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10. “元”令嬢は語る

 ヨルが“お客様”と“荷物”を回収して屋敷に戻る頃には、既に夜は明けて柔らかな日差しが屋敷を照らしていた。屋敷の裏手から戻ってきたヨルを待機していたキャロルとカミアが出迎える。


「お疲れ様でした、ヨル。“お客様”はどうぞこちらに。湯浴みでお身体を温められた後、我が主がお会いになります」


 労いもそこそこに、キャロルが馬車から降りたシャーロット達を伴って屋敷へと消える。当初こそ警戒していたシャーロット達だったが、追求もなく主の元まで案内されると分かった瞬間、若干毒気を抜かれた表情を浮かべていた。


「遅くまでおつかれ~。馬車は私が戻しとくから、ヨルは休んでいいよ。ちゃんと午前休は侍女長が取ってるから」

「……分かりました」


 逃げ道を既に奪われていた事に少し不服そうな態度を取るヨルだったが、素直に従う事にした。一睡もすること無く業務を行えば、どんなミスをしでかすか分かったものでは無いのは常識(・・)なのだから。


「あ、それと衛兵の事何だけど、特に関係無かったみたいだよ」

「そうなのですか?」

「うん、ちょっとした強盗事件の犯人探しだったって。もう捕まったそうだよ」

「そうでしたか。ご報告感謝します」


 カミアに御者台を譲り、その後ろ姿を見送りながら手を組んで少し上に伸びる。「ふぅ」と切り替える様に短く吐いて、一先ず自分も身体を温めようと従者用の湯浴み場へと歩を進めた。




 ◆ ◆ ◆



 シャーロットは案内されている時も、身を清められた後もずっと困惑した表情を浮かべたままだった。


「大分困惑されているようですね」

「っ…ええ、そうですね」


 いきなり声を掛けられ肩が跳ねるが、否定する必要も無いので頷いて返す。屋敷に警備が無い訳では無い。だが、それでも素性が知れない自分達をここまで簡単に案内するのは理解出来なかった。シャーロットが、何か裏があるのかと妙に勘繰ってしまうのも無理は無かった。


「一つ答えるとするならば、それは貴女方をここまで連れてきた侍女の存在ですね」

「侍女…あれが…?」


 確かに見たその姿は侍女服を纏う若い女性ではあった。だが、その内は貴族の世話を行う侍女とは似ても似つかない。戦闘員と言われた方が納得する程だとシャーロットは思う。


「彼女は人を見る目に長けています。貴女方が故意に此方を害する存在では無いと判断したからこそ、私共は出迎えるのです」

「……」


 なんだその理屈は、とシャーロットは思う。人を見る目に長けていようと、たった一人の判断をここまで信用するなど普通では無い。

 だが、そのお陰で自分達は目的を果たせる。与えられた恐怖は有難く無いが、機会は有難く利用させて貰うと気持ちを定める。


 キャロルがシャーロット達を伴って応接室の前まで辿り着けば、唐突にキャロルが後ろのシャーロット達を振り返って告げた。


「護衛の方々は申し訳ありませんが、お部屋の中までご案内する事が出来ません。此方でお待ち下さい」

「……承知した」


 ここまで付いてきた二人が傍に居なくなる。それだけでシャーロットの心を不安が染め上げた。

 会って殺される訳では無い。大丈夫だ、と竦む自身を奮い立たせ、目の前の扉を睨んだ。

 キャロルが入室する旨を告げて扉を開けば、そこに立って居たのは、質素でありながら質の良さが窺える服に身を包んだ一人の男性。


「やぁ、遠路はるばるお疲れ様だね。ロイ・ミルド・カーナモンだ」

「……シャーロット・メティスで御座います。お会い出来まして光栄です、カーナモン様」


 出会い頭に柔和な笑みを浮かべて手を差し出すロイの様子に面食らってシャーロットの反応が鈍る。が、すぐに持ち直して差し出された手を握り、もう使う事は無いと思っていた自身の本来の名を口にした。


「さて、立ったまま話すのも疲れるだろう。座りたまえ」

「失礼します」


 応接用のソファに腰掛ければ、直ぐさま目の前のテーブルに湯気が立ちのぼる紅茶が二つ、キャロルによって用意された。その後はロイの後ろに立ち、目を伏せる。これ以上、従者であるキャロルが関わる必要は無い。


 用意された紅茶を一口含み、喉を潤したところでロイが口を開いた。


「シャーロット嬢。全てを詳らかにするつもりは無い。だが、その“目的”に関しては話してもらわなくてはならない。答えてくれるね?」

「勿論で御座います」


 訊ねる形だが、そこに拒否権は存在しない。しかし、元よりシャーロット自らが犯罪者(・・・)である事の自覚があるのだ。断るつもりもなかった。


「まず私はカラムレア帝国メティス子爵家の次女で御座います。ですが既に身分は捨てております」

「だが身分を捨てたとしても、態々此方に来る必要は無いだろう? それも危険な道を使ってまで」

「はい。“捨てた”のならばそうですね」

「……成程。事情は把握した」


 ここでロイが腕を組んで唸る。経緯も理由も凡そ把握できる。ヨルが連れてきた時点で人間性も問題が無い。だが、受け入れるにはまだ早い。


「…追手はまだいるのかい?」

「正直把握しておりません。ですが、そこまで必死に探す事も無いかと。“必要ありません”ので」

「…ならば、これからどうするつもりだい?」

「許されるのであれば、この国で庶民として暮らしたく思います」

「…分かった。調べは此方でも進めておく。だが、その間この街からは出られないと思ってくれ」

「承知致しました。それで、処罰は…」

「そんな事実は無い。君は元より此処に居た。それでいい」

「……感謝致します」


 深々と頭を下げる。亡命して不正入国した以上、何かしらの処罰を受ける覚悟はあった。しかし、受けなくて良いならばそれに越したことは無い。

 思わず安堵の表情を浮かべるシャーロットに対し、「だが」とロイが続ける。


「もし問題を起こした場合は、“居なかった”事になる。分かるね?」

「……はい」


 緩んだ気持ちをもう一度引き締める。許可されたが、“許された”訳では無いのだ。

















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