公爵令嬢と大豆の土偶
ハーレルイシリーズです。まだ未読の方は、伯爵夫人編から読んでいただくと宜しいかと思います。
長く土の中にいる間に、春も秋も過ぎ、種が落ちて、芽が吹き実が成り、その根に絡めとられて私は目を覚ました。
私の蔓は根と複雑に絡まっており、自力ではどうすることも出来ぬように思えた。
ザッ ザッ
土を掘る獣と目が合った。確か犬という生き物だったか。
掘るだけ掘ってどこかへ行ってしまった。
うーん。空しか見えん。もう少し視界が開ければ、この根の主が見られるのだが。
それにしても情け無い。一時は大地を統べる大精霊とし人に崇められ祀られ、溢れ出る力は仲間の誰よりも大きかったものを。
今は名も知らぬ根のものに絡め取られる始末。
宿主の名さえわかれば力を取り戻せるとは思うが今は、隙間から覗き見るのみぞ。
はてさて。どうしたものか。
ガツン
痛いっ。何事だ。
「イネの言ったとおりだ。なんかあるぞ。」
「もっと掘れよ、壊すなよ。」
「壺か?模様みたいなん書いてある。」
「人形の壺?なんだこれ。遮光器付けた人形してね?」
「さすが領主様の孫じゃ、しゃこ?なんだっけ、なんでもよう知っちょるのー。」
人の子か。
やめろ。石で雑に掘るな。壊れる。
遮光器とは何だ無礼な。
どう見ても大豆だろうが。私は大豆の大精霊だぞ。
「水持ってきたよ。」
「かけろかけろ。」
「確かこれ土偶ってやつだ。貴族が祭祀でこれに大精霊様を宿らせて豊穣とかを願うらしい、じっちゃんが言ってた。」
「「「え!」」」
おののけ童ども。
私は偉いのだ。わかったらさっさと泥だらけの手を離せ。
「どうする。」
「勝手に掘り起こしたことバレたら怒られるんじゃね?」
「埋める?」
ばかやめろっ。
「言わなきゃバレないよ。それよりさ。これ埋める前に標的にして遊ぼうぜ。」
「石当て?」
「誰が一番当てられるか?」
「誰が最初に壊せるかでいいんじゃね?」
ひいいいいいっ
༊༅͙̥̇
太古からある樹海。
とても美しく、神秘に包まれた神聖な森として愛されてきた。
イラティの森。
その森に守られるように。
その森を守るように。
世界一強い魔女が住むその国の名は、ハーレ公国。
ハーレ公国シャルレーヌ・ガブリエラ・ルイ・アレクサンドラ・ハーレクイーン。
初代アレクサンドラ大公が興したハーレ公国は、代々女傑大公により治められてきた。
魔女は二つの石板のもと何人も魔女の祝福を得られる国をつくった。
ひとつ。魔女の名をみだりに呼ばないこと。
ひとつ。隣人を敬うこと。
そうしてここに。ハーレ公国アレクサンドラ・ハーレクイーンが誕生したのだった。
ハーレとは。讃、たすけるという意味からアレクサンドラが好んで使用したと伝えられている。
勿論、この二つの法を守らなかった者が直ちに追い出され二度と戻れないことは周知の事実である。
そうしてハーレ公国は何代にも渡り、安寧と秩序の魔女が守護する国として栄え、
現大公シャルレーヌ・ハーレクイーンはハーレクイーンの冠を頂き、ハーレ公国に属する大勢の魔女を世界に配置し、この世界を見守ってきた。
その国に、運命を背負った魂が生まれる。
ハーレルイ・ド・グラモン公爵令嬢である。
グラモン公爵家は、アレクサンドラが臣下し授かった爵位であり、ハーレルイはしっかりとその血を受け継いでいる。
この年この日ハーレルイ二歳。
イラティの森には年中雪が降り積もる場所がある。その近くの
枸櫞の木にたわわと実がなっている。
という話しをする庭師達。
城を抜け出して今日も湖に遊びに行こうと思っていたハーレルイは、きゃぱっと顔を輝かせ、木の実ゲットだぜ!と走り出した。
ガツン ゴッ キョッ
「あーかすったー」
ゴイン
「鐘みたいな音した!」
「おれも!」「おれもやる!」
ハーレルイは何やら男の子達が良からぬことをやらかしている場面に出くわしたと思い、スー、と表情が抜ける。
解説しよう。
ハーレルイには過去十一人分のハーレクイーンの記憶がある。
よって、十代にも満たないだろう彼等が寄ってたかってやることといえば、良くないことであることは明白なのだ。
しかし、姿は二歳児。このまま止めに入ったところで彼等が大人しくハーレルイの言うことを聞くとは思えない。
そして記憶があるとはいえ二歳児未発達な体でハーレルイが彼等を論理的に説き伏せることもまた不可能。
ハーレルイは話したところで「だめ バイバイ」くらいしか言えないだろう。表情筋や舌がまだまだ思う通りに動かない。
「私の言う事を聞きなさい(あちゃつにゅいうー……)」言い始めて言えなくて途中で挫折することが予想できた。
やめた。
彼等を説得するのを。
そう決めてからハーレルイは早かった。
小さな手を白く澱み始めた天空へと伸ばす。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ
「あれ。暗くね?」
「やばいよっ雷っ。」
「いてっ。いてっ。なんだこれっ。」
コツン コツンカツン カンカンカン
大粒の雹。
直径1㎝を超える氷の塊が彼等を襲った。
