認識した。
遠藤 零
キキーッ ドンッ!
車に跳ね飛ばされた瞬間、運転手と目があった。驚きと悲壮の漂う顔をしていた。
目が覚めると病院のベッドに居た。深夜3時ごろだ。服は病衣に着替えさせられていた。体を起こそうとすると、むち打ちのせいだろう。かなり痛む。上半身だけ起き上がることが出来たが、右足が全く動かせないことに気づいた。包帯が巻かれているが、そもそも力を入れることが出来なかった。かなりの不安を覚えたが、生きることに価値を感じていなかったので割とどうでもいい。
人生ってこんなもんだよなと思う。勝手に不幸がやってくる。思い通りに行くことの方がない。期待は裏切られるだけ。まるで誰かが上から私を覗いていて、どうぞ乗り越えてくださいとでも言われてるようだ。そう思うと、少しの憤りを覚える。
心の中で葛藤するが、体がだるく考える事にも疲れたので寝る事にした。
翌朝、何かを運ぶ音や人の話し声で目が覚める。この後どうしたらいいかと思っていると、看護師さんが部屋に入って来て容態を確認してきた。話せることや、意識の確認が取れると先生を呼んでくるとのことを言われる。
先生がやってきた。状態の確認と、暫く入院が必要だとのことが言われた。適当に相槌を入れながら聞いていると、罰が悪そうな顔で右足の事を言われた。簡単に言うともう動かせない。義足にするのも視野に入れておいて下さいと。動かせないと言われた瞬間、やっぱりかと思ったのと思った以上にダメージが大きかったらしくその後の話しはよく覚えていない。
ひとしきり終わったのか、看護師とその先生は部屋からいなくなった。いつの間にかカーテンを開けてくれていたらしく、窓から日差しが差し込む。
片足のショックと、過去を含めて人生とか運命を恨んでいると昼食が運ばれてきた。こんな時でも脳からは飯を食えという信号が送られてくる。自分の脳さえも勝手に信号を出してくる。鬱陶しいと思いながらもそれに従い、半分ほど食べた。
片付けられた後、またひとりで考える。気分は最低だった。普通にひっそりと生きてきて、誰かに深く関わることも避けてきたのに、こうなってしまった現実に腹が立ち、哀しくなり、死にたくなる。
ふと、病衣が目に入る。まるでお前は病人だとレッテルを貼られているようで、ムカついて衝動的に服を脱ぎ捨てた。
その時、急にドアが勝手に開いて、人が入ってきた。その男性は急に土下座をしてきた。
「申し訳ありませんでした。事故で傷つけてしまったこと本当に申し訳ありません。いてもたってもいられず、来てしまい挙げ句の果てにはノックもしないという失態まで犯した私はクズ野郎です。本当にごめんなさい。」
入ってくるなりその男性は言い出した。昨日の運転手だと言うことと、常識がないということだけとりあえず理解できた。呆れ果てた私は、相手を蔑む事にした。
「そうですね。クズだと思いますよ。勝手に入って勝手に謝って、許しますと言うとおもいますか?ただでさえ、こんな身体にされて......。あなたはクズで最低なクソ野郎だと思います。」
言い終えた後、服を着る。男性は声を震わせながら謝罪の言葉と共に状態を聞いてきた。そして、なんでもすると言ってきた。
何でも本当にするわけないを承知で、足が不自由になったことと無理難題を伝える。右足が不自由になったからお前も不自由にしてこいと。
この時の私は、その男性を本物のクズ野郎と認識していた。実際、謝ってどうするのかと、聞いてどうするのかと、土下座して何になるのかと。
もう既にやり取りすら煩わしいので、できるだけ嫌がることを言い無理難題を言って、相手の心を折る事にした。
そして2度と会うこともないと思っていた。
すると呆れ果てたを通り越すような言葉をその男性は言ってきた。想像を遥かに超えた愚か者はこう言った。
「申し訳ありません.....私には何もできませんが、足を失うことですね。わかりました。それで少しでも許されるのなら、明日失ってここに来ます。」
こいつは感情を逆撫でする天才か!と、つい思ってしまった。クソ野郎すぎていっそ清々しい。本物のクソ野郎だと再認識した。同時に、出来もしない約束をしてどうするのかも気になった。何もできなくてどうせ2度と現れないだろうと思った。
そう考えて私はもうこれ以上は話すこともないので、退出するよう促した。
するとそのクソ野郎は何を思ったのか、勢いよく手土産を机に置き去っていった。あ、用事思い出したんで帰りますと言わんばかりの速度だった。泣きながら土下座してたくせに......。
呆気に取られていると、クソ野郎はでていき静寂な空間がやって来た。どっと疲れた私は、考えるのも馬鹿らしくなって病室の布団に潜り込んだ。