第1話 おっぱいをいっぱい揉みたい!
「で、では、改めてよろしくお願いします……くっ、殺せ……!」
あからさまに嫌そうな表情を隠しもせず、彼女は褐色の柔肌を尖った耳の先端まで赤く染め、大きなブラに包まれた、両手に余るほどの巨大な2つの膨らみを、こちらにズイっと差し出した。僕は無言でただただ圧倒される。いよいよその時が来たのだ。この異世界での初仕事の時が……!
※ ※ ※
おっぱいを揉むための機械をご存知だろうか?
「機械ごときにそんな役得はうらやまけしからん! やっぱりおっぱいは人間様の手で揉むべきだ!」と皆さん憤るのが普通だろう。だがマンモグラフィーはおっぱいをX線で撮影しておっぱいに生じる様々な疾患を検査するためのれっきとした医療用の機械なのだ。
マンモグラフィーは人間よりやや大きめの高さと幅を持った白い直方体の冷蔵庫みたいな形状の本体に、Cアームと呼ばれるまさに大きなCの字(というかコの字に近い)形をした可動式の部品が人間の胸程の高さの位置に取り付けられた、簡易的なロボットのような姿をしている。特筆すべきはCアームに付いている一枚の上下に動く薄いアクリル板で、これがCアームの下端の黒い板と共におっぱいを挟んで撮影する仕組みだ。
つまりこの箇所こそがCアームのおっぱいを揉む手とも言うべき部位であり、全男性垂涎の憧れの的なのだ。おっぱい好きにとってこんな夢がおっぱいじゃなかったいっぱいの機械ってあまり無いですよね。
昔からおっぱいを愛しており、しばらくおっぱいを揉めないと禁断症状が起こるほどなので散々苦労し(詳細は伏せる)、おっぱい好きが高じて乳腺外科に入るため医師を目指し、医大を卒業して医師国家試験に合格し見事に夢を叶えたばかりの新米医師である自分こと胸広浩介も、常々「生まれ変わった人間じゃなくてもいいからマンモグラフィーになりたいなあ……」なんてことを思っていたものだった。
まさかそれが実現するとは思いもよらなかったが……
※ ※ ※
(こ、ここは何処だ!?)
僕は仄暗い石造りの部屋の中のような場所で困惑した。目の前にかなりの歳月を経たと覚しい石壁が見え、周囲には細かな金粉みたいな粒子がわずかに舞っている。さっきまで早朝の病院の一室で愛しいマンモグラフィーを撫で回し、じゃなかった使い方を練習していたのに、いきなり雷に打たれたような強い衝撃を全身に受け、意識を失ったのだ。気絶している間に運ばれたというのか?
新型のマンモグラフィーも見当たらない。盗まれたのか? あれは滑らかなフォルムが未来的で女性受けも良さそうだし、撮影した画像がすぐに見れるモニターも本体に付着している優れ物だった。下部には様々な道具を収納できる引き出しまで付いており、一番底面には移動用の四つの車輪が備わっていたので引っ張っていかれたかもしれない。便利なのでつい手術に使う道具類や薬なんかを試しに引き出しにしまってみたり、コンセントを入れて勝手に起動してしまった。新しい玩具を与えられた子供みたいに有頂天になっていた僕は自分とマンモグラフィーをまるでスポットライトのように赤い光が照らしているのにすぐには気づかなかった。
「あれ、蛍光灯の調子が悪いのかな?」
電気を確かめようと天井を見上げた瞬間、ビル破壊に使われる重機の鉄球を受けたかのような凄まじい衝撃波をくらい、僕は絶叫した。覚えているのはそこまでだ。っていうかよく考えたら移動したのは自分の方だから機械が盗られたわけじゃないか。我ながら抜けている。しかし身体が上手く動かせないし感覚も変だ。何かがおかしい。
「お、ようやく気がついたか?」
明らかに涼し気な女性のものだが雄々しさを滲ませ、その癖どこかで聞いたことのあるような懐かしい声が傍らで聞こえる。僕は何とか身体をそちらに向けようとするも無理で、案山子みたいに前を向いたまま微動だにしなかった。
【だ、誰ですか!? 姿が見えないんですけど! それにここはどこなんですか!?】
ようやく声を発した僕は、自分の声が別人のようにやけに変わったのに驚いた。なんかぎこちなく不自然で、まるで機械音のようだ。風邪でも引いたのだろうか?
「おお、すまん。そなたの正面に回った方が良いかな? どこが顔だかわからなかったものでな」
(顔がわからない? そんな馬鹿な事ってあるはずが……身体がやけに動かしにくいことと、何か関係あるのか!?)
凄まじい数の疑問符が頭を埋め尽くすも、動けぬ僕は今は耐えるほかないと腹をくくった。待つこと暫し、ずっと石壁しか映っていなかった僕の視界に飛び込んできたのはなんと長い銀髪をなびかせた見目麗しき妙齢の美女だった。白い透き通るようなトップレスのネグリジェを華麗に着こなしている姿はどこかのご令嬢のようであり、特に薄手の絹に包まれた豊かな胸元は童貞を軽く100人ほど殺せるだろうと推測された。但し頭部に四本の角が生えた異形の姿が僕の不安を一気に煽った。しかし、以前見たことのあるような……
【あ、あなたは人間なんですか!? それとも妖怪かなんかですか!?】
「ヨウカイという単語は知らぬが、我は確かに人間種族ではなく魔族と呼ばれる存在だ。驚かせてすまなかったな。初めまして、白き箱よ。我はエリキュース・グラッシュビスタ、27歳。アーガメイト大陸を治めていた魔王だ。といっても『元』だがな」
謎の銀髪の女性は鳩のように胸乳を反り返すと誇り高く名乗った。金色の双眸が何処からか差し込む紅い光を反射し、まるで猫の目のように朱金色に照り輝く。控えめに言って神々しかった。