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14. 化物侍女は“掃除”をする

 休日を終えた次の日、ヨルは朝からキャロルに呼び出されていた。その要件は、新たな仕事をヨルに伝える事だ。その内容は──


「──という事で、ヨルには街道の“掃除”をお願いしたいの。出来ることなら今日中に方を付けて頂戴」

「かしこまりました」


 此処カーナモン辺境伯が治める領地には、幾つかの街道が存在している。その管理もまた、領主の役目だ。だが、実際に現地で動くのは家臣…この場合は、ヨル達に該当する。

 本日の業務内容はその街道の“掃除”。それも本日中に完了させる事とのお達しだ。その内容は本来であれば二~三日は欲しいところだが、無いものは仕方が無い上、ヨルに拒否する権限は元より無かった。もっとも、ヨルには断るつもりなど微塵も無かったが。


 割り当てられた自らの部屋へと戻り、身支度を済ませる。本日中に終わらせるのならば日帰り、つまり荷物はそう多くならない。

 手早く必要な物を纏めて手頃な袋に詰めたところで、ドアがノックされる音が響いた。


「はい」

「ヨル、ごめんなさい。ちょっと渡し忘れていた物がありました」


 その声の主はキャロルであった。ヨルが扉を開けて迎えると、キャロルは申し訳なさそうに皮袋に包まれたソレを手渡した。


「これは?」

「そろそろ必要になるかと思いまして。合わないようなら言いなさい」

「開けても?」

「勿論」


 括り付けられた紐を解き、その中身を確認する。「なるほど」とヨルが頷き、その中身を手に取った。

 具合を確かめる様にして何度か握ると、ヨルがキャロルへと目線を戻す。


「問題ありません」

「ではお願いしますね」

「かしこまりました」


 もう用は済んだとキャロルが立ち去り、ヨルはソレを本来使う筈だった別の物と入れ替える。少しばかり大きくなり重量も増していたが、動きに支障は無さそうだとヨルは思う。

 黒い外套を身に羽織り、荷物を詰めた袋を外套の内側へ仕舞い込む。準備は終えた。


「さて。では“掃除”に行きましょうか」



 ◆ ◆ ◆



 その男達は元はただの農民だった。だが、度重なる不作によって食い扶持を得る事が難しくなり、やがてそれは他者から奪うという手段を取るまでになった。

 大層な学が有る訳では無い彼らだったが、襲う者と襲ってはいけない者の区別くらいはついていた。その結果幾日か得られぬ事も多かったが、その日は久しぶりの大物を仕留めた事で少しばかり気が緩んでいた。


「あぁー、畑作ってた頃よりも断然こっちの方が楽でいいぜ」


 奪った酒瓶に口を付け、その強い酒精に気分が高まる。農民だった頃では到底味わう事が出来なかったであろう上物。

 男の言葉に周りの者達が同調するが、一部の者は怪訝そうに顔を顰めていた。

 他者から奪う事は確かに自ら何かを作る事よりも遥かにマシだと言える。だが、それ自体は悪であり、何時誰かか盗賊となった我々を討伐に訪れるかも分からない。その恐怖は確かに一部の者達の精神を蝕んでいた。

 そして───その恐怖が間違いでは無かったと知った時には、もう既に手遅れだった。


「ぎゃっ!?」


 一人の男が奇声を発し、その声に何だ何だと集まった男どもが倒れる。

 その様子に顔を青くした盗賊の長が怒声を発した。


「敵襲!」


 先程まで宴会気分だった彼らが慌てた様に自らの得物を手に取り構える。だが、満足な武器などありはしない。精々農具を改造して作った槍程度だ。

 突然の命の恐怖に手が震え、突き出された槍先が迷うように動く。


「おや。抵抗されると少々面倒ですね」


 突如響く、この場にそぐわぬ高い柔らかな女の声。だが、彼らはソレが敵だと本能的に理解した。

 森から現れた、黒い外套を羽織る存在。その顔の全貌を覗き見る事は出来ないが、その冷たい眼差しは静かに盗賊を射抜いた。


「こ、このやろぉぉぉ!!」


 恐怖から、一人の男が槍を手に外套の女へと迫る。その振りは杜撰でも、大の大人が全力で振るえばそれは確かな威力を纏う。

 その血気迫る突進に、女は静かに一歩を踏み出し、何かを投げ付けた。

 だが、そのあからさまな攻撃に男は身をかがめてソレを回避し──それが囮だったと気付いた時には、男は既に地に伏していた。


「この尼がぁぁぁ!」


 目の前で仲間が殺された。頭に血が上った彼らは、どうやって仲間が殺されたかすら思考する事も無く近付く。

 先程とは異なる複数人による同時攻撃。例え自らの攻撃が躱されたとしても、他の誰がの攻撃が当たる。

 勝った。にぃ…と口端が上がり、下卑た笑みを浮かべる。殺すには惜しい。多少傷物にはなるだろうが、軽く痛め付ける程度ならば後で楽しむくらい出来るだろう。顔は分からないが、男共にとって女であれば誰でも良かった。

 確定した未来でも無いそれに思いを馳せる男達。だが、その未来は決して訪れない。


「……は?」


 何かが首に当たる感覚。ピリリとした痛み。何か生暖かい物が滴り、それが自らの血である事に気付いた時には、男の意識は暗転していた。


 手にしたナイフに付いた血糊を振るって払い、血潮の海で何の声も発する事無くただ静かに立つその姿に、男共は確かな恐怖を覚えた。

 そう、恐怖。アレは“敵”じゃない。“化物”だ、と。


「時間もありませんので、手早く済まさせて頂きますね」









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