第12話 遠い青い春の日のおっぱい その1
「能登川美奈藻先輩、ご卒業おめでとうございます!」
学生服に身を包んだ僕は、人で溢れかえっている高校の講堂前で目当ての女性を見つけるや否や棍棒みたいな大きさの特大花束を差し出して深々とお辞儀をした。
「おお胸広、久しぶりだな。ちゃんと元気に毎日抜いているか?」
そのセーラー服姿の美女はひったくるように花束を奪い取ると、とんでもないことを口走った。
「公衆の面前でいきなり何の話ですか!? 受験勉強のし過ぎでついにおかしくなったんですか先輩!?」
「君こそ何を勘違いしているんだ? もちろん我が部のグラウンドの雑草のことについて言っているに決まっているじゃないか」
「あ、ああ……そうですか」
僕は相変わらずの先輩の人を食った言動に苦笑いした。僕と先輩は高校の陸上部に所属しており、2年前に知り合ったのだった。弱小部のためか、入部当時はグラウンドは草ぼうぼうの原っぱ状態だったため、まずはグラウンドの整備をするのが部活動だった。先輩たちは一年前から既に励んでいたが土地が広くて中々進まず、お陰で僕は労働力として重宝された。てかどういう部活だよ!?
「まあ、うちは進学校だし弱くても全然構わないんだが、せっかく土地があるんだし、環境だけでも整えないとな」
当時部長だった先輩はこう言いながら、僕たち部員と一緒に雑草を引っこ抜いたり土入れに精を出し、1年後にはようやく陸上のトラックとして使用出来る状態にまで仕上げたのであった。
明るく頼もしく賢く美しい彼女の周囲には自然と人が集まってきて、皆嫌な顔一つせず彼女を手伝った。先輩もまた人の手助けに惜しみなく力を注ぎ、友達や後輩に対する面倒見も良かった。試験前に先輩の過去ノートに幾度助けられただろう。
顔は人形のように整っているのに生気に満ちて光っており、いつも日光を散々浴びているくせに透き通るような肌をしていた。そしておっぱいも大きく素晴らしかった。生まれついてのカリスマとは、きっと彼女のような人のことをいうのだろう。僕も彼女の夏の日差しを全て集めたような黄金の輝きに魅了された一人だった。告白してくる向こう見ずな男どもは掃いて捨てるほどいたが、医大に合格して医者を目指すことを目標とする彼女にとっては今の時点での恋人など邪魔以外の何者でもなかったため、そのことごとくが袖にされた。合掌。
「私は今は人一倍丈夫そうに見えるが、子供の時白血病にかかり、明日をも知れぬ身の上だった。それを骨髄移植という魔法のような医療技術によって一命を取り留め、見事に生命を繋いだのだ。だからこの恩は立派な医者になって返さねばならん……ってちょっと格好つけ過ぎかな?」
部活の打ち上げの席で、彼女は少し赤面しながらこう過去を語ってくれた。僕は先輩の意外な一面を知って、尊敬の念を強めたものだった。
「それにしても今年は例年よりも桜が早いですね。とても綺麗ですけど」
僕は講堂の側に立つ桜の巨木を見上げた。いつもなら4月に入りようやく満開を迎える桜が、まだ3月だというのにもうだいぶ咲き誇っているのだ。地球温暖化ってやつかな?
「綺麗、か……感想はそれだけか?」
「え、ど、どういうことですか?」
「見たまえ、こんなに桜が開花しているというのに小鳥やカラスは一匹も寄りつかん。奴らは花が散って葉桜となり、サクランボが実を結んで熟す頃になってようやく訪れる。つまり桜を愛でて花見をする酔狂な動物なんてのは人間様くらいのものなんだよ。君は物事の見た目よりも本質に気づくべきだな」
「はあ……」
僕は返答に詰まった。