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「王太子殿下~」短編集

王太子殿下の婚約者は公爵家の娘です。

作者: Nakk

初投稿です。

思いつくまま書いてみました。設定が甘い、読みにくい等あると思いますが暖かい目で見てくれると嬉しいです。



「頼む!助けてくれ!」



 情けない声を出し、土下座と呼ばれる形で縋りついてくるのは、ここアルマニア王国の第一王子ウィルフリード・フェン・アルマニアです。殿下、周りを見てくださいな。あなたの護衛騎士と侍女が顔をそれはもう真っ青にされていますわよ?


「殿下、ひとまずお顔をお上げになってくださいな」

「無理だ!頼れるのはリタ、今はお前ぐらいなんだ!だからこの通り!どうか、どうか俺を助けてくれ!!」


 ハアと思わず溜め息が零れてしまいます。今にも泣きそうなこの殿下と、ローディル公爵が第一子、わたくし、リタ・ローディルは俗に言う幼馴染という関係です。気心も知れておりますし、子供の頃から親しくして下さったのですが、さすがに王太子という身分の方がこの土下座というものを臣下の前で見せてしまうのはどうしたものでしょう。威厳も何もあったものじゃありません。


「話は聞きますから、まずはそちらにお座りになってくださいな。その恰好でいられては、周りもわたくしも頭を悩ませてしまいます。昔から言っておりますでしょう?将来王になる者が、そうむやみやたらに頭を下げないでくださいと」

「なりふり構っていられない!」


 構ってください?あなた、王太子なんですよ?

 埒が明かないと思ったので、殿下の護衛騎士に目配せして、殿下を無理やりソファに座らせます。お茶を勧めたら、幾分か冷静になったのかフウと息を吐いておりました。いや、フウじゃないんですけどもね?


「すまない……取り乱した」

「いいえ、いつものことですから」


 そう...この殿下、子供のころから何かあるごとに簡単に頭を下げるのです。いずれはこの国の頂点に立つお方なのに、それはいかがなものでしょう?頭を下げるということは、自分に非があると認める行為。王がそんなことをしたら、この国に非があることを認めることにもなります。なので昔から常日頃、簡単に頭を下げるなと王妃様からも注意されておりますのに殿下は全く変わりませんわね。


「それで、リタ。どうだろう?助けてくれないか?」

「まず何を助けろと言うのです?そこが分からないと、わたくしも答えることが出来ませんわ」


 ローディル公爵領でのんびりと過ごしていたわたくしの所に王都から訪ねてくるとは、よほど切羽詰まっているのですね。カタっと静かにカップを置いて、殿下は真剣な眼差しで見てきます。


「今度、ライレック王立学園に入ることになっている」

「そうでしたわね。おめでとうございます」


 ライレック王立学園とは王都にある貴族の子息子女が通う学園です。ライレックとはアルマニア王国を建てた初代国王の名前。そこに通い、知識を深め、魔法を学び、この王国を担っていく人材を養成するための学校です。一定の年齢になったら貴族の子息子女はそこに通うのが慣例になっています。稀にわたくしみたいに通わない子もいますけれど、そんな例は本当に稀なのです。


「それで、学園がどうかなさいまして?」

「来るんだ…遂に、あの子が……」

「あの子?」


 はて?あの子とは?

 首を傾げていたら、殿下はまた勢いよく立ち上がります。


「あの子だ!子供の頃に話しただろう、この世界は乙女ゲームの世界だと!その主人公であるヒロインが学園に入ってくるんだよ!!」


 ああ、確かによく子供の頃にお話ししていましたわね。


 曰く、殿下には前世の記憶があるということ。その世界の乙女げーむという玩具の世界に自分は転生してきたのだと。そのげーむというものがわたくしもさっぱり分かりませんでしたし、荒唐無稽なお話過ぎて、殿下の作り話だろうと誰も信じておりません。


 ですが、わたくしは実は信じております。何故かって?殿下だからです。実際、殿下の様々な知識によって孤児が減り、平民たちの識字率が上がり、毎年の流行り病も乗り切ることが出来るようになりました。誰もが殿下を神童だ、天才だと称え、殿下が考えついたものだと思っておりますが、殿下ご自身がよく言っている通り、「前の世界で学んだことだから」が一番納得できる理由だとわたくしも思っております。あの知識量、王宮暮らしの王子が学ぶ範囲を超えていますもの。


 そして、昔から殿下がよく言っていたのはその“乙女げーむ”というもの。


「その乙女げーむ、というものが始まると?玩具でしたかしら?」

「そう、乙女ゲーム『きゃっ!ドキドキとラブラブが止まらない!ドキラブ学園物語!』が遂に始まってしまうんだ…」


 まず、そのタイトルをどうにかした方がいいと思いますわ。


「確か、一人の女の子が主役で、その子が何人かの男と恋をする、でしたか?」

「そう…俺、攻略対象者……」


 ションボリと肩を落とし、力なくソファにまた座った殿下。その事実が悲しいのか、片言になってますわね。


 昔からその乙女げーむの世界に生まれたことを、殿下はとても悲しんでおられました。というより、『攻略対象者』というものに生まれたことを、ですわね。その女の子が学園に通う男を攻略し、ラブラブになるというのが乙女げーむというものらしいです。


「前からこれも仰ってますが、そんなのは無視すればよろしいじゃありませんの?殿下はその子があまり好きじゃないのでしょう?」

「それが出来れば苦労しないんだよ……」

「でしたら、攻略されたらいかが?」

「無理だぁ!!あんなポジティブモンスターに恋するとか、怖気が走る!」


 殿下はその女の子が生理的に受け付けないとか。何事にも前向きで、天真爛漫。聞く分には、まあ可愛らしいじゃありませんか、と言いたいところですが、殿下はその前向きすぎるところが受け付けないみたいなのです。


「だって、だって全部いいように取られるんだぞ?姉貴がやってるのを見ていたが、「目障りだ」と言われて、「口ではそう言ってても、あなたは優しい人だって分かってる」って......何をどうやったら“目障り”が“優しい”に変換されるのかが分からない!!何故、初対面でその言葉が出てくるんだよ!?それで顔を赤くする攻略対象の男共の心が分からない!俺、男なのに!」


