24. 化物侍女は示す
予定されていた入学式の演目も全て無事に終了し、最後の諸連絡が済めばその後の予定は無く、新入生は各々自由時間となり好きなように行動を始めた。本格的な授業は明日からになる。
ティアラ達は道中通り過ぎた噴水近くのベンチに腰掛け、受ける授業について話し合った。
「じゃあ一つは精霊学で決定ね」
「本当によろしいのですか…?」
不安げにヨルが尋ねるも、ティアラは笑顔で肯定する。
「他には?」
「特にはありません」
「そう。ならあと受けるのは一般教養と馬術、魔術学…は無理かしら」
魔術について学ぶ学問だが、無論机上だけで済ませる物では無い。実践を伴うのだから、魔術を扱えないヨルはこの授業をそもそも受けられないのだろうかとティアラは不安に思った。
「もし私が受けられないのであれば、外から見守りますので問題はありませんよ」
ティアラの言葉に、至極当然のようにヨルが答える。元よりティアラの側仕え兼護衛なのだから、主と離れて行動する事に意味は無い。学園の規則で共に居られないのであれば、その“裏”に回れば良いだけだ。
「それはそれでヨルに負担が…教員の方に聞いてみましょう」
ティアラが辺りを見渡して、教員を探す。しかし目の届く範囲にはおらず、仕方無く教職員室へと向かう事にした。
「行くわよ、ヨル」
「かしこまりました」
教職員室は普段授業を行う学舎とは建物自体が異なっている。それだけでなく建物の造りも異なっており、高い塔のような見た目をしている。これは教師の研究室の数を確保する為で、その見た目の役割から“研究塔”と呼ばれている。
皇都セレトナ学園は国の研究機関としての顔も持っている為、こうして数多くの研究室が存在している。そして教職員室はというと、その塔の一階にある。
「失礼致します、少しお尋ねしたい事があって来ました」
ティアラではなくヨルが扉を開けて要件を短く口にする。すると最も近くに居た男の教師がその声に気付き、ヨルの元へと歩いてきた。
「どうしたんだ?」
「授業の事で質問がありまして。魔術学についてなのですが、魔術が扱えない生徒でも授業を受ける事は可能なのでしょうか?」
「あー…出来なくは、無い」
男の教師が頭をかいて歯切れ悪く返事をする。それに対してヨルが小首を傾げてその続きを促した。
「何か条件があるのですか?」
「条件というか…魔術学は座学と実技がメインになる。だが、実技が出来ないとなると、成績を付ける判断材料が座学の成績だけになるから、単位が取りずらくなるんだ」
「成程…取り敢えず授業を受けるのに条件のようなものは無いのですね」
「ああ。“良くも悪くも”平等を謳っているからな」
平等は不公平だが、公平は不平等になる。ならば開始地点だけを平等にする事で、後は当人の努力次第で上にも下にもいけるように場面を整える。それが学園のやり方だった。
「答えていただきありがとうございました」
礼をして教職員室の扉を閉め、少し離れた所で待っていたティアラの元へと戻る。
「どうだった?」
「受けること自体は可能だそうです。ただ、成績を付ける基準が座学だけになるので、単位取得が難しくなると」
「そう。でもヨルなら問題無いかしら?」
ティアラはヨルの記憶力の良さは十分に理解しているので、その他者から見れば不利な要素が、ヨルにとっては不利になり得ないだろうという確信があった。
「問題の内容によりますが…」
「過去問などは図書館があったはずだから、多分用意出来るはずよ」
「それならば何とかなるかもしれません」
知識を暗記してもその知識を要求する問題の例文が無ければ、ヨルは問題を解く事が出来ない。だがそれは逆に言えばそれさえ把握出来れば、どんな内容であれど完璧に答えられるという事だ。
いくら実技が出来なかろうと、座学でほぼ満点を取れるのであれば、単位の取得は難しいものでは無い。
「時間もあるし、過去問を見に図書館を覗いてみましょうか」
「恐れ入ります」
「ヨルの為だけじゃないから、そう畏まる必要は無いわ」
苦笑を浮かべながらヨルの手を取り、研究塔を出て図書館へと歩を進める。
図書館もまた学舎とは異なる場所に設けられており、その規模は学舎とほぼ同等という広大な施設だ。その蔵書数は国一番と言われる。
辿り着いた図書館の扉を開けてまずティアラ達が向かうのは、貸し出しなどの受付だ。ここで入出室の記録を取るための紙に氏名を記載する必要がある。
ペンで書き終えれば漸く図書館の蔵書とご対面。
「…凄い量ね」
教職員室の三倍程高い天井まで届く程…いや、天井を支える柱としての役割を担っているような高い本棚には、所狭しとギッシリ詰まった本。ティアラの屋敷の蔵書庫の量とは比べ物にならないその量にティアラがぽかんと思わず口を開けて圧倒される。
本棚にはそれぞれ札が掛けられており、内容毎に本棚が分けられている。それを見て比較的探すのは楽なのかもしれないとティアラは思う。
「ティアラ様、あちらの本棚では無いでしょうか」
「どれ?」
ヨルが奥の本棚の札を指差すが、ティアラの目にその文字はあまりに小さく潰れて映り、読む事が出来ない。
「あれが見えるの?」
「? はい、『過去問』と書いてありますね」
真偽を確かめるべくティアラ達がヨルの指差した本棚に向かえば、間違いなくそこに記されていたのは『過去問』という文字。
「…目が良いのね」
目が良いどころの騒ぎでは無いとティアラは思ったが、態々それを口にはせず、ただ口の端が引き攣るのを自覚しただけだった。