俺はクズ野郎
22歳の俺は馴染みのスーパーに行く帰り、人身事故を起こしてしまった。
今は病院の待合室で、轢いてしまった方の手術の経過を見守っている。
かれこれ1時間経った頃に治療が終わったとの報告を受けたと同時に、面会も拒否しているとのことを言われた。
あとは保険屋さんに任せて帰りなさいと言われ、どうすることもできなかった俺は警察と行動を共にする。
事故の検証や、調書を書かされて深夜になって家に帰った。
帰宅すると、そのままベッドに倒れ込んだ。人を傷つけたことへの罪悪感から、何もする気が起きない。
警察官からは信号機の色は赤だったんじゃないかと言われたが、俺は青だと認識してたと伝えた。警察官は訝し見ながら、調書に書き込んでいた。あとは、被害者の方に聞くらしい。
で、そんなことはどうでもよくて、時速40キロほどで人を撥ねた。衝撃とともに飛ばされる女性と目があった。
その女性はそのあと意識を失っていたが、確実に俺の顔を苦悶の表情で見ていた。その瞬間がはっきりと写真みたいに記憶に残っている。そんな事を考えつつ、どうお詫びをしたらいいかわからず、お昼頃にまた病院に行くことに決めた。
車がないので、歩いて行くことにした。その辺にある、も◯吉で銀箱に入った煎餅の詰め合わせを買ってお見舞いに行く。なぜ煎餅をこの時チョイスしたかはわからないが、のちに運命を決めることになる煎餅だったかもしれない。
病院に着いた。近づくごとに脂汗なるものが額から出ている。気が気でない。もし一生治らない怪我でもさせてたらと思い、どん底に落ちているような気分だ。何かが許されるわけでもないが、頼むから障害が残ってることになんてならないでくれと心底、願う。
受付に向かう途中に肝心なことを忘れてることに気づいた。名前も何も知らない。ましてや、面会拒否されてたんだと......。ここまで来てしまった以上、どうしても謝りたいと謎の覚悟をして考えた。保険屋に相手の名前を聞けばいいんじゃないかと。名案?が浮かび電話かけた。だが、すぐにわかったことがある。個人情報は教えられないらしい......。
俺ってバカだなって改めて感じるがそれどころではない。
だが、すぐに思い付く。看護婦さんに昨日事故にあった35歳くらいで細身の女性が入院してるんですが病室はどこですか?と聞くことにした。普通に聞いても無駄なので精一杯の愛嬌と、営業スマイルと、礼儀正しさを持って声をかけた。スーツを着ていたのもあってか225号室ですと快く教えてくれた。昔から愛嬌だけは褒められていたので、うまく行ってよかった。
病室の前に着いた。どうも個室みたいだ。中からは話し声もしないので他に誰もいないかもしれない。名札には遠藤と書いてある。
言い訳だが先に言っておきたい。この時の俺はとても冷静ではなかった。謝ることにしか意識がいってなかった。その結果、勢いよくドアを開けてしまい最悪な展開になってしまうことになった。
ガラガラガラガラ,,,,,,
視線の3メートルくらい先に上着を着替えている遠藤さんがいた。しっかりと胸元の下着が目に入った。目があったら土下座で謝るつもりだったが、思考が停止した。開けたドアが自動でトンっと音を立てて閉まった音がした。
思考が動きだした。まずい、とても非常にまずいと。泣きっ面にはち?もうよくわからんけどごめんなさいと、心で思いながら目線を逸らしその場で土下座する。
「申し訳ありませんでした。事故で傷つけてしまったこと本当に申し訳ありません。いてもたってもいられず、来てしまい挙げ句の果てにはノックもしないという失態まで犯した私はクズ野郎です。本当にごめんなさい。」
もう何をいってるのかわからず、情けないのと申し訳なさが極まって涙がでてきた。床に頭をつけて謝りつつ泣いた。
遠藤さんは静かに口を開いた。
「そうですね。クズだと思いますよ。勝手に入って勝手に謝って、許しますと言うとおもいますか?ただでさえ、こんな身体にされて......。あなたはクズで最低なクソ野郎だと思います。」
遠藤さんの言葉に俺は、ここに来る途中考えていた最悪なことを思い返し、遠藤さんを見て尋ねる。
クズで最低なクソ野郎と面と向かって言われるのも辛かったがそれどころではなかった。
「こ、こんな身体......?ごめんなさい。どうなっているかわからず、それも気になってここまで来てしまいました。もしよろしければ教えていただきたいです。それから私にできることならなんでもしたいと思っています。」
泣いてるからか、自分の声が震えていた。人の人生を狂わせてしまったのかと思うと怖くて、身体も震えてきた。
何ができるかわからないが、なんでもしなければいけないと思った。
「事故のせいで右足があまり動かせません。この先、死ぬまでらしいです。貴方に右足を失えば許してあげると言えば、貴方はそうしてくれるのですか?私は普通に普通の生活をしながら生きてたかったのに、こんな最低な人になんでこんな....」
