第35話 セイレーンの寝所 その2〜紅に染まるおっぱい〜
相変わらず壊れたテープレコーダー(古)と化しているリプルだったが、よく聞いていると、「ち」の連呼の間に僅かに「く」という単語が混ざっていることに、僕はようやく気づいた。
【ひょっとして、あなたが訴えたいのは、その……アレですか?】
「!」
その瞬間、彼女の顔が真夏の太陽のように明るくなった。どうやらビンゴのようだ。
「はははははい! じじじじじ実はちちちちちく……!」
【ちくわですか?】
「ちちちちちちち違います! っていうかちくわって何ですか!? だだだだだからちちちちちく……」
【すみませんがもっとはっきり言ってください。よく聞こえませんよ】
やべえ、自分がサディストに目覚めそうな気がしてきた! まあいいか(笑)。
「ちちちち乳首から血のような物が出るんです!」
遂に、遂に羞恥心を乗り越えて、彼女は自分の症状をカミングアウトすることに成功したが……
【血のようなものって……血性乳汁分泌だと!?】
僕は想定外の返事に面食い、うろたえまくった。これは下手したらとてもヤバいものかもしれない!
【いつからあるんですか?】
「えええええっと、わかりません……」
【痛みは無いんですか?】
「あああああるようななななないような……」
【他に何か症状はありませんか?】
「ととととと特にないような……」
(……)
僕は今一つはっきりしない彼女の返答を根気よく聴取しながら、頭を悩ませた。血性乳汁分泌は、婦人科の外来に患者さんがかかる理由としてはけっこう多いものだ。だが、原因としては大して危険性のないものから、命に係わる重篤なものまで幅がある。とにかくこれは楽観視して放っておくわけにはいかない案件だ。ひたすら消え入りそうに身を縮こませる彼女には酷かもしれないが、ここはまた心を夜叉にするしかあるまい。
【誠に言いづらいんですが、あの……その……ちちちちち】
「ち?」
いかん、僕まで彼女の話し方が移ってしまった。心中活を入れ、声を大にした。
「乳首から分泌物が出ているところを直に見せてください!」
「……」
驚天動地の申し出に、リプルはそのまま固まり、室内を割れんばかりの沈黙が支配した。




