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29. 化物侍女は黙る

 魔術とは人外が扱う魔法と呼称する力を、人間に扱えるようにした物。それ故に全てが理論立てて引き起こされている。

 例えば一般的な火属性魔術である、《火球》。これに含まれる情報は、【魔力】【威力】【方向】【属性】の全部で四つ。これらを一つの式として組み立て、その過程で決めた魔力を込める事で初めて発動する事が出来る。


「ここまでは知っている事を前提に今日は授業を進めるぞ」


 今日の授業は言うなればお試しだ。実力把握のテストの採点が終わっていないのだから、そこまで深い内容に踏み込むつもりは無かった。


 魔術は理論立てて構築される。ならば、新しい魔術を個人的に作り出す事は可能か否か。


「では…最後列。黒髪のキミに答えてもらおう。名前は?」


 ロイに指名されたヨルが椅子から立ち上がり、教室に良く通る声を響かせた。


「ヨル・カーティスです」

「カーティス…成程、キミか。では答えてくれ」

「はい。個人的に新たな魔術を作り出す事は可能です。ですがその為には膨大な時間が掛かり、それと同時に大きな危険が伴います」


 試行錯誤の連続、と言えば聞こえは良い。だが実際は死と隣り合わせの実験を繰り返す事だ。

 新しく作り出した魔術式が思い通りの現象を引き起こす保証は無い。発動しないだけならば良い。だが実際は魔術が暴発する事が多く、最悪の場合は行使した人間にその魔術が襲い掛かる危険性を孕んでいるのだ。


「ああ、その通りだ。座っていいぞ。だがそれでも魔術を作ろうとする生徒が一定数居る。だからこそ、ここで忠告しておく」


 そこでロイが言葉を切り、呼吸を整えて教室の生徒を強い眼光で睨み付けた。


「──するな。命を惜しく思うならな」


 そのロイの言葉には、強い実感が伴っていた。誰かが喉を鳴らす音が、音の無い教室に響く。


「まぁ魔術を失敗するなって話じゃないからな。そんなに気負わなくともいいぞーお前ら」


 真剣な表情とは打って変わって言葉を崩し、豪快に笑うその様子に、教室の空気が柔らかなものに変化する。その場の空気を瞬時に変える手腕に、ティアラが少し感心したように口の端が弧を描く。


 その後の授業はほぼロイの雑談で終わり、鐘の音を聞いてティアラ達は食堂に向かう為席を立った。その際隣の席のフェリシアにティアラが声を掛ける。


「他に約束が無いのなら、御一緒しないかしら?」

「よ、よろしいのですか…?」

「ええ。私が居れば平民の貴方でも突っかかられる事が無くなるでしょうし」


 というのは建前で、実際は交友を深めたいだけだ。ヨルは長年の経験からその真意に気付いてはいたが、口を挟むことは無かった。出来る侍女は、無駄な事を喋らないものだ。


 ティアラがフェリシアを隣に立たせ、ヨルはその後ろに付く。その時、チラチラとフェリシアが後ろのヨルへと目線を向けてきた為、ヨルは小首を傾げた。


「どうかなさいましたか?」

「あ、いえ…その、貴族様の前を歩いて良いのかと」


 その言葉で、ヨルは自身も子爵令嬢─つまり貴族であることを思い出した。が、それがどうしたのだとヨルは思う。貴族の前を歩いてはならないという法律は存在しない。


「問題ありません。私はティアラ様の側仕えですので、居ないものと扱って頂ければ」

「それは流石に無理です!」

「フェリシア。ヨルはこういう子だから諦めて頂戴」

「………」


 フェリシアは「これは何も言っても無駄だ」と直感した。世の中、諦めも肝心なのだ。


 その後食堂で無事食事を受け取り席に座ると、今度はフェリシアから口を開いた。


「え、えっと、カーティス様は、魔術をお使いにはならないのですか?」

「そうですね。魔術は使えません」

「それで何故魔術学を受けようと…?」

「私はこちらのティアラ様の側仕えですので、基本的にティアラ様が受ける授業に付き従います。なので私個人の理由はありません」

「そ、そうですか…」


 会話が膨らまず、続かない。それでも必死にフェリシアが会話を続けようと話題を振る。


「カーナモン様は、何故この学園に?」

「そうね…まぁ先ずは国の最高峰の教育機関だからというのが一つ目。二つ目は箔付け。三つ目は…何となくかしら」

「な、何となく…?」


 フェリシアが思わず問い直す。皇都セレトナ学園は決して何となくで通えるような場所では無いと、入学試験を受けたフェリシアは実感していた。それ故にティアラの回答が信じられなかった。


「ええ。教育機関自体は数多くあるし、極めたい物によってはここよりも適した場所があるもの。それに貴族は個人的に教師を雇うものだから、態々通う必要が実はないのよ」


 それでも学園に通うのは、学があるだけでは貴族社会を生きる事が出来ないからだ。


「そう言うフェリシアはどうなの?」

「え、あ、わ、私は、えっと…」

「脅迫している訳では無いから、焦らず落ち着いて喋りなさい」


 その言葉を受けて深く深呼吸をして気持ちを落ち着けるフェリシアの姿を見て、ティアラが苦笑を浮かべる。


「えっと…私は適性が光だったので、神殿からの推薦でここに」

「成程…そう言えば平民の適性診断は神殿で行っていたわね」

「はい。それで神殿で必死に勉強して、何とか入れました」

「そうだったの。…ところでフェリシアは何時から勉強を?」

「十二歳で適性が分かって、それから三年、ずっと受験に向けて勉強していました」

「幼少期から勉強を続ける貴族ですら受かるのが難しいのに…それだけの時間で凄いわね。正に努力の賜物だわ」


 ……ティアラの隣に半年も掛からず受かった存在が居たが、ティアラはそれを見なかった事にした。





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