第109話 さよならおっぱい その2
「そ、それは……その……何と言うべきか……」
高窓から覗く紅い満月を背景にシルエットと化した魔王は彫像のように微動だにしない。いつも自身に満ち溢れ、快活そのものな彼女の声がか細く震え、ネジガ切れたようにコトン、と止まる。だが、沈黙は雄弁な答えだ。
【やっぱり……今までずっと隠していたんですね……信じていたのに……】
「い、いや、その……」
「白箱くん! 聞いてくれガオ! この件は魔王様も随分と悩んでおられたんだガオ!」
【聞きたくなんかないですよ……どうせ僕のことなんかどうでも良かったんでしょう?】
メディットが割って入り、必死に弁明を試みようとするも、僕には真相をばらした償いとしか思えなかった。そもそもこいつ、僕が死んでも構わない的なひどいこと言ってたし。
「ボクのことはいいから、せめて魔王様の話だけでも耳に入れてくれガオ! この通りだガオ!」
「本当にすまなかった、ムネスケ……もっと早く伝えるべきだったが、そなたがこうやって傷つくのを恐れるあまり、伸ばし伸ばしにしてしまったのだ」
寝巻姿の魔王が僕に対し深々と頭を垂れ、謝罪の意を述べる。うつむいたおっぱいが見事な谷間を形作るが、そんな絶景を目の当たりにしても、いつものように気分が優れることはなかった。
「そもそもこの世界に召喚されるものは、生物や物質を問わず、皆金泥から精製されるのだ。だから生物を召還することは禁忌とされている。悲劇を招くだけだしな。よって我は常に無機物のみを召還してきた。だがあの晩に限ってどういう訳だか普段なら起こりえない事故が発生してしまったのだ。気づいた時にはもう遅く、そなたの魂……厳密に言うならばあちらの世界のそなたの魂の複製体は、マンモグラフィーの複製体と一体化して、こちら側に顕現してしまった。後のことはわかっていると思うが……」
【……何故そんな事故が?】
つい、気になって答えてしまった。今更聞いても無駄だとは思いつつも。
「原因はわからないが、あの時自分の意思ではなく、呪文の詠唱中に何者かに我が身体を操作されたような感覚も覚えたのだ。そのためかも知れないが……誠に申し訳ない」
【……】
ひたすら謝る魔王と、無言のままの僕に、ただ紅い月だけがあの運命の夜と同じく流血のような赤光を投げかけていた。