 ダンっと自分の膝を打ち付けている殿下は、それはもう悲壮感たっぷりに叫んでいます。周りの侍女と護衛騎士たちは、訳分からないことを言う殿下に慣れっこなので素知らぬ顔をしていますわね。わたくしの侍女たちもですが。


「殿下は攻略されたくないのでしょう?殿下自身がそうお思いなら、その子に恋することはないのでは?」

「そう、俺だってそう思っている。俺がしっかりしていれば、あの子に惹かれることはないと断言できる。だが、もし...」

「もし?」

「ゲームの“強制力”というものが働いたら、俺もどうなるか分からないんだよ!それが怖くて怖くてたまらないんだ!あんな話が通じない女に恋をする自分になりたくないんだよぉ!」


 王太子らしからぬ弱々しい声でそう訴えてくる殿下に、またもやハアと溜め息をついてしまいます。その女の子、可哀そうに。何も悪い事していないのに、この国の王太子からそんな理由で嫌われるとは。


「それで、わたくしにどうしろと言うのです?」

「一緒に学園に来て、俺をその子から守ってほしい」


 即答してきましたわね。


「わたくし、学園には行かないとお父様にもお母様にも了承してもらえましたわ」

「知ってる。だが、来てほしい。そして俺を守ってくれ」


 どこまでも、自分優先ですわね。普段は冷静で正常な判断ができますのに。


「リタ。いいか、よく聞いてほしい」

「なんです?」

「俺、王太子」


 だから命令聞けと?


「頼むよ!!リタがいれば、俺も常に冷静でいられると思うんだ!!」


 そしてまた土下座してきましたわね。

 もうこうなったら、殿下はてこでも動きませんわ。ええ、子供の頃からの付き合いですから、もう分かっていますのよ。一度決めたら突っ走る。それが殿下ですわよね。それでこれまで前世というものの知識を使い、功績を上げてきたんですもの。分かってますわ。そう、もうわたくしが折れるしかないということ、存分に分かっておりますわよ...ハア...


「......お父様たちには殿下が説得してくださいませね?」

「っ!!じゃ、じゃあ...」

「仕方ありませんわ。いいと言うまで殿下は帰らないおつもりでしょう?ですが、わたくしはただ殿下のおそばにいるだけです。その女の子にはわたくし恨みも何もありませんので、殿下ご自身で対応してくださいな」

「......分かった。それは仕方ない。そばにいて俺が変にならないか、監視してくれればそれでいい!リタが近くにいれば絶対冷静になれるから、何も問題ない!」


 不思議ですわ。まるで子犬が餌を待ってましたとばかりに目をキラキラさせて尻尾を振っているように見えてきました。学園...面倒臭い事この上無いですわね...ハア......疲れている体に、優しい紅茶の味が染みていきます。


 ああ、そうだ。この際だから、あれの告知もさせてしまいましょうか。もう公表しても大丈夫でしょう。お父様とお母様もこの間言っていましたものね。


 ルンルン気分の殿下にそれを伝えると、また目を輝かせて、王都に帰ってからすぐ実行してくださいましたわ。その公表は、社交界の話題を攫ったようです。



『王太子殿下の婚約者がローディル公爵家の娘に決まった』と。



 □ □ □



「...殿下」

「言うな、俺も困ってる」



 目の前には「私、転びました」と、見れば分かるくらいに盛大に転んでしまった女の子。

 それを茫然と見てしまいました。そしてあまりにも盛大に綺麗に転んでしまって、周りにいる子息令嬢たちも茫然と信じられないように立ち竦んでいます。分かります。石に躓いただけで、重力に逆らわずに地面に落ちましたから。つい先ほどは殿下の婚約の話題で周りから囁き声が聞こえてきてたのに、今ではすっかり静寂に包まれています。


 今日はライレック王立学園の入学式。

 わたくしを迎えに来てくれた殿下と一緒に馬車から降り立つと、当然のように注目されてしまいました。


「もしかしてあれが?」

「ローディル公爵令嬢ということですか?......初めて見ましたわ」

「社交界に一度も顔を出さないので、どんな方かと思っていましたが...」


 わたくしは常に公爵領にいましたから、夜会もお茶会も全部欠席していましたもの。殿下がエスコートしてくれていますから、皆、わたくしがローディル家の人間とわかったようですわね。


 なんて、周囲のわたくしに対する疑念の眼差しとコソコソ囁く声に集中していたら、わたくしたちの前をやや小走りで走っていた女の子が転んでしまって、今の状況というわけです。


「やーん、いった~い」


 その女の子が地面に手をついて、顔だけを上げています。それにしても、本当に痛いのでしょうか?いや、痛いのでしょうけど、あれだけゴンって額をぶつけた音が響きましたから。ただ、あまりにも呑気な声に聞こえてます。


 おや?殿下の顔色が悪いみたいですわね?


「殿下、具合でも悪いのですか?」

「……あれが、主人公だ」

「はい?」

「だから、あれが、主人公だ」


 ......あれが?

 つい、言葉を失ってしまいます。ストロベリーブロンドの髪を肩口まで切り揃えて、地面に視線を向けている女の子。あれが?


「もう、そんなに私のことを転ばせたかったのかな?君、私のこと好きだって言うアピールにしては酷いよ?」


 自分が躓いた石に語り掛けている...あの子が?


「でもこれも運命だね!よっし、一緒に入学しよっか!君、私のお友達1号だよ!」


 その石を大切そうにカバンの中に入れ、スキップしながら去っていく、どこからどう見てもおかしい発言をしたあの子が?


 しばし茫然と私と殿下だけではなく周りにいる人間も、彼女の後ろ姿を見送りました。


「殿下......」

「......何だ?」

「“げーむ”の男性たちは彼女のどこにお惹かれに?」

「自由奔放で天真爛漫なところに......」


 絶対そう思っておりませんわよね?目を露骨に逸らしすぎですわ。あれが自由奔放?天真爛漫?前向きに考える性格と仰ってましたが、あれは前向きではなく、ただの痛い発言をしている子ですわよ。あの子が、殿下を始め他の男たちと恋をする......あら?殿下はまさか今のを見て、恋に落ちたのかしら?


