21. 化物侍女は学園に向かう
ティアラが何度か手直しを行って完成した真新しい制服に身を包み、指定の鞄を持って鏡で身嗜みを確認する。
「お似合いですよ」
「ありがと。でもヨルも似合ってるわよ?」
「恐れ多いお言葉で御座います」
ヨルとティアラの制服は見た目ではそこまで差異が無いが、使われている布の質はヨルの物より上質で、カーナモン辺境伯の家紋が袖口に小さく刺繍されている。加えて華美な装飾は忌避される為多くは無いが、少な過ぎても家の格が疑われるので所々に細やかな装飾が施されていた。
「忘れ物は御座いませんか?」
「ええ。昨日一緒に確認したし、もう既に送る準備も済んでいるから問題ないわ」
ティアラ達が通う予定の皇都セレトナ学園は、この辺境の地から馬車で半月程の距離にある。そしてティアラ程でなくとも遠くの地から通う生徒もいる為、学園側から転移の為の陣が刻まれた魔術書が提供されている。魔力は自前だが、それがあるお陰でセレトナ学園は優秀な人材が集いやすくなっているのだ。
「もう行くのか。寂しくなるね」
「ええ。ちゃんと学んでくるのですよ?」
二人も同じ様にかつて学園に通っていたので、心配自体はあまりしていない。だが、やはり愛娘と一時的だとしても別れるのは親心として寂しいものだ。
二人の少し湿った瞳を見て、ティアラがそれを払拭するように力強く言葉を返す。
「分かっておりますわ、お父様、お母様」
一方のヨルはと言えば、キャロルと一言二言会話したのみだ。だが、それでいいとお互いに思う。母親と娘。お互いに信頼しているからこそ、余計な言葉は必要無かった。……若干キャロルが疲れた様な表情をしてはいるが。
「ティアラ様。お時間です」
「ええ。ではお父様、お母様、行ってまいります」
「ああ。身体には気を付けるようにね」
「折角の学園生活だもの。楽しんできなさい」
「はい」
最後の言葉を交わしてティアラがヨルの手を取り、部屋に敷かれた転移陣に乗る。そしてその陣にティアラが魔力を注げば、刻まれた陣が蒼く輝き、二人の視界がグニャリと歪んだ。
◆ ◆ ◆
次に二人の視界が正常に戻った時、そこは屋敷の部屋では無く大きなホールの中心だった。キョロキョロと興味深そうに辺りを見回すティアラに、一人の男性が近付いて来た。
「皇都レコルト学園にようこそお越しくださいました。失礼ですが、お名前を伺っても?」
「カーナモン辺境伯が娘、ティアラ・ミルド・カーナモンです。そしてこちらは私の側仕えのヨル・カーティスです」
「カーナモン様にカーティス様ですね。はい、確認しました。では此方にお越しください。お荷物はこちらでお部屋へと運ばせていただきます」
「ありがとうございます。行くわよ、ヨル」
「かしこまりました」
ホールを後にする男性の後ろをティアラ達がついて行く。すると彼女達と同じく赤いリボンやネクタイを結んだ、真新しい制服に身を包んだ生徒の姿がチラホラと視界に映った。
幾つかのグループに分かれて会話に花を咲かせるその様子を後目にティアラ達が進めば、一つの大きな建物に辿り着いた。
「ここが女子寮になります。この先は此処の担当者である寮母の方が案内いたしますので、詳しい事はそちらにお尋ねください」
「分かりました。ありがとうございます」
一通りの説明が終われば、一礼をして男性が来た道を戻り始める。恐らく別の人を案内する為だろう。
「入りましょ」
「はい」
寮の扉をヨルが開き、ティアラが中へと足を踏み入れる。すると中は大きな玄関ホールとなっていて、先程転移して来たホールと遜色ない程の大きさがある。
天井付近には色鮮やかなステンドグラスが施されており、鮮やかな色に染まった光が優しくホールの地面を照らしていた。
