第6話 あと三回ダークエルフのおっぱいを揉みたい!
「お……おい、いつまで挟んでいるつもりだ!?」
画像を確認しながら思案に暮れている僕を、ミレーナが恨めしげに睨みつける。
【あ、すみません! 今すぐ解除しますね!】
僕は慌ててアクリル板を斜め上にスライドさせて圧を抜く。途端にぺしゃんこのせんべい状態だった彼女の胸は、頸木を解かれてたちまち蒸し立ての肉まんのように膨らんでいき、速やかに元の爆乳へと戻った。
「ふぅ、やっと終わったか……」
やり遂げた顔のミレーナが形の良い褐色の額から流れ落ちる汗を手の甲で拭う。構造上、マンモグラフィーは胸を押さえつけるため、人によっては強い痛みを感じることもある……特に貧乳の女性に多いが。ただ、たとえメロンのように大きい乳房でも、初めての場合は慣れない違和感に戸惑うこともよくある。さて、やっと刑期を満了して釈放され自由の身となった囚人のように喜びに耽っているところ誠に申し訳ないが、僕は心を鬼にしてこう彼女に告げた。
【いえ、これが後3回あります。最初にそう言いましたよね?】
「ええっ、そ、そうなのか!? 聞いてないぞ!」
【だからちゃんと言いましたって! ねぇ、魔王!?】
「貴様、呼び捨てとは無礼すぎるにもほどがあるぞ! 魔王様とお呼びしろ!」
「ハハハ、残念だったなミレーナ。お楽しみはまだまだこれからというわけだ。ま、せいぜい頑張れよ」
「ひっどおおおおおおおい魔王様ったら! おのれ、邪智甘寧に長けた悪鬼羅刹のごとき白箱め! これが終わったら海の藻屑にしてくれるわ!」
【いや、だから僕のせいじゃなくて仕様ですって!】
僕は見たものを石に変えるというメデューサのごとき怨念のこもったミレーナの邪視を避けるため、Cアームを適当に動かして次の準備をするふりをした。やれやれ、先が思いやられる……。
【はい、これで本当に終了です。お疲れ様でした!】
「終わったあああああああああ! やったー!」
やっと1セット撮って解放されたミレーナが両手を天に突き上げ、心の底からの喜びの雄叫びを上げる。おっぱい丸出しなのがちょっとアレだけど。
「ほれ、ブラをちゃんと付けろ。それにしてもどこで売ってんだよこんなジャイアントサイズ? 巨人の国か?」
魔王が落ちてるブラをビュンビュン超高速で振り回して遊んでいる。控えめに言ってだいぶひどい。
「返してください魔王様! 壊れたらどうするんですか!?」
「はいよ。で、何かわかったかムネスケ?」
【その呼び方やめてほしいんですけど……今、調べている最中なので少々お待ちください】
僕は宙に向かってすっ飛んでいったブラを悲鳴を上げながら追いかけるミレーナを横目に思索を続けた。さて、これをどう説明したものやら……。
「なんだかすごいモヤモヤしてるなー。こんな闇夜の山中みたいなものがおっぱいの中身だというのか?」
いつの間にやら魔王が横からディスプレイを興味深そうにのぞき込んでいる。ちょうどいい機会だ。僕は彼女たちにレクチャーすることにした。
【いいですか、乳房、つまりおっぱいは皮膚とその下の皮下組織で出来ています。皮下組織は主に脂肪と母乳を生み出す乳腺とで構成されています。マンモグラフィーでは脂肪や液体は黒く、乳腺や乳房の下の筋肉は白く映ります。ちなみに腫瘍と呼ばれる病変部や石灰化と呼ばれる部分も白いので、注意が必要です。ほら、ここの暗い部分が皆脂肪ですよ】
僕は画面のポインターを自力で動かし解説する。魔王も、ついでに服を着終わったので見にきたミレーナも共にフンフンと頷いている。よしよし、ここまでは順調だ。
【腫瘍はやや大きめの白い部分の塊として映ることが多いです。形、周囲との境界、色調の濃度などによって、放っておいても大丈夫な良性のものか、摘出して除去しないと命に係わる悪性のものかを鑑別します。幸いこの画像には何も映ってなさそうですが……】
ここで僕はおもむろに一旦言葉を切る。二人とも、特にミレーナは不安そうな目付きで神妙に続きを待っている。
【奇妙なことに、何故か全く同じパターンの乳腺像が、繰り返し画像内で見られるのです。これがどういう意味なのか、今考え中ですが……】
そう口にしながら、僕は頭の中で、幾何学的文様がリズミカルに反復するアラベスク模様を思い描いていた。