害虫は回避した
頭を下げながら恐恐としていると、遠藤さんは少しの間と長いため息の後、静かに口を開いた。
「はぁ......。どうせその場の勢いで吐いたセリフだと思ってました。なんでもします?では、一体何ができると言うのですか?顔の傷は何かの罪滅ぼしのつもりですか?本当にクソ野郎ですね。」
俺は言い返せる言葉もなかった。的確すぎて頭が真っ白になりそうだった。煎餅置いて逃げようかと思った。でも何かできることはあると思い必死に頭を回転させた。そうか...役に立てることを証明するんだ。
そう結論づけた俺は、何かに急かされるように口早に告げる。
「遠藤さんのおっしゃる通りです。クソ野郎でクズ野郎と思います。ですが、もう1度チャンスをください。明日必ず満足させるものをお持ちします。今日は失礼ですが帰ります。」
色々とできることが思い付いたので忘れないうちにと思い、急足で手土産を昨日と同じようにおきバタバタと病室を後にする。遠藤さんは口がポカンと空いていた。だが今はそれどころではない。早急にできることをリスト化して、明日必ず満足させるプレゼンをやるんだと意気込んで足早に帰宅する。
家に着いた。今pcの前で箇条書きをしている。いくつか思い付いたが、必要なものを厳選している最中だ。
足が不自由ということを踏まえて、困るのは階段?杖があっても絶対しんどいよな。とりあえずアマゾンで最新の杖を調べた。ついつい魔法の杖と書いてるものに目が惹かれて、もしかしたらという希望からが説明文を見る。若干の期待をしていたが装飾のついたただの棒だった。ネットまで馬鹿にしやがって。
馬鹿なことをしたせいか、少し気持ちが落ち着いた。現実的にできることに絞ろう。そう思ってからはスイッチが入った。スポーツ選手で言うゾーン状態とでもいうのだろうか。
3、4時間程度時間を使った。プレゼンの練習を始める。
「私が遠藤さんにできることをお伝えしたいと思います。前提として、あくまで私個人の意見なので口を挟まず聞いていただけたらと思います。まずは基本的に家事や雑用などは当然できます。料理なども得意です。栄養バランスもしっかり考えて体に良い食事を作ることができます。それから、DIYも得意なので住みやすいようにリフォームすることもできます。仕事をしているのでそれ以外の時間で可能な限り、遠藤さんの意向に沿ってこれらのことをさせて頂けたらと思います。あと、色々と学ぶことが好きなので、要望があればなんなりと仰ってください。よろしくお願いします。以上ですが、どうでしょうか?」
録音して聞き直してみる。ほぼ完璧だ。パワーポイントは使わないでおこう。口頭で誠意を持って謝った後に話す事にしよう。ついでだが、装飾のついたただの杖は購入した。片足での生活を実際にしないとわからないこともあると思ったからだ。
翌日、いつものも◯吉の煎餅を買って病院へ向かう。途中に、桜並木があるのだが例年より開花が早いのか蕾が少し膨らんでいる。
そういえば、遠藤さんの病室はとても簡素だった。ものがほぼなかった気がする。今度、花瓶とお花を持っていってあげよう。悠長にそんなことを考えながら病室の前に着く。
昨日の場面を改めて思い出しながら、今になって思う......。もしかしたら大分失礼なことをしているのかもしれないと。何でうまくできないんだと今更になって後悔するが、必死に考えたプレゼンがあるので大丈夫と思いこみノックをした。返事があったので部屋に入った。
遠藤さんは一目こちらを向いたが、もう既に目線は窓を向いている。話しても良いのかわからなかったが、勇気をだして恐る恐る切り出す。
「連日本当に申し訳ありません。クズ野郎なりに考えたことがあるので聞いて欲しいのですが良いでしょうか?」
平謝りしながら尋ねると、勝手にして下さい。と言われた。そうだよな、遠藤さんの中ではクソでクズだもんな。でもプレゼン後はほんの少しでも印象が変わってくれるはず!と、淡い期待を持ってプレゼンを開始する。
「私が遠藤さんにできることをお伝えしたいと思います。前提として、あくまで私個人の意見なので口を挟まず聞いていただけたらと思います。まずは基本的に家事や雑用などは ......」
「口を挟むな?貴方の口は碌でもないですね。開かない方がいいんではないでしょうか?まともな言葉は謝辞くらいかしら。だからクズでクソ野郎って言われるのよ?顔面絆創膏のクズ野......」
出だしでつまづいた事と、正論を言われ俺ってやっぱりダメなんだと俯いていると遠藤さんの声が止まった。
遠藤さんを見てみると、窓を見ながら頬をプルプル震わせている。怒り心頭なんだ.......。心の中で、クズでクソは哀しいけど認めますと、謝辞した。もうどうしていいかわからない。
そして何を思ったのか、辿り着いた答えは、もうプレゼンに頼るしかない!だった......
