【応用編】犬系ヤンキーは溶けない氷に憧れる
(△)プロローグ:帰ってきた犬系ヤンキー
教壇の周辺がそこに立つ教師の声で沸いたのは、彼女が久々に登校して教室の席に着いた時だった。高らかな嬌声が、そこにある彼女を姿を歓迎した。
「赤犬さん、会えなくて寂しかったですわ!」
「――ウるせー! いちいち撫でるんじゃねー!」
「おほほ、ウチのカトリーナちゃんも遊んであげないとすぐに拗ねてしまうんですの!
それで赤犬さん、わたくしは聞きましたわよ、お隣の席の犬飼さんと喧嘩してしまったんですって?」
金髪ドリルがセクシーな担任教師は、赤犬をじーっと見つめる大人しそうな女生徒の顔を見た。
「…別にそんなんじゃねーし」
そう言われて、気まずそうに顔を向ける少女。
前髪でカクレた隙間から、黒い綺麗な瞳が赤犬を見つめる。
「………」
――すっと、彼女はポテチの袋をさしだした。
それに対してふんっと、拗ねたように顔を背けたが、好奇心を抑えきれない彼女の手は、ちらつかされたお菓子の袋を掴んだ。
――それは一瞬の出来事だった。
「わぁっ!――」
お菓子を手にしたその赤犬の腕を、あいた左手を伸ばして素早く掴み取り、自分の胸の中に引っ張り込む。
「…おかえり」
不安定な姿勢でそのまま倒れ込んだ赤犬。
胸の中に抱きしめたまま、耳元で彼女にそう囁いた。
(□)第1話:犬飼零度さん
「なあなあ、もう一回あれ見せろよ?」
大人しく座る赤犬さんの長い髪を、後ろから櫛で梳いてトリミングしながら、少女は言葉に耳を傾けた。
「びゅわーってなって、ぎゅいーってなって――そしたらカキンって! すげぇよな!」
――びゅわー、ぎゅーん、カキンッ。
綺麗に整えた彼女の赤い髪を手に取りより分けて、それを結んで三つ編みを縫い縫い。
「別にお菓子食われたから怒ったわけじゃねーよ。
なんかお前がすげー奴だったんだなって思うと、俺ってすっげぇしょぼいじゃん?
だから、べつに、そういうことだから」
「わかった」
髪をいじっていた犬飼さんは、途中までできてた三つ編みを結う手を離して、赤犬さんに両手を前に差し出すように指示した。
「氷結――」
彼女の唇から唄うような言葉が紡がれる。
それは霧を呼び、手のひらに冷たい感触が感じられるようにまでなると、氷結した空気の結晶がキラキラと輝いて、澄んだコップの水に一滴の絵の具が混ざったように踊りだした。
「わぁー、すっげえじゃん!」
赤犬さんは生まれたばかりの氷の妖精を捕まえようと何度も手を伸ばしたはしゃいだ。
「………」
『きみの方がもっとすごいんだよ』
後ろから赤犬を抱きしめて、無邪気に戯れる彼女の頭を撫で続けた。
(□)第2話:赤い鬼
――テレビのニュースで、今日も死亡事故の報道が語られる。
「なあなあ、かあちゃん。近所でまた事故が起こったってよ」
「いいから学校に行きなさいよ。いつまで学校サボってるの?」
赤犬さんの母親は、月曜日から三日続けて学校をサボった不良娘をいつものように叱りつけた。
「学校行ってもつまんねーもん」
言い返しても、争いは終わらない。まるで出口の無い迷宮に迷い込んだように。
だから、赤犬さんは、今日も家の外で暇をつぶす。
「…うわー、えぐっ」
ふらふらと外を歩いていた赤犬さんは、ローカルニュースで見た事故のあった現場を遠めに眺めて、ひしゃげてバラバラになった車体を見て思わず感想を漏らした。
そこは、小さい子供が良く行き来する住宅街の路地で、原因不明の事故が起きたことで、時折通りがかる大人がピリピリと警戒していることが強く肌で感じられた。
「うしっ、俺が何とかするか!」
気合を入れる赤犬さん。
まるで自分が探偵にでもなったように、目の前の冒険の予感に心を躍らせた。
「ふんふん、事件が起きたのは昨日の夕方」
「お嬢ちゃん、学校はいかんのかい?」
「まあまあサキちゃん、この前はありがとうね」
捕まえたじいさんばあさんに聞き込みをして、赤犬さんは事件のニオイを嗅ぎまわる。
不思議なことに、あれだけ派手な損傷がありながら、それを目撃したという人間には一人も行き当らなかった。
まるで、普通の事件とは様子が違うかのように。
「なんだ?」
すっかり夜になった。
昼は家に帰ってもかあちゃんはいないので、外で買い食いをして過ごしたのだが、時間が経ってそろそろお腹が空いてきた。
赤犬さんは気が付いた、あれだけ強く感じられた音の世界が、ぴたりとやんで走っていた車の音すら聞こえなくなったことを。
「…なんだ?」
不吉な予感に、まるで世界に一人取り残されてしまったような嫌な焦燥感に襲われて、自分の心臓の音がどくどくと耳に鳴り響く。
どこかに身を潜めなければ。
危機感を抱いた彼女は、塀に囲まれた民家の中に侵入し、視線が通らない壁の後ろ側に座り込んだ。
なんかくるっ、くる、来る――
「大丈夫?」
とつぜん声を掛けられた赤犬さんは、ビクッと体を震わせて顔を上げた。
「大丈夫、もう終わったよ」
そう声を掛けると、塀の外を指をさして、それから、赤犬さんの手を取った。
前髪で目が隠れた学生服の少女に助け起こされて、赤犬さんは彼女が示した先を見つめる。
――そこには、氷漬けにされた赤い巨体の姿があった。
「オニ」
彼女はそうつぶやいた。
『まじか…すげえじゃん』
赤犬さんは、彼女との出会いに心を躍らせた。
(☆)最終話:犬系ヤンキーは溶けない氷に憧れる
「なあなあ、今日も連れてってくれよ」
「………」
妙に距離を取って下校する二人。
先ほどまであれほど自分を可愛がっていたに、猫のように気まぐれだなと赤犬さんは思った。
「今日はアレのニオイがすんだよ。
お前が逃げても、勝手についていっちまうからな」
そう告げると、犬飼さんは立ち止まって、赤犬さんの手を握った。
そして、そのまま歩き出す。
「へへへ、そうこなくっちゃな」
引っ張られた赤犬さんは、背中に憧れる。
無口だけどすげえ強い、前髪から見え隠れする、彼女の強い意志を宿した溶けない氷のような綺麗な瞳に憧れた。
(△)エピローグ:??
「どういうことだ…犬飼」
「………」
そこには、犬飼さんの手によって氷漬けにされた赤犬さんの――母親の姿があった。
「かあちゃん?」
その溶けない氷に、赤犬さんの指先がふれた。
<あとがき>
この物語は、以下の小説の書き方を描いた小説の応用編です。
面白い物語の始め方と続け方と終わり方とタイトルの付け方
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