第2話 銀髪さんのおっぱいを揉んでみたい!
【白き箱!? 元魔王!? 一体何の冗談ですか!? 僕は胸広浩介っていう乳腺外科医なんですが……】
この後に及んで自分は話の内容がとんと理解できていなかった。あまりにも現実とかけ離れ過ぎている。確かに頭の角や銀髪は人外っぽいがコスプレでどうにでもなりそうだし、金色の瞳だって同様だ(因みにおっぱいは本物っぽくて非常に揉んでみたい)。だが、どうやら僕の身体に何らかの異変が起こっているのは真実のようだった。
「魔王様、こやつにいくら口で説明したところで時間の無駄でしょう。まずは自分自身の姿を見せてやれば如何でしょうか?」
視界の外からやけにツンケンした調子の甲高い声が割って入った。同時に赤色の髪をショートカットにした褐色の肌の二十代と思しき女性が自称元魔王の隣に並んだ。胸元を大きく開けたメイド服を華麗に着こなしてはいるものの、鉄のように厳しげな表情は如何にもメイド長といったオーラを発散している。両耳の先が植物の葉のように尖っており、これまた人間とは一線を画していた。
「それもそうだな、ミレーナ。では、彼を動かすのを手伝ってくれ」
【そ、それくらい僕は自分で……】
「私にお任せください」
僕の発言を完全無視するとミレーナと呼ばれたメイドさんは片手で僕の頭部らしき箇所を掴むとぐいっと回した。控えめに言ってすげえ怪力だ。
【うわ、大きな鏡だな……って何これ!?】
そこには人間の身長の倍ほどもありそうなサイズの楕円形の鏡が、やけに立派な椅子の隣りに並んで石壁に取り付けられていた。蔦などをイメージした金のフレームに縁取られているが全体的にくすんでおり、年代物だと即わかった。そこには僕以外の前述の女性2人の姿と、非常に見覚えのある白い冷蔵庫のような機械がはっきりと写っていた。知らないうちになんかカメラのようなレンズが胴体部にくっついているが、間違いなくアレだ。
【こ、これってマンモグラフィーじゃないか! すぐ側にあったってこと!? てか何故僕の姿が写ってないんだ!?】
一瞬透明人間にでもなったのかと思ったが、どうやら様子がおかしい。何故かというと、褐色メイドの右腕が触れているのはマンモグラフィーのてっぺんだったからだ。そしてその感触は現在自分の頭頂部に感じられる。ってことは、帰納的に考えると………
「そうだ。端的に言うと、我はそなたの住む世界からこの世界に、この機械のみを召喚しようと今宵究極魔法を使用した。だが、何かの手違いでそなたの身体と機械が融合してしまい、こちらに現れたのだ。誠に申し訳ない」
【……】
想像を超えるあまりの事実に俺は声を失った。
※ ※ ※
憂鬱の魔神が創造したと言われる、紅き月が輝くここ惑星トラゼンタでは魔法が発達し、人間や亜人などは主にノルバスク大陸に、魔族や魔物などは主にアーガメイト大陸に分かれて住んでおり、それぞれ別の文化を持っていたがお互い大いに栄えていた。さて、魔族や魔物の王エリキュースは公正明大かつ聡明な名君で善政を敷き、皆平和を享受していた。しかし彼女は生まれついた時から「災いの岩となる呪われた子」と密かに呼ばれていた。
ある時クーデターが起こり彼女の政敵オドメールが王の証である宝石を奪い王位を簒奪し、エリキュースを側近たち共々捉えてこの古城が存在する離島に軟禁した。エリキュースは大人しく従うふりをしながらも叛逆の機会を虎視眈々と伺っており、日々魔力の増強に密かに励んでいた。
ちなみにここトラゼンタでは胸が大きい者ほど強い魔力を有するという法則があり、お陰で怪しげな方法で豊胸しようとする愚か者が後を絶たず(基本的に偽乳では魔力は増強しないが)、また、胸の異常を持つ者たちが見受けられた。だが、トラゼンタは医学は未発達で、検査に役立つ魔法はなく、治癒魔法も外傷の治療をするものしかない。よってエリキュースは皆の胸の検査や治療の必要性を痛感し、高位魔法の召喚術を使用し、異世界から胸を調べる機械を呼び寄せたのであった。
「といわけで無事召喚に成功したかに思われたが、どういうことか、マンモグラフィーなる機械とそなたが融合してしまったようなのだ。お互い言葉が通じるのはその時の魔法の効果であろう。とにかくそなたには大変悪いことをしてしまった。繰り返すが、誠に申し訳ない」
ここまで一気呵成に説明すると、魔王とやらは僕に対して深々と頭を下げた。僕はようやく事の重大さを飲み込み顔面蒼白となった……もし顔があったらの話だが。ちなみにどうやらあのレンズは、僕の新たな眼球だということが視線の高さや方向などから推察された。また、現在僕たちがいる場所はいわゆるホール状の「謁見の間」の玉座の周囲で、他とはやや高台になった部分にいるため、あやうく立ち眩みがして階段を転げ落ちそうになるかと思った……って足はないんだけど。
【じゃ、じゃあ僕はこのまま木偶の坊みたいに白い箱状態で微動だにせずここで生きていかなきゃいけないんですか!? ひどすぎるよあんた! そんなの嫌だああああああああ!】
ここで初めて僕は力の限り叫ぶも、虚しく石壁に機械音声が反響するだけだった。
異世界に召喚されたという事実はにわかには受け入れがたい話だが、百歩譲ってまあ仕方ないとしよう。だが、この身が若い肉体を失い機械ごときと同化するとはどういう冗談だよ! まだ童貞なんですけど僕! おっぱいは揉んでるけど!