「殿下、恋しましたか?」

「...だ、大丈夫だ...していない。むしろ気色悪い......」


 ブツブツと首の辺りに蕁麻疹が出ておりますわね。殿下は昔から自分が嫌だと思うモノを見たり触ったりすると、蕁麻疹が出ますものね。この調子なら、何もわたくしが近くにいなくても殿下はあの子に恋したりしないのではとも思いましたが、仕方ありませんわ。長い付き合いです。最後まで、殿下が正気でいられるようにおそばにいることにいたしましょう。



 □ □ □



 入学してから1カ月。

 彼女の名前が判明しました。シグラス男爵の妾の娘、ライナ・シグラス。最近になりライナさんの存在を知った男爵が引き取ったそうで、そんな彼女は平民の生活から貴族への生活に変わり、いまだ慣れていないようです。


「ウィル様、私、こう思うの。貴族の人たちって、格式とかマナーとか行儀とかうるさすぎ。そんなの知らなくても、人は生きていけるのに」

「ライナ嬢、だから殿下に対してそう気安く愛称で呼ぶのは......」

「そんなの友達じゃないよ、ロイ。それにちゃんと気をつけてるよ?きちんと様をつけてるもの」

「あっはっは!ライナの言うとおりだ、ロイ!それにこの学園にいる間は身分も何も関係ねぇ。それが初代国王ライレックの教えだろ?『同じ立場で肩を並べて、研鑽を積むべし』ってな!貴族の何たらっていうのは、この学園では無しだぜ?それは殿下も同じじゃねえか」


 ハアとどこか草臥れた様子で頭垂れているのは、この国の宰相を務めているノルマン公爵子息のロイ・ノルマン。そして彼女に同意したのは、この国の騎士団長を務めるマルトル侯爵子息のハーベル・マルトル。共に、未来の殿下の側近候補です。殿下?殿下は彼女から離れるように、わたくしの隣に座って顔を思いっきり背けていますわね。


 今は中庭の東屋で昼食後のお茶を飲んでいたところだったのですが、この三人が何故か突撃してきました。男性二人は、順調に彼女に攻略されているみたいですわ。ライナさんの奔放ぶりをハーベル様が気に入り、ロイ様も嫌そうにしながらも彼女を受け入れつつあるみたいです。


 そして驚くべきはその彼女の行動ぶり。グイグイ迫って、男二人を手玉に取り、殿下にもしょっちゅう声を掛けてきます。最初は「え、王子様!?すっごーい!初めて会った!」という不敬ぶりを発揮し、周りの令嬢からも注意を散々されたのですがヘコたれず、勝手に殿下の名前を略し、「ご飯はみんなで食べた方がおいしいよ」と殿下のところに頼んでもいないお弁当を作ってくるという始末。


 確かに礼儀とかを知らなくても人は生きていけますわね。ですがあなたのはただ覚えたくないだけでしょうに。貴族の世界に入ってしまったのなら、最低限のマナーを覚えるのは必須。それは、利用されない為に自分の心の内を簡単に相手に曝け出さないと共に、相手へ嫌な思いをさせないための気遣いも含まれます。それなのに不満を簡単に口に出し、聞きたくもない持論を展開されてはこっちの気分も滅入るというもの。貴族の礼儀を知らないというより、人としての礼儀を感じさせないと思うのはわたくしだけでしょうか?


「わ...悪いがライナ嬢......俺には婚約者がいる。だから、そう...むやみやたらにくっついてくるのは止めてくれないか?」

「え、貴族様ってこれぐらいのスキンシップもだめなの?人との触れ合いって大事な事なのに」


 いやだから、それ、あなただけですわよ?触れ合いは大事ですが、それは家族や大事な人とのことです。平民でも誰彼構わず腕を絡めたり、手を握ったりはしませんわよね?むしろ、殿下はあなたと距離を取っていたのに、いつの間に席を移動してきたのでしょう?いきなり抱きつかれて、殿下の服の下は蕁麻疹が出てるでしょうね。


 ゆっくりお茶を飲みたかったのに仕方がありませんわ。後ろに控えている侍女に茶器を下げるように伝え、殿下と彼女に向き合います。


「殿下、わたくし図書室に今から伺おうと思いますの。ご一緒にいかがです?」

「もちろん、付き合おう!!」


 即答です。よほど嫌だったのでしょう。彼女の腕を振り払うように立ち上がりましたわ。すると、何故か彼女はわたくしを見上げてきます。


「リタさん、あんまりウィル様を束縛すると嫌がられるよ?」


 誰も束縛などしていませんが...むしろ殿下はあなたに腕を取られて嫌がっていたのですけど?というか、いまだ公爵の娘のわたくしに対してその話し方。先ほどハーベル様がこの学園では身分は関係ないと仰ってましたが、そんなのは建前なのです。だって、ここが貴族社会の縮図ですもの。自分より身分の高い者には忠誠を、自分より身分の低い者には威厳を見せなければなりません。お腹の中に色々な欲や打算を抱え込み、身分の高い者はそれ相応の在り方を、身分の低い者はそれ相応の振る舞いをし、生き残る術を模索しているのです。


 にっこり笑ってつい今の貴族たちの在り方を考えてたら、彼女は意味が分からない発言をしだしました。


「ウィル様もこの学園の生徒なんだから、友人たちとの触れ合いぐらい自由にさせるべきだと思うの」

「そうね?」

「リタさんって自分の間違いを認められないタイプ?王子様ってだけで大変なんだから、息抜きぐらい自由にさせないと」


 王太子の政務は確かに大変なのですが、何故あなたと触れあうのが息抜きになるのかがさっぱり分かりませんわね。そしてわたくしは「そうね?」と言っただけなのに、何故自分の意見に反論されたという形で捉えたのかしら?ここまで会話が成り立たない相手というのも、わたくしは初めて会いましたわね。


 殿下が我先にとその場から離れてわたくしを呼んだので、彼女たちに一言言ってから殿下の隣を歩き出します。彼女たちの目が届かないところに行った途端、殿下は首をガリガリと掻き出しました。よほど痒かったのでしょう。ああ、そうだ、殿下。ちゃんと確認しないといけませんわね。