「本当にごめんなさい。他意はなかったんです。余計な言葉です。何もいえません。もし許していただけるのなら、この先のことも伝えたいのですがいいでしょうか?」
言わせてくれ言わせてくれと願うように返事を待っていると、驚いたことにあっさりとどうぞと返事が返ってきた。何故かわからないが、藁に縋る思いで恐る恐るプレゼンをし、最後まで言い終えることができた。しかし、どうにもまずかったようだ。
「貴方は婚活でもしてるの?どの立場で物を言ってるのかしら?私は微塵も貴方に好意を抱いてるわけはないし、むしろ害虫と変わらないくらいには嫌いです。大嫌いです。それなのに家に入れたいわけがないじゃないですか。拙い頭を使って明日またきてください。明日、私の望むものが一切出なければもう2度とここには来ないでください。では、さようなら」
もう、辛い。悠長なことを考えてここまできた俺を殴ってやりたい。いや、口を挟むなって何書いてんだよ。冷静になるにも程があるだろ。それに何のアピールだよ。物凄い恥ずかしさと、何もできなくい歯痒さと、申し訳なさで、顔をあげられなかった。俯いたまま、手土産だけ置いて病室を出た。
近くの公園で遊具の中の薄暗い所に入り泣いた。お昼すぎだったので、数組の子供と母親がいたが声を殺して蹲って泣いた。
ひとしきり泣き終えて家に帰る。アマゾンから杖が届いてた。今は考えても辛いだけなので動くことにする。
片足で歩くために右足を後ろに曲げてラップでぐるぐる巻にした。これで右足は地面につかない。
ダボダボのズボンに履き替えてコンビニまで左足と杖を使って行く事にした。が、玄関をでてすぐ階段に恐怖する。軽いトラウマな上、降りる方となると更に怖さが増した。
手すりを左手で持って、ぎこちなく杖を使いながら無事に降りれたが、想像以上に大変だった。慣れないのもあって、腕の力は使うし無駄に神経がすり減った。
500mほど先のコンビニを目的地とする。徐々に慣れてきたなと思ったら、杖がグレーチングにハマりちゃんと転倒した。数秒、起き上がれなかった。よく転けてるなと悲しい気持ちが訪れたのと、片足じゃうまく立ち上がれない。周囲の目も気になる。左足と、右手にグッと力を入れてなんとか立ち上がれた。
遠藤さんはこんな想いをずっとしなきゃいけないのかと思うと胸が痛い。意気揚々とプレゼンした自分が恥ずかしくなる。ずっとパニクってばかりだ。目の前のひとの気持ちを何も考えれていない。
そんなことを考えながらコンビニについた。コンビニに入ると小さな本棚が目についた。その中の一冊のタイトルが、「謝り方の極意」と書いてある。手に取りながらこれは運命なのかもしれないと思ったが、冷静な自分がそれを止めた。
お前は今、うわついている。初めて人を傷つけてどうすればいいのかわからず無闇やたらに動いてるだけなんだよ。早く気づけ。誠意とは何なのかって。
冷静な自分にそう言われた気がした。その通りだと思った。目の前の相手の気持ちをわかろうとせず、ただただ自分の気持ちを押し付けてただけだった。気づけて良かったと素直に思えた。その本はそっと戻し、杖をついて家に帰る。
無事に階段を登り終えた俺は帰宅した。緑茶を淹れてゆっくり考える事にした。遠藤さんが今どんな気持ちなのかを。思いついたことはメモし、まとめていった。
よくよく考えれば、病室に無断で行った時点で間違ってることに気づいたが手遅れなのでそこに関しては考えない。それに本当は逢って、謝辞を言わせてくれてるだけで感謝しないといけなかった。
それに、毎日大量の煎餅を持って行ってることもなんだか悪い気がした。あんなに食べれるわけない...。明日、逢うことが最後になるかもしれないので手土産と考えをまとめる。まとめた後は、溜まっていたことを片付けたり会社に連絡してみたり、事故以来書いてなかった日記を付けた。
日記
3/3 ここ最近の俺は何やってるんだ。スラッと、クズ野郎って自分の口から出るようになってるじゃないか!クールに慣れとまでは言わないけど、もう少し自分以外に目を向けろよ。すぐ一人で背負い込むなアホ。そうやっていつも失敗してきたんだろ。だから今回も、いや今回は大失態な。まじ反省しろ。でも少し落ち着けて良かったな。明日はクソでもなくクズでもなく害虫でもない、人になれるといいな。寝る!
