第10話 おっぱいに関するかくもささやかな逸話
それは先ほどまでのものとは月とスッポン以上に激変していた。乳房のど真ん中に周囲の組織よりも黒い楕円形の領域が鎮座しており、その中央部には正円形の白い何かがくっきりと映っていた。
【一体全体何なんだ!? 豊胸手術で入れた饅頭型のラウンドタイプのシリコンバッグに似ているけれど、中にこんな白くて丸いものなんか普通ないぞ! 腫瘍にしたって形が綺麗過ぎるし、もしかして、これが……】
「ああ、これこそが噂のミミックスライムだろう。これも聞いた話だが、そやつは通常は柔軟なボディをして様々な攻撃にも耐えられるほど丈夫だが、身体の奥底に核と呼ばれる玉を持ち、それが破壊されると生きてはいけないらしい。ほら、ここがそうなんじゃないか?」
ミレーナを板からスポンと抜き取った魔王が、細い指先で優雅にディスプレイを指し示す。
【ああ、なるほど! てか飲み込み早いですね!】
「ハハハ、そうおだてるな。こう見えても魔王だぞ……元、だがな。昔から魔法を覚えたりするのは得意だったものだ」
魔王は念のためまたミレーナが逃げ出さないようにするためか後ろ手にしっかりと押さえ込みながら照れ臭そうに笑う。僕はメイドさんに一抹の憐憫を垂れながらも、やっぱりここは異世界なのだとつくづく噛み締めていた。大体豊胸バッグとは体内に埋め込むとどうしても変形したり萎縮したりしやすいのに、ここまで見事に形を保っているとは、スライム自身の特性もあるのだろうが素晴らしい技術(魔法?)だ。ちょっとその凄腕の錬金術師さんとやらに御目通りしたくなってきた……首になっていなければ、だが。
「ところでムネスケよ、どうして咄嗟にあのような奇想天外かつナイスなアイディアが閃いたのだ? 正直言って見直したぞ」
褒めたお礼のつもりか、魔王が僕の存在しない耳に心地良く響く質問をしてくる。結構律儀なやつだ。
「と言っても後ろから隙を突くやり方は卑劣極まりない外道だがな」
【一回上げてから落とさないでくださいよ! でも、答えは簡単なことですよ。例のシリコンバッグを最初に胸に入れたのはテイミー・ジーンという名のバツイチの女性でした。あまり乗り気ではないままテイミーは手術を受けましたが、それが彼女を救ってくれました。ある時転んで胸から倒れたとき、怪我を一切しなかったのです。その逸話が頭に浮かんだので、ちょっと転ばせてやれと企んだってわけですね】
「「ほぉ〜」」
魔王とミレーナは僕のおっぱい雑学知識に釘付け状態で、驚嘆の声を漏らす。僕もこの話を初めて知ったときは大層面白く、それならば胸に弾丸をも防ぐ材質のものを埋め込めば、防弾チョッキ代わりになるのではないかと夢想したものだった……ってそんな固そうな胸、揉めないか。
「よく知っているな。しかし異世界の医者とはそこまで勉強するものなのか?」
【いや、これは単に趣味で覚えたまでです。ついでにいろんな動物の母乳や保育のことも気になって、多くの本を読んで無駄知識を蓄えましたよ。あまり必要ありませんけどね】
「そう自分を卑下するな。実際に今回とても役立ったではないか。よし、気に入った! 今日からそなたを我が魔王軍の作戦参謀に任命する!」
【ええーっ!?】
なんか急にただのおっぱい検査マシーンから昇進してしまったぞ! 僕、死ぬんですか?
「じゃあ現作戦参謀のメディットはどうするんですか、魔王様!?」
「うるさいぞ、ミレーナ。あやつは今回の責任を取って辞任させ、明日から魔王城最下層の下水道掃除を任命する! もちろんおっぱいを使ってだ! あの垂れ下がった乳で存分に拭くがいい!」
「魔王様、それはさすがにおやめください! またテロを起こされますよ!」
羽交い締めにされながら、ミレーナが勇敢にも諫言した……上半身丸出しのまま。