「殿下、会話が成り立たない相手に恋しましたか?」

「そんな恋より、この痒さをどうにかしてくれ!!」


 仕方なしに治癒魔法をかけましたわ。この様子だとわたくし、思ったより早く公爵領に帰れるのではないでしょうか?と言ったら、今にも泣きだしそうな顔をするものですから、諦めました。



 □ □ □



 彼女は殿下以外の男性たちを見事に攻略したみたいです。いつもロイ様とハーベル様、あとは商人として成功させた準男爵子息のアベル様をそばに侍らせていますもの。特にロイ様のあのデレきった顔と言ったらありません。


「殿下、ライナが言っていたのですが、この前、孤児らしきものたちが働いていたのを見たというのです」

「それが?」

「子供は未来の宝です。心優しいライナは酷く悲しんでいました。子供たちこそ未来の王国のために健やかに育って、色々なことを学ばないといけないのに、と」

「つまり...何を言いたい?」

「殿下、ライナの言うことは尤もだと思うのです。彼らを保護して教育を施させるべきではないでしょうか?」

「教会が順次保護しているはずだがな」

「へ?」

「その働いているといった孤児たちは、王都の教会に保護された子供だろう。教会の斡旋で仕事先を提供しているんだ。無理強いはしていない筈だぞ。この前、視察に行ったら感謝されたからな。お金も貰えるし、ご飯も食べれる、勉強もシスターたちが見てくれているから、俺に連れてきてもらってよかったってな。お前、俺が何もしていないと思ってたのか?」

「い、いえ...そういうわけでは...」

「そもそもどこに保護させようとしていたんだ?誰に教えさせようとしていた?その為の費用はどうするつもりだった?」


 矢継ぎ早に質問してくる殿下に、ロイ様は力なく頭垂れ、わたくしたちがお茶を飲んでいた東屋から出ていきました。


「あれが、次の宰相になるのか?ただの理想を言っているだけじゃないか。その為の対策も施策も何も提案してこなかったぞ。不安にしかならん」

「そもそも、殿下が率先して孤児たちの待遇改善に取り組んでいたことを知らなかったのでしょうか?」

「大方、俺の名を使って大人たちがやっていると思ったんじゃないか?子供の時はあそこまでバカじゃなかったと思ったんだけどな。あんな考えなしに理想しか並べないとは」


 確かに理想ですわよね。子供たちが未来の王国の担い手となるから保護して教育をするべきだ、ですか。それには完全に同意しますが、先ほど殿下が言った通りに、誰が、どうやって、どこにというのがスッポリ抜けていましたわね。殿下も本来なら子供たちにこの学園みたいな学校を作り、そこに通わせるのを理想とされていますが、それは盤石な家庭環境があればこそですわ。現実的には平民の方々が自分の子供を食べさせていくのが精一杯。識字率に関しても、今やっと娯楽本というものを市井に出回らせて上げているのがほとんどです。


 誰もが孤児に手を差し伸べるのが難しい中、教会に目をつけ、交渉を行ったのは殿下です。教会の維持にもお金がかかりますから、仕事先を信者の信頼できる方々にお願いし、それをやる気のある子供たちに任せようということです。子供たちはそれで同意しました。教会はお金が手に入る。子供たちは衣食住を手に入れられる。仕事先の店主たちは人手が助かる。誰もが得のあるやり方でなければ、誰も納得しませんからね。慈善事業だけで世の中が上手くいくのなら、苦労しませんわよ。


 そしてついでにシスターたちに頼み、子供たちに少しずつ学ばせているというところです。シスターたちも喜んでそれは引き受けてくれたそうですわ。それに、優秀な子供はそのままその仕事場に就職しているとか。店主たちも一から仕事を覚えさせた子供たちなので、信頼があるのでしょう。


 背景の事実を碌に調べずに、ただ理想を語り、それをするべきだ、というのはただの我儘ですわ。それが出来るなら誰もがやっているでしょう。でもやれない事情というものが存在するのです。それを配慮した上でどうするべきかを考えなくては、未来を語れませんわよ?


「ノルマン公爵が今のロイの発言を聞いたら、俺より酷く一蹴していただろうな」

「そうでしょうね。あの方は現実的ですから」


 それで?で終わりそうですが。

 それにしても、ロイ様は「ライナが、ライナが」と随分心酔しているみたいですわね。彼女の囁く言葉が、彼にとっては蜜のように甘く聞こえているのでしょう。ああ、殿下に確認しときましょうか。


「殿下、毒が含まれている蜜のような甘い恋をしておりますか?」

「そんな毒より、普通の甘い蜜がいい」


 ごもっとも。



 □ □ □



 季節も移り変わった今日この頃。


 最近、周りにいる令嬢たちの様子がおかしくなりました。どこか侮蔑的な視線を投げかけて、ヒソヒソと常に囁き合っている声が聞こえてきます。

 最初は彼女たちもわたくしに近づき、色々とお世辞を並べ立てたりしてきましたが、今は遠巻きに眺めており、入学当初とは全く逆の態度を示してきます。静かになったので全く問題ありません。むしろ、今後あまり近寄らないで頂きたいですわ。わたくしは周りにいる親しい人たちと話せれば、それで良いのです。


 そんな周りにいる方々の反応が変わり始めた時に、事件が起こりました。


「きゃあ!!」


 ライナさんが階段から落ちてしまいましたわ。それもわたくしの後ろで。丁度わたくしが階段を登りきったところに、降りようとしたライナさんが踏み外してしまったのでしょう。階下では「ライナっ!?」というロイ様の慌てた声が聞こえてきました。


「ライナっ!?何があったんだ!?」


 彼女も痛いのか顔を歪めています。足首を捻っているみたいですし、体も痛そうです。これはさすがに治療をしてあげた方がよさそうですわね。あら?ロイ様が何故か茫然と見上げてきますわね。あらあら、どんどん怖い顔になっていきますわ。どうしたことでしょう?