顔をあげて聞いていると、遠藤さんは唇を震わせながら言っていた。目には涙が溜まっている。
俺は何故かそれを見て少し冷静になった気がした。なんでもしなければいけないと覚悟したからかもれない。
「申し訳ありません.....私には何もできませんが、足を失うことですね。わかりました。それで少しでも許されるのなら、明日失ってここに来ます。」
言いながら気づいた。こういうことじゃない気がすると......。でも、そうする覚悟はある。目には目をってことだよな。
方法だけは自分で決めさせてもらうことにしてと考えていると、冷ややかな目で、冷静な口調で遠藤さんはこういった。
「そうですか。では明日お待ちしております。ノックはお願いしますね。クズ野郎さん。では帰ってください、話すことはもうありません。どうせできやしないのはわかっておりますので。」
「わかりました。また明日きます。こんなもので何か変わるとは思っていませんが、これは置いて帰ります。今日は本当に失礼しました。では、失礼します」
断られそうだったので、有無も言わさず速度で手土産をベッド付近の机に置いて慌てて病室を後にした。何か言いかけていたが、何も言われなかったので一応は受け取ってくれたのかなと思うことにした。
帰路に着きながら冷静になる。近くにある公園で散歩しながら考えていた。足を失う方法について。
ダメすぎる。冷静に考えてどうやっても痛い。そんな勇気でない。覚悟はどこに行ったのか......。
クソっ!!だから俺はクズ野郎なんだっ。とまた落ち込む。本気でクズで最低やろうだなと思った。
どうしようもないな俺はと思いながら、片足を失ったらどうなるのかとりあえず試してみることにした。
片足で立ってみる。利き足ではない左足で立っているがすでにふらふらする。そもそも歩けない。でも、人の身体をこうしてしまった俺はそのまま家に帰ることにする。家までは300m程。
はぁはぁ......。めちゃくちゃしんどい。残り100mくらいだけど運動不足もあるのか息は切れ太ももはプルプルしてる。もう帰るのに必死だった。膝も少し痛みが出てきた。傍目からはスーツを着て片足跳びを全力でやってるイカれてるやつなのかなとか思いつつ家の前に着いた。2階建てのアパートの一室に住んでいる。ここから階段だ。数えてみると10段ある。踏み外したらとても痛いだろうなと恐怖を覚えながら、罪悪感を少しでも消すために片足で一歩ずつ登る。ただの自己満足なのだが。
途中落ちそうになりながらもなんとか残り1段になった。片足の疲労でもう飛べないと思いつつも、変な使命感を感じ最後の一段を飛んだ。
見事にイメージ通りに足を踏み外した。10段目に若干かかった足先は耐えられず、俺は顔面を強打して階段を落ちていく。どどっどどっどっどどど、と落ちて行く途中何度か顔を強打した。激痛で声も出なかった。
顔の怪我と、身体の痛みはあったがなんとか四つん這いになった。起きあがろうとしていたら事故のことが頭を過った。俺は自分で勝手にこうなったけど、遠藤さんは俺のせいでこんな不幸な目にもあうのかもしれない。男の俺でも声も出せないくらい痛いのにと......。本当にごめんなさい。震える声で謝りながら地面の土が涙を吸った。
帰ってから適当に絆創膏を顔にぺたぺた貼ったり、汚れた服を処理したりした。顔は、顎、頬、でこ、鼻、満遍なく絆創膏を貼る事になった。ただそれよりも、片足のことだ。どうしたらいいのかと。
僕が貴方の片足になります。って言ったところで、許してくれるわけもないし。そもそもどうやってやるの?って話で現実的でない。が、もしものために一応候補に入れる。しばらく私も片足で過ごしますなんて言っても無意味だしな......。碌なアイデアも出ないままいつの間にか眠りについていた。
翌朝、起きようとしたら身体の痛みで目が覚めた。まだ外は薄暗い。目を覚ますため、ポーッとした頭でシャワーを浴びる。顔に激痛が走り、眠る前のことを思い返す。シャワーを浴び終わってから気づいた。こんな時でもお腹は空くらしい。とりあえずカップ麺を食べた。お腹が膨れたからか、ふと遠藤さんのことを思い出す。こんな時にと思うけれど、綺麗な長髪で整った顔の人だったなと余計なことを考える。雑念を取り除き、これからどうするか考える。
昼間に行ったらちゃんと謝ろう。もう1度誠意を持って。出来ない事言ってごめんなさいと。それしか答えがなかった。
昼が少し過ぎた頃、胃薬を飲んで昨日と同じ道を歩いている。そして何故か同じところで同じ煎餅を買ってしまっていた。まあ、これはおまけみたいなものだからいいかとまた持って行く事にした。
病室に着いた。今度はしっかりノックした。すると中からどうぞと声がしたので中に入る。
入るなり俺は言う。
「申し訳ありませんでした。約束を破ってしまいました。私には出来ませんでした。それに片足を失う不自由は私には想像できない事だとも知りました。他にできることはないでしょうか?私にできることであればなんでもいたしますので。」