「流石なものね…」
ほぅ…とティアラがその光景に思わず感嘆の息を零す。貴族として生きてきたティアラであっても、ここまでのものは中々お目にかかれない。
「お気に召しましたか?」
「あ、はい。とても…えっと、貴方が寮母の方でしょうか?」
「ええ。この女子寮の寮母を勤めさせて頂いております、テレーズと申します」
屋敷で勤めている時のヨルと似た様な服装に身を包んだ女性が腰を折る。その仕草の一つ一つが洗練されたもので、ヨルは思わず参考にしようとついつい最後まで見つめてしまった。
「ご丁寧にありがとうございます。こちらの寮でお世話になるティアラ・ミルド・カーナモンです。こちらは私の側仕えのヨル・カーティスです」
「カーナモン様にカーティス様ですね。はい、ではお部屋にご案内させていただきます」
そうしてティアラ達が案内されたのは、突き当たりの階段を上って三階にある部屋。ダークブラウンの扉をテレーズが開けば、程良く広い部屋が二人を出迎えた。その大きさは屋敷のティアラの部屋よりかは小さいが、それでも日常を過ごすには十分過ぎる部屋だ。
「中は五部屋に分かれております。まず始めのこの部屋が普段お過ごしになられる場所で、その奥の扉の先が寝室。右手の扉が側仕えの方が住まう部屋。そちらにももう一つ扉がございまして、その先は簡易的なキッチンを備えております。そして左手の扉が浴室となっております」
「浴室があるのね」
ティアラが少し驚く。三階は侯爵以上の貴族専用フロアであるという事は事前に知っていたが、まさか個人用の浴室が備え付けられているとは予想もしていなかった。
「浴室が御座いますのはこの三階に位置する部屋のみで御座います。二階以下の方は共同の浴室をご利用いただいております」
「そうでしたか…お湯は?」
「三階のお部屋には全て湯沸かしの魔術具が備え付けられておりますので、そちらをご使用下さい」
その言葉にティアラが一人頷く。魔術具とは、簡単に言えば魔術を扱えない者でも魔術を扱えるようにした代物だ。これを用いれば、例えばティアラのように魔術は扱えるが水属性の適性を持たない者でも、適性外である水を出せるようになる。
「説明は以上となります。お荷物はこの後直ぐに届く予定です。他にご質問等御座いましたら、お手数ですが一階の管理室までお越しください」
「分かりました」
「では失礼いたします」
一礼してテレーズが立ち去り扉が閉まると、部屋に備え付けられたソファにティアラが身体を埋めた。
「ティアラ様、はしたないです」
「ここにはヨルしか居ないからいいのぉー…はぁ。ちょっと気持ち悪いわ」
今回初めてティアラは転移を経験したのだが、その結果、若干乗り物酔いの様な状態に陥っていた。
個人差はあるものの、転移自体を苦手とする人は一定数存在する。詳しい原因は不明だが、一瞬の浮遊感が原因の一つでは無いかと言われている。
「何かお飲みになりますか?」
「……ハーブティーの用意は出来る?」
ヨルの侍女としての荷物は未だ部屋に届いていない。だからこそティアラは用意出来るかと問い返したのだが、その次の瞬間には目の前のテーブルに湯気が立ち昇るティーカップが置かれていた。
「……え?」
「こちらではありませんでしたか?」
「いや、そうだけど…」
カップから漂う香りは、ティアラが予想していた通りのもの。だが、問題はそこでは無い。
視線をヨルに向けるが、そこにはポッドもハーブも無い。
「…どうやって?」
どんな手品を使ったのかとヨルに問い掛けるが、それに対しヨルはただ静かに微笑み───
「───侍女の嗜みです」
ただ、そう答えた。
ヨルとキャロルは何を会話したのでしょうねぇ…(すっとぼけ)




