第34話 セイレーンの寝所 その1〜人魚像とおっぱい〜
豪華な大広間を渡り、花が咲き乱れる中庭を横切り、美味しそうな匂いの漂う食堂を超えて、ようやく勇き飛鳥はスピードを徐々に落とすと開け放たれた入り口から、とある室内に音もなくふわりと着地した。
【こ、ここは……風呂場!?】
一拍置いてドスンと無様に着地した僕は、室内のあまりの異常さに驚いた。円形の広い部屋の中央を、おっぱいの大きな人魚像が飾られた、丸い浴槽らしき水を張ったプールがデンと占め、その周辺をギリシャのパルテノン神殿の柱にも似た12本の円柱がぐるりと取り囲んでいる。更にその外側には可愛らしい棚やベッドや机や椅子といった調度品が設置され、主人の少女趣味を物語っていた。そこは、一言で表現するならば浴室と居室が合体したような不思議な空間だった。
「ふふふ風呂場なんかじゃじゃじゃじゃないです。こここここはああああたしの部屋です……」
いつの間にかまた元の口調に戻ってしまったリプルが、恥ずかしそうに口元に羽根先を当ててうつむいた。確かに下半身が魚類の彼女にとってはうってつけの物件と言えるだろう。
【わかりました。ところでさっきの歌は何だったんですか? なんか勇気が出てきましたけど……】
「ああああああああれは正に勇気の歌といって、ききききき聴く者をしばらくの間非常にゆゆゆゆゆゆ勇敢にしてくれるものです……」
【なるほど。で、一体ご自分の部屋にまで僕を呼んで何がしたいんですか?】
僕はなるべく優しそうな話し方を心がけたが、まだ心が昂ぶっていたせいか、ややきつい感じになってしまった。
「すすすすすみません! ごごごごめんなさい!」
【いや、そう謝られても……別に怒ってなんかいませんよ。すでに僕もこの城の一員ですから、何でも話してください】
「ほほほほほ本当ですか!? わわわわ笑わないでくくくくくださいね……」
【だから大丈夫ですって。笑ったりなんかしませんよ】
中々会話するのが疲れるお嬢さんだ。リプルは羽根の隙間から上目遣いで僕を見ると、決心したようにコクっとうなずいた。
「わわわわわかりました! ででででではではお話しますが、じじじじ実はあああああたしはちちちちちち……」
【ちちちち?】
「ちちちちちち……」
駄目だ! 本当に会話が進まない! どうすれバインダー!?




