第33話 嵐の海を進む者〜セイレーンとおっぱい〜
「よーし、これでいいガオ! 象が引っ張っても壊れないガオ!」
【ありがとうございます!】
僕の腹部だか腰だか辺りにしっかり太いローブを結わえつけ、パンパンと手をはたくメディットに礼を述べる。ちなみにローブの反対側はリプルの細い腰に同様に結びつけられている。これは、彼女が僕を自室まで引っ張っていくということだろうか? ビチャビチャ歩く魚の両足でそんなパワーがありそうには到底見えないのだけれど……。
「じゃあアレをやるガオ、リプル!遠慮はいらないガオ!」
「はははははひ! ででででは皆様、ごごごごご静聴ください!」
【ご静聴?】
一体これから何が始まるのか、一切説明がないまま、リプルは自らの大きなおっぱいの前で両手ならぬ両かぎ爪をクロスさせて大きく深呼吸すると、突如天使のように清らかな歌声を発した。
「♪嵐の海を進む者たちよ、果てしなき闇を行く者たちよ
千々に乱れる心を鎮め、我が歌声に耳を傾けよ
我が声は千里を駆け、万里を超え、道を示さん 恐れるな 戦え 我と共に立ち向かえ」
途端に身体中にかつてないほどの力がみなぎり溢れ、全ての悩みや不安が一気に吹き飛んだ。歌い手自身も同じだったらしく、今や両翼を大きく広げ、天頂にまで至らんとするほどの勢いが爪の先まで張り詰めている。
「行くガオ!」
「はい!」
メディットの号令一下、人が変わったかのように生気に満ちたリプルの返事とともに、僕の冷蔵庫並みに重たいボディが風船のごとく浮いた。
【うわわわっ!】
周囲に風が巻き起こり、ほこりや金砂が宙を舞う。突風の吹きすさぶ中をリプルは地を蹴って弾丸のように飛び立った。そのまま頑丈なドアを突き破り、一陣の風となって城の広い廊下を無人の野を駆けるがごとく一直線に突き進んでいく。
【おいおいおいおい! ぶつかるって! 危ないよ!】
いくら自信がにわかに湧き上がってきたとはいえ、さすがに僕は壁やなんかに激突しないかと心配になるも、彼女はまるで達人の操るフライトシミュレータのように実に器用に行く手を阻む障害物をスイスイと避けていく。
【す、凄い……】
僕はようやく心の安寧を得ることが出来た。セイレーンは何か人間とは異なるセンサー的な知覚を有するのかもしれない。そうこうするうちに僕たちは城の大広間へと突入していった。




