第7話 ワンサポンナおっぱい
(うーむ……)
僕はひたすら頭をひねり続ける。眼前の画像はいみじくも魔王が指摘した通り、宇宙のような漆黒を背景に、灰色のお椀を伏せたような丘がそびえ立ち、上部から白い靄が麓に向かって枝分かれしながら四方八方に広がっている……といった表現が最も近い。この墨絵のような濃淡を見極め、異変を発見するのがプロの画像読みだ。僕は到底まだまだその領域には至っていないが、ある程度のことならば読み取ることが出来る。
仮にもし何らかの異物が乳房の中に封入されているならば、それらはレントゲンを使用した税関での手荷物検査のように、確実に画像に映し出されるだろう。実際に過去には自分のおっぱいの中に麻薬を仕込んで密かに持ち込もうとした運び屋の女性までいたと聞く。科学の目は決して役立たずの節穴ではないのだ。
「よくわからないが、つまりなにかがおかしいってことか? 中には埋め込まれた物とかはなかったのか?」
魔王が的確に良い質問をしてくる。その点は確かに重要だ。
【そうですね。それはなさそうです。ちなみに僕の世界の豊胸の歴史に興味あります?】
「「ある!」」
主従が同時に即答したので綺麗にハモった。僕は少々おっぱいに関する知識を披露することとした。
【豊胸の歴史は古くて新しく、尚且つ過酷なものです。僕の世界で百年よりちょっと前にはすでに豊胸手術が始まっていましたが、その材料とはガラス、象牙、おがくず、牛の軟骨、ピーナッツオイル、蜂蜜などで、現在から見るととても正気の沙汰とは思われない物ばかりでした。拒絶反応という症状を引き起こすことがほとんどで、そのことごとくが失敗に終わりました。患者本人の良性の脂肪腫っていうおできの塊みたいなものを移植したこともありましたが見栄えが悪く、すぐに溶けて吸収されてしまったといいます】
「おう……確かに凄まじいな」
魔王は密かに冷や汗を滲ませ、ミレーナの方なんかは不安そうにその豊満なバストを両腕でしっかりと抱いて守っている。だが、凄惨なのはこれからだ。
【やがて顔の変形を治療するのに使用されていたパラフィンという物質が主流となりますが、しこりや腫瘍が出来たり膿が出たり乳房が醜く変形や変色することが多く、様々な問題点が明らかとなってやがてすたれていきました。同時期にテフロン、ナイロン、プレキシガラスなどの物質も使用されましたが、同様の被害を起こしたり中で萎縮したりし、悲劇を量産しただけでした】
「「……」」
今や聴衆は二人とも声もなく、顔色は血の気を失っている。決して楽しく愉快な物語ではないのだ、おっぱいを大きくすることとは。高い所にある窓から覗く紅い月があたかも充血した乳房のように見えた。
【そんな地獄のような時代の後、シリコンという、他の物質とは簡単に反応しなくて柔らかい素晴らしい物質が発明されました。最初は主に軍事物質として使われていましたが、戦後に様々な物に使用され、やがてシリコン製の袋にシリコンジェルを詰めたシリコンバッグが開発されました。これは最初の方は上手くいきましたが、やがて何年かすると乳房が固くなったり痛んだり、時にはバッグが破裂する事態も起こるようになりました。今ではこういう悲劇を減らすため、生体組織とバッグとの間に被膜拘縮という膜が出来て袋が縮む現象がなるべく起きないようにテクスチャードタイプというバッグも現れましたが……】
「もう結構です! やめてください! それ以上聞きたくない!」
「結局ダメなのか!? 救いのないオチだな!」
【はぁ、じゃあやめますけど……結局僕が言いたかったのは、人工的な豊胸術に絶対安全な物など一つもないってことです。本当に何もしてないんですね、ミレーナさん?】
遂に抗議の狼煙が上がったため、僕はやむなく途中で中止すると共に両耳を手で押さえるメイドさんに最終確認をする。どうやら聴覚は完全にはシャットダウンされていなかった様子で、しかめっ面をしながらも彼女は首を縦に振った。
「それじゃもうよろしいですね? 私はそろそろ戻らせていただきます」
冷酷に彼女はそう告げると、くるりと赤い階段の方を向いた。