第106話 カレイドスコープの中のおっぱい その2
「ありがとうございます。あなたはとても優しい方なのですね……」
名前さえ知らない謎の女性は、相変わらず憂いに沈んでいるが、その中にも慈しみを帯びた視線で僕を見つめ礼を述べると、手を差し伸べてそっと僕の右手を握った。
「うっ」
久々の皮膚同士の感触に、僕の心音は滅茶苦茶不規則になり、脳みそが茹で上がりそうになる。彼女の身体からは薔薇の香水のように良い香りがして、どうやらそれは豊満な胸元から漂ってくるようであった。
「あなたは私に非常によく似ておられます。故郷の地球からこちらの世界に飛ばされてきたこととか、別の姿に変えられたこととか……これほど他人に共感を覚えたことは、かつてありません」
哀しげながらも玲瓏とした美しい声で喋りつつも、繋いだ手に力がこもる。僕は声も出せず、身動きも取れず、彼女の虜となっていた。何か気になることが話の端々にあるような気もするのだが……
「できればあなたの悲惨な境遇をなんとかして差し上げたいのですが、私にはその力すらありません。それに、誠に口にしにくいのですが、残念ですが、あなたは地球に帰ることは不可能なのです……」
「ええっ!? ど、どうしてですか!?」
僕は丁寧な言葉の割にはあまりにも情け容赦のない彼女のささやきに愕然とし、柔らかい彼女の手を振りほどいて詰め寄ってしまう。聞かない方が良いという心の声に逆らいながら。
「それはあなたが◯◯ではなく××だからです。もう薄々気づいておられるのでしょう? だからそれが具体的な姿となって、あなたにこんな夢を見させているのです……」
「夢!?」
そのたった一文字で、僕は自分が何かとても大切なことを失念していることに、ようやく思い当たった。聞き取れない箇所があることは二の次にして。
「では、またいずれ、何処かでお会いしましょう、胸広浩介さん、いえ、マンモグラフィーの白箱さん……」
「ま、待ってください!あなたの名前は!?」
「オレンシア……私は名前で呼ばれるのが好きなのです」
そう言い残すと、彼女の身体はまるで背景の火花のごとく、金色に輝いて崩れ去っていく。辺りはたちまち金砂の渦に巻き込まれ、目も開けられないほどになった。そしてそのきらびやかな砂嵐は、僕にも感染していた。
「あああああ……!」
自分の身体が風に吹かれて飛び散っていく衝撃に、僕は絶叫しつつ祈った。夢から覚めろ、と。