第105話 カレイドスコープの中のおっぱい その1
何処とも知れぬ暗闇の中で、無数の火花が舞い散っては消えていく。走るように、踊るように、弾けるように。それは蛍の灯火よりも儚く、星々の光よりも鮮烈で美しかった。そんな宇宙の始まりのような、もしくは万華鏡の中に入り込んだような非現実的な世界で、僕はつば広の帽子を被り黒地に金糸の刺繍を施した服をまとった魔女のような格好の女性と親しげに話し合っていた。
彼女は人形のように整った顔立ちと透き通るような肌とふっくらした大きな胸を持つ、誠に魅力的な姿形の持ち主だったが、その瞳は憂いに満ち、生まれ落ちてこの方一度も本気で笑ったことのないような哀しげな雰囲気を醸し出していた。
「……というわけでその魔王ってやつは、人使いが荒くていい加減で人をからかうのが大好きでしかもドスケベですけど、意外と面倒見が良くて素直で頼り甲斐のあるところも見受けられ、おまけにおっぱいが大きいんですよ。ただし、中々揉ませてくれないし、全然僕を元の世界に帰したり、人間の姿に戻してくれないんですよね。どう思います?」
僕はその謎の女性と初対面なのにもかかわらず、何故か十年来の知己のように話し込み、身振り手振りを交えて魔王について語っていた。っていうか、「身振り手振り」ってことは、明らかに僕は人間男性の姿をしていた。もっともそんなことは疑問を挟む余地すらないほど当たり前のことだと思っていたけれど。
「あなたは本当にその魔王という女性のことが好きなのですね。あなたの熱心な話し振りから、それが如実に伝わってきますわ」
「いや、そ、そんなことないですよ!」
魔女っぽい服装の謎の女性の指摘が正鵠を射ていたため、僕は動揺して子供みたいにあまのじゃくな反応をしてしまった。
「誤魔化さなくてもいいわ。それにひきかえ私ときたら、今まで誰にも愛されたことなんかありませんのよ……こんな地の果てまで追放されるし」
女性は大きな帽子ごとうつむくと、朝露のように消え入りそうな調子で世を嘆いた。
「げ、元気出してくださいよ。皆あなたの魅力がわかっていないボンクラなだけですよ。たかが追放されたくらいで落ち込む必要なんかありません!またいつの日か元いた場所に戻れる機会がきっとありますって!」
僕は彼女を慰めるため、口八丁手八丁、ひたすらおべんちゃらを振りまき続けた。その間も火花の雨は降り注ぎ、花火大会の最前列のごとく2人を取り囲んでいた。