20. 化物侍女は買い物に付き合う
ティアラの制服の採寸は無事終えたものの、ヨルはその後のご機嫌取りの為にティアラと共に街へ繰り出す事となった。
本来であれば貴族であるティアラは馬車で移動するのが普通ではあるが、ティアラは自分で歩いて見て回る事の方が好きなので、今の二人の装いは歩き回っても違和感の無い所謂お忍びの姿である。
「ヨルと二人で外に出るのは久しぶりね」
「そうですね」
楽しげに足を跳ねさせて歩くティアラの後ろをヨルが静かに付いて行く。だが、その視線は常に動き、辺りを警戒していた。領都かつお忍びとはいえ、その領主の娘であるティアラを狙う輩が居ないとは限らないからだ。
動かした視界の端で“影”が動くのを捉えつつ、ヨルも不測の事態に備えて、少しばかり気を引き締めた。
「あ、そうだわ。ヨル、どうせ貴方の事だから何も用意していないのでしょう?」
「? 何か用意するものがありましたか?」
ヨルが少し考えてみるも、今何か必要そうな物は大して思い付かなかった。その様子にティアラが呆れを含んだ眼差しを向ける。
「今じゃなくて、学園で使う物よ」
「あぁ、成程」
漸く合点がいったとヨルが頷く。確かに学園に通う為の制服は用意したが、その他の準備は特にキャロルから告げられていないので用意していなかった。
「何が必要になるのですか?」
「そうね…授業で使う教科書はあちらに着いてから渡されるから、ここで買う必要があるのは筆記具の類かしら。ヨルは普段使っている物はあるの?」
「支給された万年筆ならばございます」
侍女として働くに当たり、キャロルから一定の物は支給されている。ただ、それは屋敷の備品の一つという扱いなので、厳密にはヨルの持ち物では無い。
「なら同じ様な万年筆を探しましょ。確かこの近くにお店があったはずだから」
そう言ってヨルの手を取り、ティアラが駆け出す。本来であれば侍女であるヨルが窘めなければならない行為だが、それが無駄である事はヨルが最も良く知っていた。
大人しくティアラにドナドナされて辿り着いたのは、ヨルが以前訪れた書店よりも遥かに大きく立派な建物。三階建てになっているこの建物は、それぞれの階層に別々の店が入った集合店舗だ。
勝手知ったる様子でティアラが中を進み、階段を上がって二階へ。するとピッシリとタキシードを着た男性がティアラ達を出迎えた。
「これはこれは。ようこそお越し下さいました」
男性はティアラのその姿からお忍びである事が分かっている為、態々ティアラの名を口に出す様な無粋な真似はしない。だが、敬う心は忘れずに丁寧に接客を行う。その男性の対応に満足気に頷くと、端的にティアラが要件を口にした。
「久しぶりね、カレル。筆記具を探しているの。何か良い物はあるかしら」
「かしこまりました。ご案内致します」
カレルと呼ばれた者の先導でティアラ達が店の奥へと足を踏み入れる。元より貴族を相手とする事の多い店なので、その為の部屋もしっかりと設けられていた。
「では持って参りますので、今暫くお待ちください」
「ええ」
部屋に居た給仕が用意した紅茶を一口飲み、ティアラが言葉を返す。その間、ヨルはティアラが腰掛けたソファの後ろに立って待機する。だが、その態度にティアラは不服そうに頬を膨らませた。
「ヨルも座りなさいな」
「いえ、私は侍女ですので」
首を横に振ってその提案を断る。主に仕える者として、公私混同をするつもりは無い。ただの従者よりかは幾らかティアラと親しい事はヨルも自覚しているが、それでも超えてはならない壁がある。
その何処までも“立場”を重視するヨルの事は好ましいとティアラは思うが、同時に頭が固いとも思う。それが嫌いかと言えばそうでは無く、だがもう少し関係を近付けたい。でも無理に行動を起こせば、それはヨルの負担になってしまう可能性がある。
ティアラがヨルとの関係性に悶々と頭を悩ませていれば、カレルがトレーを持って戻って来たので、ティアラは一旦その思考を中断した。
「お待たせいたしました。現在当店で取り合っている筆記具はこちらになります」
そう言ってティアラの目の前の机に置いたトレーに並べられた、五本の万年筆。そのどれもが一級品である事が一目見て分かる程の品物が並び、ティアラが感嘆の息を零す。
「素晴らしいものね」
「恐れ入ります」
ティアラが一つ一つを手に取って眺め、どれがヨルに相応しいかを吟味する。本人に直接聞いてもいいが、恐らくどれでも同じ様な反応を示すだろうとティアラは思う。現にヨルは侍女として傍らに立つのみで、並べられた万年筆には一切の興味を示していなかった。
「うーん…この中で耐久性に優れる物はどれかしら」
「それでしたらこちらになりますね」
ティアラの要望に応えカレルが手で指し示したのは、一本の蒼い万年筆。キャップには銀の装飾が施され、それだけで芸術品としての価値があると思わせる程の物だ。
「こちらは塗料と本体に魔物の牙が練り込まれておりまして、護身用としても扱い頂ける程の硬度を誇ります」
いつ何時命を狙われるか分からない貴族にとって、一瞬でも凶刃を止められるという事は大きな意味を持つ。この万年筆は、ただそれだけの為に極限まで硬度を高めて作られた逸品だった。
「…いいわね」
その説明と本体の色を見て、ティアラが頷く。ヨルの為に買う物なのだから、ヨルの右眼の色を纏うこの万年筆はとても合っているように思えた。
「ではこちらをお買い上げでしょうか」
「ええ。これを二本お願いしたいわ。あるかしら?」
「勿論御座います。今日中に届けさせて頂きますね」
「頼むわね。いい買い物が出来たわ」
「今後ともどうぞご贔屓にお願いいたします」
頭を下げるカレルに見送られ、ティアラ達が店を後にする。だが、店を出て直ぐにヨルがティアラへと疑問をぶつけた。
「何故二本もお買い上げに?」
「んー? だって“お揃い”がいいじゃない?」
何て事は無い。ただヨルとお揃いの物を使いたかった、それだけだ。
「楽しみね!」
「…そうですね?」
お揃いの何が嬉しいのか、ヨルは最後まで首を傾げていた。