木の下に逃げれば横風が吹き付けて彼等を殴った。
「「「うわあああああ」」」
「……。」
そうしてハーレルイが、誰もいなくなった目当ての枸櫞の木に近付くとその根元には、木の根が絡み付いた小さな土偶があった。
人形をした土偶の顔は目が大きく作られて、四肢もずんぐりむっくりしている。
しかも、ところどころひび割れ、片方の目は大きく穴が開いてしまっている。
元には戻せるけれど。と少し考えて、ハーレルイは壊れた土偶と、たわわに実った枸櫞の木を見比べた。
見たところこの土偶は何千年と前の世のものだろう。土の中で
枸櫞と一体化するように絡まり、枸櫞を宿主としているように魔力の流れを感じる。
このまま無理矢理私が土偶を元に戻すと、枸櫞との繋がりが断ち切られてしまう可能性もなくはない。
(聞こえるかい、私の声が。)
ハーレルイは土偶に思念を送ってみた。
子供等にいいようにされていたところを見るに、土偶に宿る精霊に力は残っていないようだが、残留思念でもあれば会話も出来ると思った。
(聞こえている。何者か知らぬが感謝する。)
ハーレルイの予想よりしっかりとした意識があるようだ。
(そうか、よかった。いや、というか、どうしたい?助けてやれないこともないが、その。)
ハーレルイは小さな体でもじもじと恥じらう。
土偶を助ければ枸櫞が傷付き、枸櫞を助ければ土偶は壊れる。
どうにも、傷付けないように遠回しに伝えるいい表現が思いつかない。
(方法はある。)
(え。)
ハーレルイは土偶の言葉にきょとんとした。
自分が知らぬ理がまだ存在することに。
だが土偶のいう方法はハーレルイが求めていたどちらも助けたいとの思惑を外れた。
(私は自分の名を忘れてしまっているのだ。思い出すこともこのような有様では不可能。宿主には体を絡め取られその姿を見ることもならぬ為、宿主とリンクも出来ぬ。)
(うんうん。お互いの存在を分かり合って初めてリンクする為のスイッチを入れられるのでしょう。)
(新しい名が必要だ。私と、宿主を繋ぐ名が。)
(あーなるほど。でもそれではきっと、そのボロ……土偶は耐えられないのでは。)
(生まれてまだわずか二千年ほどだが、いい思い出もない。構わぬ。)
うーん。それなら、いいか。本人がああ言っていることだし。
新しい名前ねえ。
(そうだ。ウィークエンドシトロン。)
(は?)
(週末に好きな人と一緒に食べたいケーキだよ。シトロン。)
(だからなんだ。なんだまさか。それが名前か?)
(枸櫞。そうだよ、君の新しい名前。)
(ああああああ)
ドロン
土偶からオレンジ色の煙のようなオーラのようなものが噴き出し、生気が抜けた土偶は、サラサラと流砂となって風に溶けて流されて行った。
(お?おお。これはいい。)
煙のような光のようなもやもやとしたオレンジ色の存在に、シトロンは気を良くしていた。
え。いいの?
ハーレルイは実体の無くなってしまったシトロンを見て戸惑う。
(今は昔のような力は無いが、十分だ。そのうち戻る。)
そう言ってシトロンの宿主であった枸櫞の枝をぶわりぶわりと揺らせてみせた。
風もないのに枸櫞の木の枝がざわざわりと揺れて木の葉が幾つも落ちた。
もうシトロンの宿主ではなくなった枸櫞だったが、気が合うのかシトロンが枸櫞から出たり入ったりしている。
夫婦じゃなくなったけど恋人に戻ったような、感じ?かな。
(ねえシトロン。その実を少しわけてくれない。ケーキにしたいから。)
(好きなだけ授けよう。)
(いっぱい貰っても持てないから二、三個でいい。)
(ならば私が運ぼう。)
(ありがとう。じゃあ一緒に食べようよ。食べれるでしょ?)
(宿主があれば可能だが。いや、私はいい。)
よほど土偶の姿の時に怖い思いをしたのかな。
そりゃ。怖かったよね。
面白おかしく自分を殺そうとしている、無垢な存在が向けてくる狂気。
力さえあれば。こんな小さな人の子ごときに殺られるわけがないのに。そう思うも、ただ死を待つばかりだったはず。
よし。
ハーレルイはシトロンと楽しい思い出をこれからたくさん作っていこうと思った。
楽しい思い出を増やして私と一緒に居れば、悲しいことは思い出さずにすむ!
まずは美味しいケーキ!
(ちょっとだけなら私の体使ってもいいよ。一緒に食べよ。)
(なっ。それがどういう意味かわかって?!)
(ちょっとだけだよ?一緒に食べると美味しいから。)
きゃぱっと笑うハーレルイ。
こいつ絶対意味わかってない。あーもー。なんで私がこんな小さな人の子に。シトロンはぶつぶつと文句を言いつつもハーレルイと並んで歩く。
生まれて二千年。
これは世界一の魔女ハーレルイと、生まれたばかりのシトロンが出会ったお話。
シトロンが世界一の魔女ハーレルイに跪き、忠誠を誓うのはもう少し先のお話。
シ「ふふん。どうだベルダよ。私とハーレ様の絆は貴様などよりも深いのだ。」
ベ「たった数ヶ月の違いだろう。しかもその後何年も」
シ「さあて何の話かわからんな。私は忙しいのだ。グレーテルはどこだ。」
ベ「チッ。大豆め。」
シ「ケ。水鏡が。」