15. 化物侍女は馬車馬になる
ザクッ…
小気味よい音で最後の男の首を黒いナイフで切り裂いて、ふぅ…と一息吐く。
「これで最後ですね」
周りを見渡せば、そこにあるのは朱色の地面。少々報告よりも数が多く時間が掛かったが、なんとか“掃除”は完了だ。
盗賊はどんな領地にも存在し、例え領内の騎士を派遣して一時的に潰したとしてもまたすぐに何処かから湧いてくる事から、半ば完全討伐は諦められている節がある。
この領地も例外では無いものの、今回は動かせる人材が居た事。襲われた荷馬車が比較的贔屓にしている商会のものだった事。そして、比較的領都の近くで略奪が行われた可能性がある事。その三つの理由から“掃除”される事が決定された。
盗賊は元は領民であった事が多いが、一度堕ちた者に慈悲は無い。捕縛し奴隷とする事もあるにはあるが、その維持費などを考慮すると始末した方が楽だからだ。
「…いいですね、これ」
ヨルが自身の手に馴染む、その黒いナイフを日にかざして目を細める。今朝方、キャロルがヨルに手渡した包の中身こそ、このナイフだった。
刀身から持ち手に至るまで黒に統一されたソレは、闇に溶けて動くヨルに合った武器だ。まるでずっと使っていたかのように自らの手に馴染むとヨルは思う。……のは当然で、実は今までヨルが壊したナイフの持ち手が流用されていた。無論、ヨルがそれを知る事は無い。今まで壊したナイフの数は、ヨルでさえも覚えていないのだから。
盗賊の死体から盗品と思われる装飾品や硬貨、そして身分証を回収していく。
本人から離れた身分証は文字が赤く染まり、身分証としての効力を発揮しない。そして身分証の本人が死亡していた場合は、文字は赤色では無く黒く染まる。今回収したヨルの手にある物は全て“黒色”だ。
「後は…」
死体を粗方調べ終えると、今度は盗賊の根城の調査を始める。この盗賊かどうかは定かでは無いものの、襲撃されたという報告は今回の一件を含めて三件程あったのでその確認作業の為だ。
とはいえ、洞窟と言ったあからさまな場所に居を構えている訳では無い。見つからぬ様、常に移動する事が多いからだ。
少し木々が開けただけの場所あるのは、精々焚き火の跡と奪ったと思しき荷馬車が三台に、それを引いていたであろう馬が二体。だが、荷馬車の数と馬の数は釣り合っていない。馬を維持する為にも食料が必要なので、奪った馬を売るか殺すのはよくある話だ。
「一、二、三……よしよし。報告にあった馬車ですね」
荷馬車に彫られた商会の印を確認し、一人頷く。これで数が合わなければ他に盗賊がいるという事の証左になりかねないので、危うくヨルの仕事が増えるところだった。
馬車の中の荷物はほぼ無い。だが報告された荷馬車が運んでいたのは食料品が大半なので、これは想定通りだ。商会側も態々荷物を全て取り返せなど言う事は無い。だがそもそもの話、仮にその様な要求をされたとしてもそれはヨルの仕事では無い為、従う事はまず有り得ないが。
とはいえこのまま空の荷馬車を此処に残す訳にもいかないので、残された馬で運べる様に全てを縦に繋げていく。そして持って来ていた多数の袋に盗賊達の死体を詰めて荷馬車へと積み込み、ヨルは木に繋がれたままの馬達に視線を向けた。
「この子達が怯えないと良いのですが…」
繋げ終えたヨルが、不安げな表情で口にする。屋敷の馬は軍馬でもある為ある程度訓練されておりその心配は無いが、一介の商会が所有していた馬がその様な訓練をされているとは思えなかった。
恐る恐るヨルが木に繋がれた馬に近付いて行く。するとあからさまに馬の筋肉が硬直したのが分かり、ヨルがはぁ…と気怠げに息を吐いた。
「仕方無いですね」
馬が繋がれた紐をナイフで断ち切り、自由にする。だが、馬は逃げることも無くまるで銅像の様に微動だにしない。
当然その様な状態では馬車を引く事など出来ないので、ヨルは既にこの馬を連れ帰る事を諦めていた。ならばどうするか?
「よい、しょっ」
先頭の荷馬車の牽引紐を手に持って肩に掛け、一気に力を込める。するとヨルの足が軽く地面に食い込み、ゴト…と荷馬車が動き出した。
最も力が必要になるのは初動だけとはいえ、それを人の力で引き続けるなど普通に考えて正気の沙汰では無い。だが、ヨルにとっては現状の最適解であり、大した負担でも無かった。
ゴロゴロと連なる荷馬車を、正に馬車馬の如く引くヨル。
死体以外入っていないとはいえ、荷馬車自体の重量を含めればかなりのものになる。それを飄々とした表情で、小柄な少女が引いている。その現実離れした光景に、街道ですれ違う人々が二度見のみならず三度見していく。大丈夫、貴方達の目は間違っていないから…。
普通の人の歩く速度と同じ速さで街道を進み続け、日が落ちる前にヨルは領都へと戻ることが出来た。だが、そこに入る為の大門を警備する兵士に呼び止められてしまった。当然である。
「えっと…これは?」
「盗賊の方々が奪っていた荷馬車と、その盗賊方のご遺体です」
淡々と引き連れてきた荷馬車の説明をヨルが口にするが、違うそうじゃないと誰もが思った。
「あぁー…身分証は?」
「こちらです」
ヨルが手渡した身分証に刻まれたカーナモン辺境伯の家紋を見て、兵士の表情に軽い驚愕の色が浮かぶ。今のヨルは侍女服は着ているものの外套ですっぽり隠れていた為、今の今まで気付かれなかった様だ。
一部の兵士達はカーナモン辺境伯に仕える従者達がこういった裏で動く──ヨルの動きが裏かどうかはさて置いて──事を知っているので、思わず目が点になる様な現状も今では妙に納得していた。
「これはこちらで処理しても?」
「お願いいたします」
「分かりました」
ヨルの仕事は盗賊の“掃除”まで。回収した死体や荷馬車の返還に関しては兵士の仕事だ。
盗賊を受け渡した事を示す書類を兵士から受け取り、ヨルは周りの奇妙なモノを見るような目を気にする事無く帰路に就いた。