「リタ嬢...あなたという人はっ!」

「はい?」


 わたくしという人は?何を言いたいのでしょうね。ロイ様の一言により、周囲の生徒達もわたくしを侮蔑的な視線で見上げてきます。それより、彼女の治療をと駆け下りようとしたところで、殿下の声が響き渡りました。


「何だ、この人だかりは!?何があった!?」

「殿下っ!ライナが階段を落ちたのです!」

「ろ、ロイ......私は大丈夫、だよ...こんなのへっちゃら......」


 随分と痛そうに眉を顰めています。殿下は痛そうに体を丸めている彼女を一瞥してから、わたくしの方を見上げてきました。


「リタ!お前は無事か!?」

「え?あ、はい」


 明らかにホッとした顔をしましたわね。そんな殿下の反応が気に障ったのか、ロイ様が食って掛かります。


「殿下っ!何を言ってるのです!?これは彼女がっ...!」

「おい、ロイ。早く彼女を治癒士のところに連れていけ。治療が先だろう?」

「っ......!し、失礼します......」


 彼女は彼女で茫然と殿下を見上げていました。ロイ様が彼女を抱えて、その場を立ち去りましたわね。殿下のどうでもよさそうなあの眼。これ、全く彼女のこと心配しておりませんわ。彼らを見送って、殿下は階段を上がってくると、またわたくしを心配しだしました。


「リタ、本当に大丈夫なんだな?」

「殿下、わたくしは見ての通り元気ですわ。というより、この状況でどうしてわたくしの心配なのです?どう見ても彼女の方が怪我をしていますのに」

「彼女が落ちた時に、お前が巻き込まれたのではないかと...だって手摺に掴まってるじゃないか」


 降りようとしていましたからね。だけど殿下が来て、この状態で固まってましたわ。大丈夫ですわ、殿下。わたくしはどこも怪我などしてはおりません。それにしても、彼女は大丈夫なのでしょうか?


「わざわざ治癒士のところに行かせなくても、わたくしが治癒できましたのに」

「大丈夫だろ。ゲームだと足首を少し捻っただけだしな」


 あら?これは“げーむ”の展開通りなのですか?不思議に思っていると、殿下が思ったより深刻そうに見つめてきます。


「リタ、お前が巻き込まれた訳ではなかったのは幸いだ。お前に何かあったら俺は...」


 そんな泣きそうな顔をしないでくださいな。本当、この王太子様はこういう優しいところがありますわね。大事に思ってくれていること、ちゃんと分かってますわ。


 ついナデナデと殿下の頭を撫でてしまったら、「もう子供じゃない!」と照れだしましたわ。子供の頃はこうやって頭撫でられるの好きだったはずなんですが。ああ、そうだ。一応これも“げーむ”通りの展開なら、殿下に確認しないといけませんわね。


「殿下、痛そうにしながら男性に擦り寄り、自分は大丈夫という健気な姿勢を見せた哀れな子に恋しましたか?」

「健気な姿勢よりも、自分の足元をちゃんと見れる女に俺は恋したい」


 それは何よりですわね。



 □ □ □



「ハア、ようやく終わるな」

「何がです?」

「このゲームがだよ。今日の、今年を締めくくるダンスパーティーが最後のイベントだ」


 そう言って心底安心したように、馬車の中で胸を撫で下ろしているのはこの国の王太子殿下。今日をもって“乙女げーむ“の展開が終わるということでしょう。短かったような、長かったような。


「ありがとう、リタ。お前がそばにいてくれたおかげで、俺は惑わされずに済んだ」

「わたくしは何もしておりませんわ。というより、わたくし、別にいなくても良かったのでは?」

「そんなことはない。お前がいてくれたから、俺は心を強くもっていられた。自分の中の大切な気持ちを汚されなくて済んだんだ。入学する前、あの女が現れてゲームの強制力が働き、この気持ちを消されるのではないかとずっと不安だった。だが、俺の中の気持ちは変わっていない。それが何より嬉しいんだ」


 晴れ晴れとして満足そうに笑う殿下は、見ていてとても心地がいいものですわね。入学する前は泣きそうで取り乱していましたもの。殿下のお力になれたことを、わたくしも光栄に思いますわ。


 会場に着くまでの間、学園生活を振り返りながら、お互いに満足していました。


 が、



「リタ・ローディル公爵令嬢!あなたのやった罪は明白だ!」



 ロイ・ノルマンの怒気を孕んだ声が会場に響き渡ります。

 学園の生徒たちはサッと私を避けるように周りを取り囲み、殿下は呆けたような顔をされていますわね。


 先程、会場に着いたわたくしと殿下は、まずは陛下と王妃様にご挨拶しました。一年を締めくくるこのダンスパーティーは、卒業する学園生徒達のお披露目の場でもあり、それを祝うために王侯貴族の家族も参加します。陛下も王妃様も出席されることから、社交場としても有名なのです。


 挨拶が終わり、殿下が飲み物を取りに行ってくれた時でした。

 ロイ・ノルマンが会場の中央で高々と「皆、聞いてほしい!」と叫んだのです。

 彼の傍らにはライナさんの姿もあります。そして彼女の虜になっている男性二人の姿もありました。


「...何の真似だ、ロイ。陛下もいらっしゃる場で」

「父上、申し訳ありません。ですが、僕はこの場を借りて、ある方の罪を白日の下にしたいのです。陛下にも、そのことを知ってほしく...」


 陛下の隣に佇んでいたノルマン公爵が、いつもより鋭く厳しい目付きで自分の息子のロイ様を睨みつけています。陛下は陛下でニヤニヤしていますわね。王妃様もさも面白そうに眼を輝かせていました。


 完全に面白がっていますわね。と思っていたところで、ロイ様に名前を呼ばれてしまいました。なので彼らの方に向き直った瞬間、先ほどの言葉を聞かされたのです。


「罪ですか?」


 さてさて、何のことやらと首を傾げていたら、今度は殿下の声が聞こえてきます。


「お前たち、何の真似だ!?」

「殿下、下がってくれ。あんな悪女のところに殿下を行かせるわけにはいかねえ」


 あらあら、今度はハーベル様が殿下の前に腕を伸ばして止めていますわ。「はあ!?」と素っ頓狂な声を殿下が出されていますわね。殿下、皆が見ておりますわよ。普段の威厳のあるお姿を思い出してくださいませね。


「リタさん、私、悲しいです...」

「はい?」


 次に声を出したのは、ロイ様の隣にいたライナさんですわ。何が一体悲しいのやら?


