28. 令嬢は出会う
次受ける授業は、当初ティアラが心配していた魔術学の授業だ。教室へと辿り着けば先程の精霊学よりも多くの生徒が既に席に着いており、人気の差が窺い知れた。
「席はあるかしら…」
教室の座席は自由席だが、それ故に席がないという事もあった。その場合は簡易椅子を用いるか、別の時間に授業を受けることになる。
少し教室を見回せば何とか最後列に二人分の席を見付け、ティアラ達はその席に座る事にした。
「お隣よろしくて?」
「あ、ははい! ど、どうぞ…」
先に隣に腰掛けていた女子生徒に声を掛けて座ろうと思ったのだが、その生徒はティアラを見るなり酷く慌てた様子で詰まりながら声を発した。首元のリボンを見れば赤色で、ティアラ達と同じく一年であることが分かる。
「もしや…」
「へ、平民です…」
ティアラが核心を突く前に、女子生徒が答える。それを聞き、ティアラが納得した様に頷いた。平民であるならばあの反応も致し方ないとティアラは思う。だが、それと同時に平民でこの学園に受かったという事が驚きであった。
「素晴らしいわね」
「そんな事は……偶然です」
「偶然で受かれる程此処は甘くないわよ? そんなに緊張しないで。私は気にしないわ」
平民からして貴族は畏怖の象徴だ。それは逃れようの無い事実だとしても、派閥などを考慮する必要が無い平民はティアラにとって関係を持ちたい存在でもあった。
「あ、ありがとうございます…えっと」
「ティアラ。ティアラ・ミルド・カーナモンよ。こっちは私の側仕えのヨル・カーティス」
「カーナモン様に、カーティス様…えっと、わ、私はフェリシアと、申します」
フェリシアが深々と頭を下げる。ぎこちない動きではあるが礼儀作法はしっかりとしていて、ティアラは好ましく思った。
授業開始までは時間があるので、ティアラはフェリシアともう少し交友を深めようと口を開いた。
「フェリシア、いい名前ね」
「ありがとう、ございます」
「フェリシアの魔術適性は何かしら。私は風と火、光よ」
「わ、三属性も…えっと、私は光だけで」
「光だけ…という事は、治癒が得意だったりするのかしら?」
魔術適性は多ければ魔術師として優れていると言えるが、逆に少なければその属性の強度は極めて高くなる傾向がある。特に適性が光だけという人物はそれだけで国に保護される程の存在だ。
「えっと…実はまだ使いこなせていないので、良く分からなくて…」
「そうだったの。ならこの授業で理解できるようになるといいわね」
「はい」
話が一区切りついたところで丁度教室に教師が入って来ると、教室の喧騒が一瞬で止んだ。
「全員席に着けてるかー? 授業を始めるぞ。まず俺の名前だが、ロイ・マックセンだ。早速授業を始める…前にだ」
そこでロイが言葉を切り視線を集めると、バサリと手に持った紙の束をはためかせた。
「抜き打ちテストだ」
ニヤリと笑ってロイが言い放てば、ざわりと教室に騒がしさが戻る。それにロイが満足そうに頷くと、手に持った紙を魔術の風に乗せて全体に裏向きで配布した。
「時間は十分。あくまで全体の理解度を測る為の物だから、そう気負う必要は無い。質問は無いな? では始め!」
ロイの号令を受け、全員が紙を表に向けて一斉に解き始める。内容は実力を測る為と言っていた通り基本的なもので、大半の生徒の顔から力が抜けた。
「ぇっ…」
だがそれはあくまで然るべき教育を受けてきた貴族としての“基本的”だ。入学試験で問われた内容とは異なるそれに、平民であるフェリシアは頭を悩ませた。
対するティアラはスラスラと解いたが、隣りから音が聞こえない事に気付く。
(…ちょっと言い回しが違うものね)
今まで解いてきた問題とは異なる言い回し。それは恐らくロイの自作問題だからだろうとティアラは当たりを付ける。
「(ヨル。全部書きなさい)」
「(…はい)」
小声でティアラからの助言を受け、止まっていたヨルの手が漸く動き出す。書く内容が分かっていれば後は早い。その様子を見て、ティアラが人知れず息を吐く。元々ヨルが問題を理解出来なかった場合は全て書くように決めていたが、それが今回の抜き打ちテストで受け入れられるかどうかは分からなかった。
「回答止め! 後ろから前に解答用紙回せー」
順に解答用紙を前へと送り、ロイがそれを回収して再度口を開く。
「返却は次の授業だ。まぁ結果が大して良くなくともこの授業を追い出すなんて事はしないから、気にする事はないぞ」
あくまで実力確認。今後どのように授業を進めるかの指標にするだけなので、例えこの結果が零点であろうとロイにとって問題は無かった。
「じゃあ授業を始めるが、まず聞いておきたい事がある。この中で魔術を扱えない者、手を挙げてくれ」
その言葉で、チラホラと教室の中で手が挙がる。それを見て少しばかりティアラが驚いた。ヨルの他に魔術が扱えなくとも魔術学を受ける生徒が居たとは思わなかったからだ。
「よし、もういいぞ。魔術が扱えない者は実習の際は自習する事になるから、そこは理解しておいてくれ。無論見学したいのならばそれも良いぞ。では授業を始める」




