23. 化物侍女は選ぶ
ティアラの朝食の後片付けを済ませ、ヨルも制服へと着替えて準備を済ませる。
「ヨルも髪を編み込めばいいのに」
「これが楽ですので」
一つ括りにしただけのヨルの黒髪を見て、ティアラがそう零す。ヨルはティアラの毎朝のセットを担当しているので髪をいじる事自体は得意な部類に入るが、態々自分の髪型を凝ったものにしたいとは思わなかった。精々邪魔にならなければそれでいいのだ。
最後にヨルがティアラの身嗜みを改めて整えてお互いが自らの鞄を手に持つと、ヨルが部屋の扉を開けてティアラが外に出た。
「入学式は確かお父様方は来られないのよね?」
「はい、そう聞いております」
皇都セレトナ学園は国の最高峰の教育機関にして、最重要施設でもある。だからこそ学園には常に皇城と同等の結界が展開されており、その敷地に足を踏み入れる事を許されるのは極僅かな人物のみだ。
寮の階段を降りれば、ガヤガヤとした喧騒がティアラ達の耳に届く。広々としたホールは多くの人で賑わい、昨日見た時と同じく幾つかのグループに分かれていた。
学園は貴族世界の縮図とも称され、分かれたグループは所謂派閥毎に集まっているものだ。
「色々と疲れる光景ね」
別々のグループが一見穏やかに会話をしている様に見えるその光景も、実際は水面下で腹の探り合いばかりだ。立場を優位にする為に相手の弱みを握り、自分の弱みは見せない。成人前の者であっても、その考え方は貴族として産まれた時から刷り込まれるものだ。
「ティアラ様」
「分かってるわよ」
咎める口調のヨルに、ため息を吐きながらティアラが答える。何時どこで誰が見て聞いているのか分からない以上、迂闊な発言は慎むべきだ。
そう分かっていても、ティアラは口に出さずにはいられなかった。昔から、こうした貴族の付き合いは苦手だ。
「皆さん! こちらの声が聞こえますか!」
突如響いた大きな声に、一気にホールの喧騒が落ち着き静寂を取り戻す。それを確認した様に声を発した女性が頷き、もう一度口を開いた。
「これから会場へとご案内します。前の人に続いて進んでください」
女性が寮の扉を開けて外に出ると、ホールの人が順にその後を追って行く。
「行きましょ」
「はい」
ティアラ達もその後に続いてホールを出ると、雲ひとつ無い空が広がり、自然とティアラの気持ちが上を向く。
列を成して歩くと、昨日とは異なる道を歩いている為に周りの風景に少しばかり目が奪われた。
「綺麗ね」
綺麗に整えられた花壇に、陽の光を反射して煌びやかに輝く噴水。そしてレンガ造りの重厚な歴史を感じる学舎。だが今その光景をゆっくり眺める事は出来ず、ティアラはそれに歯痒く思いながらも足を動かし続けた。
◆ ◆ ◆
「これより第百七十四回入学式を執り行います」
魔術によって拡声された声がホールに響き、椅子に座る新入生達の顔が緊張からか少し力んだものに変わる。
最初の挨拶の後、司会に促され一人の女性が壇上へと上がる。
「光の精霊の祝福に恵まれたこの良き日に、貴女方の様な素晴らしい人々と相見えられた事、心より嬉しく思います。私はこの学園の学園長を務めておりますイザベラ・ニラ・リクニスと申します。新入生の皆さん。改めてようこそ、皇都セレトナ学園へ。この学園では数多くの行事が存在します。それらを通して交友を深め、生涯の友を見つけられる事を我々は願っています」
学園長イザベラの言葉が終わって入学式は次の演目へと進み、それぞれの科目担当教師の紹介が始まる。
この学園では担任教師は存在せず、また各自の教室も存在しない。それぞれが興味を持つ内容の授業を行う教室に向かうという形式を取っており、各自が好きなように授業を受ける事が出来るのだ。
「ヨルは何か気になる科目はある?」
「お気になさらずティアラ様がお好きな物をお選びください」
ティアラが隣に腰掛けるヨルに小声で話し掛ける。だが、ティアラの護衛としてこの場にいるヨルにとって、何に興味を持とうがティアラが選ぶ物を選ぶだけだ。
しかし、ヨルからの返答を聞くとそれが不服だとでも言う様にティアラが頬を膨らませた。
「ヨルが好きな教科を、一つだけでもいいから選んで頂戴。私が合わせるから」
だが、そう言われてもヨルは困った様に眉を寄せるのみだ。何せヨルは“自分の興味”が分からないのだから。
「……考えておきます」
辛うじて絞り出したその言葉にティアラが満足そうに頷くと、視線をヨルから壇上へと戻した。それを見て、ヨルが少しばかり思考に沈む。
“興味”とは何か。それは“疑問”を追求したいという欲求に名を付けたもの。ならば自分の“疑問”とは何か?
そこまで思考が至ったところで、ふとヨルの耳が音を拾った。
「――精霊学を担当しています、エレーナ・メティスです。どうぞよろしく」
精霊学。現代では姿を消してしまった精霊に関しての理解を深め、それを現代の魔術に活かす方法を模索する学問。だが、魔術が使えないからといって受けられない授業では無い。授業自体は基本的に歴史的な文献を読み解く事だからだ。しかし、それ故にあまり人気のない学問でもあった。
「………精霊学、ですか」
「? 精霊学が良いの?」
「まだ、分かりませんが…」
曖昧に答えるも、既にヨルの気持ちはほぼ固まっていた。
何故自分がここまで精霊について知りたいと渇望するのかは、ヨル自身にも分からない。ただ一つ分かるのは――――――
――――ソレを、憶えていないという事だけだ。