「私にあんな嫌がらせをして満足なんですか?こんなの誰も喜ばないのに!」

「何の話でしょう?」

「とぼけるな!ちゃんと証拠は揃っている!」


 ロイ様のお顔が、醜いモノを見るような目付きに変わっていますわね。端正なお顔が台無しですわ、と違うことを考えてたら、彼は何枚かの紙を傍らにいた男子生徒から受け取っています。


「ライナへのノートを破る、制服を汚す、頬を叩くなどの数々の嫌がらせと暴力!身分を盾に聞くにも堪えない暴言!全ての証人と証拠が揃っている!」


 嫌がらせに暴力、そして暴言を吐いた、と。わたくしが彼女に、ということかしらね?


「そして階段からライナを突き飛ばし、怪我をさせた!幸い軽い怪我で良かったからいいモノを、あんなところから落とされては一歩間違えれば死ぬところだ!これは明らかな殺人未遂である!」


 なるほど、あれはわたくしが落としたことになったのですね。ただすれ違っただけで、こうなるとは。なるほどなるほど。そして周りの生徒たちもわたくしがやったと思っているのでしょう。明らかに蔑んだ目を向けてきますわ。特に男性陣の目がそう物語っています。


「リタがそんなことする訳がないだろう!?バカなのか、お前たち!?」


 殿下、“乙女げーむ”は終わったと安心しきってのこの騒ぎに動揺しているのは分かりますが、王太子がバカとか言ってはいけませんよ。ほら、王妃様がにっこりと黒い笑顔で殿下を見ています。これは後でお説教確定ですわね。


「殿下、騙されてたんだよ。俺も最初は信じられなかったが、ライナが幾度となく傷ついてるのを知っているんだ」

「リタは四六時中、俺と一緒に行動してたんだぞ!?その彼女がどうやって嫌がらせをすることが出来る!?」

「殿下の目を盗んでやっていたのさ。その様子を見たという証言をしている生徒もいるんだ。しかも一人だけじゃない、多くの生徒が目撃している」

「ありえねーから......」


 ハーベル様の言葉に、殿下は逆に呆気に取られていますわね。言葉遣いが昔に戻っていますわ。これも後でお説教決定かしら。まあ、そんなお説教のことまでわたくしが心配する必要はありませんわね。


「リタさん、罪を認めて?今だったら、私も許してあげられる......」


 ライナさんは悲劇の主人公を気取っているみたいですわね。儚げで、罪人さえも許してあげる心優しい人、というところかしら?彼女に心酔しきっているロイ様は、守るように彼女の肩に手を置いています。


「ライナ、許す必要などない。そんなことをする人間が、王妃になったら大変なことになる。これはしかるべき処罰を与えるべきことなんだ」

「でもロイ、私は...」

「ライナは優しすぎる。だからお前の代わりに、俺がちゃんとあの悪女を成敗する。お前こそが王妃にふさわしいことを証明する。信じてくれ」


 やれやれ、ここまで好き勝手に言われては、わたくしも口を挟む隙があったもんじゃありませんわ。王妃とか悪女とか、どれだけライナさんに心酔していることやら。あなたに王妃を決める権限ありませんけど?でもよかった、ここにお父様とお母様がいなくて。あの二人は自分から見ても使用人たちから見ても、わたくしのことを溺愛しておりますもの。悪女とか言われているのを知ったら、怒り狂いそうですわ。


「申し開きはあるのかい、リタ嬢?」


 面白そうに成り行きを見ていた陛下が口を挟んできましたわ。申し開き、ねえ?

 持っていた扇子を開いて、口元を隠します。全員がわたくしに注目していますわね。陛下が問いかけたことにより、ロイ様たちも言葉を出せない様子。本当はもっとわたくしを責めたいんでしょう。でもちゃんと陛下からの返事はわたくしがしないといけませんわね。


「申し開き......というより、ロイ様たちに聞きたいことがありますわ」

「だそうだよ?」


 笑いながら陛下はロイ様に取り次ぎます。これで、ロイ様たちはわたくしの質問に答えなければいけませんわね。では、聞かせてもらいましょうか。向き直ると、これでもかと睨みつけてきますわね。


「何だ?」

「あなた方は、わたくしが嫌がらせ、直の暴力、暴言をライナさんにしたと言っていますが、その根拠は何でしょう?いいえ、理由は何です?」

「理由だと?そんなの決まっている!」


 決まってるんですの?


「ライナへの嫉妬だ!ライナが婚約者の殿下と親しくしている姿に嫉妬し、あなたはそのような愚かな行為をしたのだろう!?」


 ロイ様の言葉に反応したのは殿下でした。首をブンブンと何度も横に振っています。そうですよね、殿下は親しくしていませんものね。でも彼女らからしてみると、親しくしていたそうですよ?


「なるほど、殿下に近寄っていたライナさんへの嫉妬ですか」

「婚約者が女性と一緒にいるのが嫌だったのだろう?そうライナを責め立てたそうじゃないか」

「まあ、普通は婚約者が他の女性と仲良さそうにするのは嫉妬してしまうのでは?ロイ様たちの婚約者も嫌な思いをしているのではないですか?」

「あなたと一緒にしないでもらおうか。彼女たちはちゃんとライナの存在を認めている。そんな嫌がらせや暴言など言う筈がないだろう!」


 随分なご自信ですこと。認めている、ねぇ...


 まあ、いいですわ。

 わたくしがライナさんをいじめる理由が、殿下のことでの彼女への嫉妬。そうあなた方は仰るみたいですから。

 だから、わたくしは扇子を取って、ニッコリと彼らに笑いかけました。


「ちゃんと分かりましたわ。ありがとうございます。あなた方はわたくしが嫉妬をして彼女を虐げた、と言いたい訳ですね」

「では、罪を認め......」

「いいえ?」


 やってもいない罪を何故認めなければいけないのか、さっぱり分かりませんが?


