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12. 化物侍女は勉学に励む

 その日からヨルの勉強特訓が始まった…はいいものの、ティアラは早速出鼻をくじかれていた。

 ヨルは基本的に一度見たもの聞いたものを忘れる事は無い。だが、それらが“何を基準に引き出されるのか”を理解出来ない。つまり、知識を持っていても、問題から要求されている知識がどれに該当するのかを理解する事が出来ないのだ。


「精霊記207年にレコルト皇国で起きた代表的な事件とは何かしら?」

「……代表的というのは、何を基準にしているのでしょうか」

「えっと…注目度が高い事柄、その当時の人が大きく衝撃を受けた事柄、みたいなものね」

「となると、五つほど該当する物があるように思うのですが…」

「………」


 なまじ全てを覚えられるが故に、その知識から特定のものを類推して選び出す事が出来ない。ヨルにとって知識を確定させる為には、一言一句一致している必要があった。


「…いっそ全部書いた方が試験(・・)としてはアリなのかしらね」


 ヨルの知識に間違いは無い。だが、問題から求められる答えとしては不適当。しかし、問題の内容をより広義的にみれば、全くの間違いでもない。

 採点する者がただ答え合わせのみをする人間だったのなら、ヨルの回答は不正解になる。しかし、じっくりと読む人間ならば減点はあれど点数は貰える可能性がある。


「全部書きますか?」

「そうね…とりあえずこの全部の問題にヨルが思う答えを書いてみて。その後でどれがその問題に適した回答かを私が判別するわ」

「かしこまりました」


 ティアラから手渡された過去問(・・・)と向き合い、己の知識からその問題が求めているであろう答えを“全て”弾き出していく。無論一つだけ答える事を前提としている解答欄からははみ出るので、別途紙を用意してそちらにヨルが思う該当する事柄をただただ書き連ねていく。

 その間ティアラは蔵書室の本棚からヨルの知識になりそうな本、或いは解説で使えそうな本を見繕い、机へと運ぶ。

 そして回答し終えたヨルの解答用紙を回収してどれが正答かを教え、それを導く為に注目する問題文の箇所を教える。


 そうして回答解説を何日か繰り返していけば、少しずつ目に見えてヨルの回答が的確になり、着実に全体の点数が上がっていった。


「何とかなりそうね…」


 人知れず安堵の息を吐くと共に、ヨルの学習能力の高さにティアラは舌を巻いた。

 ある程度ヨルの能力の高さは予想はしていたものの、まさかたった数日で追い付かれた(・・・・・・)のは全くの予想外だった。




「うん、良い感じね」

「ありがとうございます」


 ティアラの手の中には、全て赤丸が付いた答案用紙。ここまで出来れば、本番(・・)は大丈夫だろうとティアラは思う。

 ならば───



「──笑顔の練習をするわよ!」


 とてもいい笑顔を浮かべて楽しそうに言い放つティアラとは対照的に、ヨルの表情は一切変わらない。…若干困惑の色が浮かんでいる様な気はするが。


「まぁでも私も若干諦めているのだけれどね…」


 ティアラがガックリと項垂れる。ここ数日で今まで以上にヨルを理解出来たからこそ分かるその不可能さに、ティアラは頭を悩ませていた。


 人としての何もかもが足りていない。


 常識的以前の、当たり前の行動や言動。感情の起伏。その全てがヨルには無かった。


「ヨルは何か好きな事とか、楽しいって思う事はないの?」

「…好きな事は特に思い付きませんし、楽しいという感情も、私には良く分からず…」

「仕事の休みの日は? ずっと働いている訳では無いのでしょう?」

「基本部屋で何かあった時の為に待機しています」


 仕事中毒(ワーカーホリック)であるヨルにとって休みはただ身体を休める日であり、遊ぶ事など無い。故に楽しいという感情がどういったものなのかを、理解出来ていなかった。


「……まぁ、今回の事(・・・・)で多少改善する事を願いましょうか」

「今回?」

「あら、まだ聞いていなかったかしら」

「旦那様からでしたら、何も」

「うーん…そうねぇ」


 ティアラが顎に手を当てて天井を見上げる。ここで教える事は容易だが、それはそれで面白くないと思う自分がいた。

 それに何より、ヨルの雇い主である自分の親が何も言わないという事は、何かしらの理由がある可能性があった。


(今はまだ、言わない方がいいかしらね)


 その予定(・・)が確定した訳でも無い為、まだ言うべきでは無いという結論に至るティアラだった。


「お父様からお話があるでしょうから、それまで待ちなさい」

「かしこまりました」


 気になる話ではあるが、待てと言われれば待つ。それがヨルの“役目”だ。




「ティアラ様。そろそろ淑女教育のお時間で御座います」


 感覚でそろそろかと時計を取り出して確認したヨルが告げる。ティアラにもティアラの仕事がある。四六時中ヨルの勉強を見る訳にはいかないのだ。


「もうそんな時間だったのね…憂鬱だわ」


 ティアラにとってヨルの勉強を見るのは大変な事ではあったが、淑女教育に比べればよっぽどマシなものだった。実質的な休憩時間と言っても良い程に。

 とはいえ淑女教育を担当する人物は時間にとても厳しい人なので、何時までものんびりする事は出来ない。

 渋々ながらも、ヨルと共に本を戻す作業を進めるティアラだった。









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