第110話 さよならおっぱい その3
あれから僕は引きこもりになった。自室兼物置の階段部屋の小部屋に閉じこもったまま全く外に出ず、誰とも喋ろうとせず、話しかけられても一切答えなかった。つまり本物のマンモグラフィーのようになった。
心配して初めのうちは魔王や四天王たち、そして猫娘四姉妹が入れ代わり立ち代わり様子を見にやってきて声をかけてくれたが、悪いけれど何一つ返事する気にはなれなかった。僕の心は底知れぬ絶望の闇に落ち、何を見聞きしても反応せず、ひたすら同じ悲嘆の思考をぐるぐるループし、平たく言うと重度のうつ状態となっていた……機械の身体でも、そして偽りの魂でもうつ症状が起きると仮定しての話だが。
うつになると一般的には食欲不振、不眠、そして気分の落ち込みや不安が生じる。もとから何も食べなくても平気な身体なので、食欲の方の変化は診断不能だが、睡眠は確実に前よりも取れなくなり、いつでも目がさえていて、薄暗く狭い室内をただぼうっと眺めていた。ただし、ごく稀に短い眠りに陥る時はあった。
その場合は夢の中でまたしても人間の姿に戻っているが、暗い荒野をあてもなく彷徨っていることが多かった。切り裂くように吹きつける風が、お前には安らぎの場所など世界中のどこにもありはしないのだと囁きかける。はるか先にか細い光は見えるのだが、歩けども歩けどもそこに辿り着くことは出来ず、その距離が縮まることは決してなかった。
悪夢から目覚めると、再び同じ考えが自分を苛む。たとえ人間の姿になって地球に戻れたとしても、果たしてそこに何の意味があるのか。偽物の自分に存在価値はあるのか。そもそも自分は人間なのか機械なのか、それとも今の夢のような幻の存在に過ぎないのか。そんな到底答えの出そうにない問いを朝も昼も夜も考え続け、思考のラビリンスに囚われていた。
そんな僕を訪れる人もまばらになり、数日おきに一人だけ来る程度にまで減ったが、別にそのことはどうでも良かった。むしろ放っておいて欲しかった。「気分はどうだ?」とか「大丈夫か?」とか聞かれても、何も頭に入ってこなかった。はた目には道端の物言わぬ地蔵となんら変わらなかっただろう。彼女たちはしばらくコミュニケーションをとろうと努力するのだが、やがてあきらめると嘆息し、バタンとドアを閉めて去っていく。粗大ゴミに出されなかったのが奇跡的なくらい、僕はあくまで無反応だった。