 それよりも、




「何故、()()()()()()()殿()()のことで、わたくしが彼女に嫉妬しなければいけませんの?」




「は?」とこの会場中からそんな呆けた声が聞こえてきた気がしますわ。

 目の前の彼らも目を大きく見開いて、それはもうポカンと口も開いています。陛下は笑いを堪えていますわね。王妃様も扇子で隠していますが、確実に笑っていますわね。殿下は「リタが婚約者?」と不思議そうですわ。


 でも事実、わたくしと殿下は婚約などしていませんもの。


「ま、待て待て!な、何をあなたは急にっ...!?」

「先ほどのあなた方のいい分はこうですわよね?わたくしが嫉妬したから、ライナさんへの嫌がらせをした、と」


 見るからに狼狽えていますが、ロイ様たちが言ったのですよ?嫉妬をしたからいじめた、と。


「つまり、嫉妬も何もしていないのですから、動機も何もありません。よって、わたくしはその罪とやらを犯してはいませんわ。あなたは動機が無くて嫌がらせ、暴力、暴言、そして殺人未遂を犯しますか?わたくしだったら絶対しませんわね。意味も理由もなく罪を犯すほど、精神がおかしくなっておりませんから」


 グッと口を噤みましたわね、ロイ様?


「じゃ、じゃあ、この証人と証拠はどう言い訳を......」

「そもそも、その証人は何を聞いたのでしょう?証拠とは何です?」

「あなたがライナへ罵倒した声を聴いたと!!」

「声?その場面を見たわけでもなく?目撃者が多数いるというお話でしたが?」

「あ、あなたの向かった先でライナが悲しそうに一人蹲ってたと......」

「あら?じゃあわたくしの姿を見ていないということですの?そんなのが目撃証言とは呆れますわね」

「ら、ライナの破れたノートが発見される前に、あなたの後ろ姿を見たという証言も......」

「誰もが似たような制服を来て、髪型も似ているのに、どうしてそれがわたくしだと言えるのです?」

「か、髪が金髪で...」

「あなたの髪も金髪ですわよね?」


 ロイ様だけじゃなく、この王国の髪色は、濃かったり薄かったりしていますが金髪の家系が多いのです。それだけでわたくしを犯人扱いしているというのですか?ここにいる令嬢でもチラホラいますわよ?


 返答に困り果てているロイ様の横で、今度はライナさんが慌てたように口を開きました。


「いや、いやいや!ちょちょっと待ちなさいよ!?あなたが殿下の婚約者でしょ!?殿下と仲良くした私に嫉妬したんでしょ!?」


 あら、あらあら、ライナさん?口調が乱れておりますわよ?今までのバカさ加減はどこへやら、先ほどまでの儚げな雰囲気をどこに捨ててきましたの?




「殿下の婚約者は私ですが?」




 さて、どう答えましょうかと考えようとしたところで、会場中に鈴の音のような綺麗な声が響き渡ります。途端、突風に近い風が巻き起こり、至る所から悲鳴が上がりましたわね。


 これはまた派手な登場ですこと。こんな大規模な魔法を扱うのはわたくしが知っている人間でただ一人。思わずクスっと笑ってしまいましたわ。


 風が収まり、わたくしの隣に立っているのは、腰まである淡い金の髪をふわりと巻き、殿下と揃いのドレスに身を包み、ここにいる生徒たちとそう変わらない年の少女。


「おかえりなさい、リズ」

「ただいま戻りました、お姉さま」


 ふわりと柔らかく微笑む、わたくしの愛しい妹。


 リズリット・ローディル。

 正真正銘、殿下の婚約者です。


 殿下もロイ様たちも、突然現れた妹の登場に心底驚いていますわね。陛下と王妃様は困ったように笑っています。ですが、皆様も本当は知っていますのよ?


 殿()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とね。


 それがわたくしだと、一体いつ誰が言ったのでしょう?わたくしも殿下もそんなこと一言も言っておりませんわ。皆さんがローディル公爵家の娘が現れたから、わたくしだと勝手に勘違いされていただけのお話です。


「りりリズぅぅ!!!」


 ハーベル様の腕を払って、殿下はリズの元に駆け寄り思いっきり抱きしめていますわ。殿下、皆が見ていますわよ?まあ、仕方ありませんわね、殿下もリズと会うのは二年ぶりぐらいでしょうから。リズも困ったように笑って、殿下の背中をポンポン叩いています。


「殿下、皆が見ておりますわ。こういうのは、後程ゆっくりと」

「会いたかった!ずっと会いたかったんだよぉ!!」

「もう、泣かないでくださいな。王太子ともあろうお方が、そんな泣き顔を見せてどうしますか」


 クスクスとリズも嬉しそうに殿下を宥めていますわね。こういう二人を見るのは久しぶりですわ。


 リズはゆっくり殿下を離してから、今度は陛下と王妃様に向き直り、綺麗な綺麗なカーテシーをしております。いつもながら、美しいですわね。


「陛下、王妃様。リズリット・ローディル、ただいま帰還いたしました」

「どうだったかな?周辺諸国の対応は?」

「概ね良好、ですが詳しいお話は後程。今はそれよりすべきことがございますもの」


 陛下に対してこの物言い。このハッキリと物怖じせずに話すところを、陛下も王妃様も、そして宰相のノルマン公爵も気に入っているのです。


「だ...誰?」


 ライナさんの呟きが聞こえてきましたわね。ああ、彼らにはリズの紹介をしていませんでしたわ。リズもその呟きを拾ったのか、にっこりと笑いながら彼らに向き合います。


「初めまして、皆様。姉と婚約者がお世話になっているみたいですね。私の名前はリズリット・ローディル。あなた方が先ほど言っていた、殿下の婚約者です」

「い、妹だと?」


 ロイ様の驚愕の表情におかしくなってきましたわ。正真正銘、この子はわたくしの妹ですわよ?