翌朝、公園近くを散歩していると老人夫婦が目に入った。お婆さんは杖をついてて、もう片方の手で手を握ってる。ふたりともニコニコしててとても幸せそうだ。少し暖かい木漏れ日と、少しひんやりしたそよ風もあってか、少し心も軽くなった気がした。
昼過ぎ、病院へ着く途中、も○吉はやめてスーパーに出向く。ゼリーやチョコなど甘いものがいいかなと感じたからだ。後は、花瓶と数本のかすみ草を選んで持っていく事にした。スーパーの袋を手土産にするのもどうかと思ったが、連日の煎餅よりはマシだと思いやり過ごすことを選んだ。
病室の前についた。気持ちは落ち着いている。しっかりと思っていることを話すつもりだ。
ドアをノックするといつもの通り、どうぞと声が聞こえた。中に入ると、湯呑みを持っている遠藤さんが目に入った。
「失礼します。まず連日、逢っていただきありがとうございます。本当にクソ野郎でした。人間的に足りない部分が多かったことと、自分の気持ちを押し付けたこと謝らせてください。申し訳ありません。」
「ふーん。それでなんでしょうか?」
「はい。貴方のそばに居させてください。」
ごほごほごほっっっけほっっ......はぁはぁ......。
なぜか遠藤さんは盛大にむせてしまった。
何か不味いことをしたのかなと不安になったが大丈夫かどうか聞くと、遠藤さんは口元をハンカチで拭いながら
「だ、大丈夫です。貴方は一体何をおっしゃてるのですか?昨日は婚活してるかと思いきや、今日はプロポーズですか?少しでも期待した私が間抜けでした。お引き取りください。」
俺としてはそういう意味ではなかったのだけど、緊張のあまり言葉が足りなすぎた。慌てて訂正する。
「えっと、いや、結婚はいや、遠藤さんとなら、じゃなくて、、、いや。」
10秒ほどのお互いの沈黙により本題に戻る冷静さを取り戻した。
そして自然と土下座していた。
「すいません。伝えたかったのは、私の責任は非常に重いと感じております。実際、片足で階段を登ったり500mほど歩いたりしました。やはり、不自由だと感じました。なので、仕事の時間以外でしたら出来る限りサポートさせていただけたらなと思います。それから、体を傷つけたこと、不自由にさせてしまったこと改めて申し訳ありませんでした。償いをさせてください。」
「あ.......はい」
「ありがとうございます。」
自然とお礼が言えたのはいいんだけど、驚きでいっぱいだ。
すぐに受け入れられるとはおもいもしていなかった。
後に続く言葉が何も出てこない。
正直、予期せぬ答えに、土下座状態の俺はパニックになった。いや、やりたくないとかじゃないよ。やる気持ちはいっぱいある。そんなことを考えながら顔を上げ遠藤さんを見る。視線は窓の外に向かっている。日差しのせいなのか、綺麗に見えた。そんなことを考えていると、衝撃の言葉を言われた。
「私は貴方をクソ野郎と思っています。なので名前は聞きませんし馴れ合いもしません。それから、いつもお煎餅ありがとうございます。好物なので嬉しく思いました。それでも貴方のことは嫌いですが。」
まぁまぁのショックを受けながらお礼を言われた嬉しさからか、少し緊張が溶けた。花瓶に水を刺し、テーブルの上にかすみ草を飾ってあげた。ゼリーたちは冷蔵庫に入れるようなのでサイドテーブルに置いた。
遠藤さんはかすみ草を目で細めて見ている。
「かすみ草の花言葉って、幸福だったかしら。小さくて可愛いお花。ずっと閉じこもっていて生き物に触れてなかったの。ありがとう。それから連絡先を交換しましょう。必要な時だけ呼びます。さようなら。」
そんなことを言う彼女はとても優しげな人に見えた。彼女のその柔らかい表情を見て、害虫は卒業できたはずだと思った。何か忘れてる気がするが、連絡先を交換して病院を後にする。
数日後のお昼過ぎに遠藤さんからメッセージが来た。美味しい紅茶とかわいいぬいぐるみを買ってきて欲しい。
貴方のセンスに任せます。と。初めての指令に、挽回するチャンスだとテンションが上がる。
仕事が終わってからの帰り道、早速ネットを漁り出す。
次話から遠藤さん目線も入れたいと思います。
お気に入りにして頂けたらモチベ上がります。
よろしくお願いします。