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11. 化物侍女は疑問を持つ

 望まずして午前休を得たヨルだったが、眠気も無く特にやる事も思い付かない為、部屋の椅子に座りただボーッとしていた。

 そんな時、ふと部屋の机に置かれた一冊の本に焦点が合う。仕える主、ティアラより渡されたレコルト皇国の歴史が刻まれた本だ。


「…勉強しましょうか」


 分厚い本を手繰り寄せ、その表紙を開く。

 最初の頁に綴られているのは、ヨルが住まうレコルト皇国の起こり。


 レコルト皇国の歴史は長く、精霊と人間が共に暮らしていたとされる時代まで遡る。

 現代では姿を消してしまった、精霊と呼ばれる存在。それは古代において人間の隣人として寄り添い、助け合う存在であった。

 そんな中、次第に特に力を持つ精霊と契約を成した者が、周りの者を導く役割を担うようになった。

 初めは小さな村。そこから人が集まり精霊が集まり街が生まれ、やがて国の形を成していった。それが今のレコルト皇国の礎となっている。


「精霊様、ですか」


 文字を追っていた眼差しを部屋の虚空へ向け、目を凝らしてみる。だが、そこに何かがいるようには感じられなかった。

 現代では姿を消してしまった精霊。その存在自体を懐疑的に思う者も少なくは無い。だが歴史上レコルト皇国の初代国王は精霊と契約を成した存在であり、その恩恵からかは定かでは無いが、王家では強い魔力を持って産まれる者が多いのは事実だ。


「…精霊様って、何か食べるのでしょうか?」


 今ヨルの手にあるのは歴史書である為、精霊に関する詳しい内容は記されていない。しかし、ヨルは自分がそういった疑問を自然に持った事に気付き、一人驚いた。

 今までヨルは命じられた事に疑問を持たず、ただその命令を遂行する為に生きてきた。だからこそ、いざ疑問を持てばどう対処すべきなのかが分からなかった。


「…ティアラ様に、お尋ねしてみましょうか」


 時計を取り出してみれば、もうそろそろ午前休も終わりの時間。仕える主に聞くのは果たして正しいのかヨルには分からなかったが、一先ず聞くだけ聞いてみるのは有りだろうと思う。

 身支度を整え、鏡で最終確認。左右で異なる紅と蒼の瞳が窓から差し込む光でキラリと輝く。


「……」


 疑問といえば自身の瞳もそうだ。ヨルは自らの身体の事は理解しているが、色が異なっている理由までは把握していない。

 「何か意味があった(・・・)ような気がするが、何だっただろうか」と自身の記憶を辿ろうとした途端、プツンとその思考が切断される。


「仕事に戻りましょう」


 確認は済んだ。問題は無い。ヨルの頭に、疑問は無かった。



 ◆ ◆ ◆



 ヨルが昼食を食べ終えると同時に、キャロルがヨルを部屋へと呼んだ。今回の事の顛末を告げる為だ。


「彼らの身元確認は済みました。結果として彼らは“此処に居た”事になります」

「そうですか」


 一度関わった者として知る権利はあろうとも、ヨルにとっては自らの仕事の領域は既に終わった扱いなので、あまりその内容に興味は無かった。

 何処か投げやりな返事から話半分に聞くヨルに気付いたキャロルが思わず苦笑を浮かべるも、それを咎める様子は無い。自らの仕事以外の事に関しては全く関心が無いのは、キャロルを含め多くの人が良く知っているからだ。


「とりあえずお疲れ様でした。ちゃんと休めた?」

「はい、問題ありません」

「なら、午後からは通常業務をお願いね」

「かしこまりました」


 ここからの通常業務となると、ヨルの場合はティアラのお付の侍女である。

 昼食後ティアラは屋敷の蔵書室で過ごす事が多い為、ヨルはティアラの部屋では無く蔵書室へと足を運んだ。


 大きな重い扉を開けて中へと進めば、ヨルの鼻腔に紙とインクの匂いが入り込んだ。

 柔い陽の光が入りこむその部屋で視線を動かせば、窓際で本を読むティアラの姿が映り込んだ。


「ティアラ様」

「──あら、ヨル。もう交代の時間だったのね」

「ではお嬢様。私は休憩に入らせていただきたく」

「ええ分かったわ。お疲れ様」


 レミューと業務の引き継ぎを済ませ、ヨルがティアラの傍らに立つ。


「それでヨル、昨日私が渡した本は読んだかしら」

「はい、まだ半分程度ですが…実はその事で少し御相談させて頂きたい事がございまして…」

「ヨルが相談なんて珍しいわね。どうかした?」

「その…一般的に何かしらに疑問を持った場合、どう対処すべきなのかをお教え願いたく」

「へ?」


 ぽかんとした表情を浮かべてティアラがヨルを見る。何かの冗談かと思ったが、ヨルの真剣な表情を見てそれが本気で相談したい内容なのだと理解する。


「えぇっと…何か、疑問に思うことがあったのね?」

「はい」

「その場合は一般的にと言うか…誰かに聞くか、それに関する本を探すかが対処としては正しいはず、よ?」


 自分で一体何を喋っているのか分からなくなり、最後は疑問形で終わってしまった。だが、それも無理は無い。ヨルが聞いていたのは常識どころの話では無い、人にとって当たり前の事なのだから、多くの人は改めて誰かにその事を伝える事など無いのだ。


「ヨルが疑問に思ったのは何に対してかしら?」

「精霊様に関してです」

「あぁ…」


 ヨルの返答に、納得したと言わんばかりの様子でティアラが苦笑する。


「精霊様に関する話は資料というよりも物語が多いから、ヨルが求めるものはもしかしたら少ないかもしれないわね」

「答えを追い求められない、ということでしょうか」

「うーん…追い求められない訳では無いわ。でも、“答え合わせ”が出来ないのよ」

「なる、ほど?」


 ヨルが必死に言葉を噛み砕こうと思考をめぐらせるが、最終的には小首を傾げてしまう。


「えっとね…情報を寄せ集めて自分なりの結論を出したとしても、それが正しいかを証明することが出来ないの。だから、どこまで行ってもソレは“自己解釈”であって“答え”じゃない。追い求めることは出来ても答え合わせが出来ないっていうのはそういう事なの」

「……つまり、世の中には全て答えがあるのですね。でもそれを人は全て把握している訳では無い。だからものによっては幾ら時間を掛けても、その疑問を解消する事は出来ない、と」

「まぁ、その様な認識でいいわ」


 何とか伝えきれた事にティアラが安堵の息を吐く。

 ───だが、これが未だ始まりに過ぎなかった事にティアラが気付いたのは、その後すぐの事だった。







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