にティアラの表情が驚愕に染まる。貴族としての柵に囚われる以上、もう呼ばれる事は無いと思い込んでいたからだ。
「…ごめんなさい。私、いつも貴女の言葉を無下にしてた」
「うん。でもそんな貴女に私は救われた事もあるのよ?」
「そう、なの?」
「お陰で立場が上の貴族に相手にされなくてもイラつかなくて済むようになったもの」
「…それはそれで嫌ね」
お互いが顔を見合い、どちらともなく「ふふふっ」と笑い声を零した。
「これから…ううん。これからも良い友人でいてね、エセル」
「ええ。勿論」
ティアラが差し出した手をエセルが取り、固く握り合う。もうこの手を離しはしない、と。
一先ずの目的であった仲直りを済ませ、ティアラが安堵の息を吐く。それに少し笑みを浮かべながら、エセルはヨルへと向き直った。
「カーティス様。私、カーティス様ともお友達になりたいのですがよろしいでしょうか?」
「それは…」
ヨルがティアラへと助けを求めるような目線を向けるが、ティアラはただ静かに頷いて返すだけだった。それはヨルに任せるという事だ。
その意味を汲み取り目線をエセルへと戻すと、ヨルが小さく口を開いた。
「…私でよろしければ」
「ありがとうございます。何とお呼びすれば?」
「ヨル、で結構で御座います」
「ではヨル様…いえ、ヨルさんとお呼びしても?」
「構いません」
ヨルにとって呼び名に拘りは無い。呼び捨てだろうがさん付けだろうが、気にする事では無かった。
ヨルと少し関係を近付ける事に成功したエセルが満足気に微笑むと、自分の事も名前で呼んで欲しいとヨルに告げた。
「ではエセル様とお呼びさせていただきます」
「…ティアラ。ヨルさんって何時もこんな感じ?」
「ええ。でも距離を取ろうとしている訳ではないから、気にしないであげて」
ヨルは敬語以外で話す間柄の存在が居ない。ティアラとしては気軽に話せる友の一人や二人この学園で作って欲しいとは思うが、染み付いた口調というものはそう簡単に変えられるものでは無いという事も理解していた。
せめてエセルがその存在の一人になればと、そう思わずにはいられないティアラだった。




