第111話 さよならおっぱい その4
ただ、不思議なことに、発情した野生の獣のようにあれほど激しく荒れ狂って僕を悩ませたおっぱい揉み揉み禁断症状が嘘のようにぴたりと止み、暴走機関車と化すことがなくなった。唯一良かったと言えるのはそれくらいだったが。さよならおっぱい。
こうして日々だけがうつろに過ぎ去っていった。今までは診察計画を立てたり、作戦参謀として密かにいろいろ調査し、今後に備えて策を練ったりしていたが、その全てが、かつて愛用していたが今や砕け散りゴミと化した陶磁器のごとくどうでもよかった。
誰かを憎んで恨みをぶつけることが出来れば、まだ良かったのかもしれない。だがこの件ではそれすらも不可能だった。もし今回の悲劇の原因があるとすれば僕を召喚した魔王に他ならなかったが、別に彼女が故意に間違いを犯したわけでもないし、憎む気にはなれなかった。
よく、「復讐は何も生まない」なんてしたり顔で言う奴が物語に出てくるが、そんなことはない。あれは当事者の気持ちになってみると初めてわかるが、復讐は全てを奪われた人間に、生きる活力を与える唯一の方法なのだ。
暗闇の中、全ての希望を失った僕は、次第にうつ症状の悪化が進行し、希死念慮に囚われるようになっていった。だがこんなまともに動くことも出来ない身体では自殺することすらも難しいし、しかもどうやったら死ねるのかもよくわからなかった。
あの謁見の間の高い階段から転げ落ちても(水中にだけど)壊れなかったのだからして、もっと高いところから落下しないと恐らく無理だろう。だが一体どうやってそこまで登るんだ? 誰かに頼むのか? ミレーナさん? とても現実的とは思えなかった。だいたいずぶ濡れになっても平気だったのだから、もはや普通のマンモグラフィーとは構造自体が変化しているのかもしれない。そもそも電力いらないし。しかし自死の方法の一つも思いつかないのだから、作戦参謀としては不甲斐なさすぎだろう。まあ、今更そんな肩書なぞどうでもいいが。
というわけで今後に何の喜びも見出せず、かと言って死ぬことも出来ない愚かな僕は、ひたすら自然に機能停止する日を待って、隣のほうきやモップやバケツやちり取りと一緒に仲良く並んで、ただただ時を空しく数えていた……あの日までは。