「ろ、ローディル公爵家に、娘が二人いたなんて聞いたこと......」

「それはそうでしょう?私もお姉さまも、公の場に出たことなど一切無かったのですから」


 リズの言うとおりですわね。私たちは社交の場には一切出ていなかった。お父様もお母様も貴族同士の小競り合いに疲れて社交界からは離れましたしね。唯一流れた噂と言えば、ローディル公爵に子供ができた、ぐらいかしら。だからわたくしがこの学園に来た時に、皆が驚いていたんですもの。あれがローディル公爵の子供か、とね。それで勘違いしていたのでしょうけど。


 ただ、我が公爵家は王家とは懇意にしていたのです。子供の頃に殿下がリズを見初め、リズも殿下に好意を寄せて二人は婚約しましたわ。けれど、お父様とお母様が婚約の話を公にすることを嫌がってしまいました。リズに対する他の令嬢たちからの妬みと、他の貴族からの干渉を危惧されて。まあ、リズなら嫌がらせという虫退治ぐらい簡単でしたでしょうけども。


 リズはリズでお転婆なところがあります。昔から動いていないと落ち着かない子なのです。隣国に留学に行ったり、人脈を広げたりと忙しなく動いている子でした。今回もそうですわ。周辺諸国を歩き渡り、未来の王太子妃として外交をしていたのです。殿下が昔仰っていた“大使館”というものを作るためにですわね。殿下は自分も一緒にと仰っていましたが、国内での政務もあるので、自国を離れるわけにはいかずに断念されました。


 リズに会えない寂しさをネチネチとわざわざ公爵領の我が屋敷に来ては言っていましたから、今日のリズの帰還は本当に嬉しい事でしょう。隠していた甲斐があるというものです。


 そのリズに今は無視されていますが......殿下、妹がごめんなさいね。この子、どうやら怒っているみたいなんです。冷たい声で、ライナさんたちに向き合っていますもの。


「それで?先ほど聞いていましたが、姉があなたに嫌がらせをしたと?暴言を吐いたと?暴力を奮い、挙句の果てには殺人未遂...でしたか?姉がそれをする理由など皆無だと分かった今、あなた方は姉を犯人扱いしますか?」

「そ、それは、その......」

「まだ姉を犯人扱いすると?そんな不名誉なことがありますか?全く証人になっていない証人を連れてきますか?その証拠になってない証拠を出してきますか?というより、ここにいる方々はちゃんと分かっているのでしょうか?自分たちが偽証しているという事実を」


 グルリとリズは周りの生徒を見渡していきます。これはかなり怒っていますわね。反論は絶対許さないというばかりに、矢継ぎ早に問いかけていますもの。しかも表面上は笑顔なのに、その体からは身体の内の魔力を放出しています。


「リズ、少し落ち着いてちょうだいな?」

「お姉さま、私はちゃんと落ち着いておりますわよ?」


 全く落ち着いていませんわね。姉想いの優しい子なのでその気持ちはとても嬉しいですが、周りの方たちは少々今のリズの威圧に怖気づいているように見えますわ。魔力もケタ違いに強いですからね、リズは。このままではこの魔力の威圧に耐えられず失神する人も出てくるでしょう。


 苦笑して、リズの頭を撫でてあげます。一瞬驚いたのか目を丸くさせていましたが、すぐにリズも肩を竦めて困ったように笑ってくれました。魔力を抑えてほしいという子供のころからの合図です。うん、もう大丈夫そうですわ。


「お姉さまは、この者たちに罰を与えたくないのですね」


 リズのこの一言に、ロイ様たち含め周りの生徒達もビクついているのが分かりました。さっきの威圧はそれほど怖かったと見えます。


「わたくしはね、リズ。罰とかはどうでもいいと思っているわ」

「ではどうするつもりです?」

「ただ、彼らの目を覚まさせてあげないとね」


 さすがに分からない様子のリズに肩を竦めてから、わたくしは再度ロイ様たちに向き合います。いまだに固まっていますわ。ライナさんもフルフルと震えていますが、でもこれはきっと、怖くて震えているわけではないですよね?


「ロイ様、あなた、先程こう仰いましたわよね?あなた方の婚約者はライナさんの存在を認めている、と」


 予想外のことを言われたのか、ロイ様は途端に不思議そうな表情をしてきます。ですが、それは本当でしょうか?自分の婚約者にべったり馴れ馴れしく触ってくる女を、そう簡単に認めるでしょうか?


 いくら政略的に決められた相手とはいえ、ロイ様とハーベル様、アベル様は見目麗しい将来有望な男性です。そんな男性と将来結婚する。なのにその男性は自分のことには目もくれず、他の女性に夢中になっている。しかも身分も低い男爵令嬢を。こんな屈辱的なことがあるのでしょうか?


「そうなのですか、みなさん?」


 わたくしが周りにいる彼らの婚約者たちに視線を向けると、彼女らは醜く顔を歪めていましたわ。


「あなた方、ライナさんを認めているの?」

「......れが......」


 その中の勝気そうな一人が、呟きます。ああ、いけない。笑ってしまいそうになりましたわ。扇子で隠しますが、隣にいるリズは気づいたみたいですわね。ですが、そこから勝気そうなロイ様の婚約者が爆発します。


「誰が、認めますか!?バカなことを仰らないでくださいな!!」

「なっ!?」

「何をそんな驚いた顔をしていますの!?当たり前でしょう!!そんな男爵令嬢のどこがそんなに気に入ったのかは分かりませんが、見る目がないにも程がありますわ!マナーも言葉遣いも一切直さない!貴族の常識を教えても、反省すら見せない!挙句の果てには勝手に転んで、近くにいた男に媚びている!全っ部、全部そこの男爵令嬢の一人芝居なのに、いくら言ってもあなたは聞き入れなかったではありませんか!!」


 彼女はノルマン公爵が懇意にしている侯爵の娘。中々に気位が高いと、学園に入ったころに周りにたむろしていた令嬢たちが噂していました。


 彼女はライナさんに常に苦言という注意をしてきていましたわね。先ほどの暴言を吐いた、というのは、きっと彼女のライナさんに対する注意ではないでしょうか。


 そうやって近くにいる男たちに近寄って、ライナさんはこう囁いた。


 「殴られた、いじめられた」と。


 男たちは驚いたことでしょう。か弱い女性の頬が赤くなっているのを見たから。そこから自分の知り合い、友人に話していったのではないでしょうか?そして噂が広まっていく。そこもライナさんはわたくしの名前を使ったのでしょうね。その殴られた、というのも自分でやったのではないかしら。


 そして、ロイ様たちの婚約者は気づいていた。それを訴えても、ロイ様たちはそんなわけないと反論したのでしょう。婚約者なのに信じてもらえない。その婚約者は身分も低い行儀も礼儀も知らない女を信じていく。それがどれだけ惨めな事か......心中、お察ししますわ。


 ライナさん、あなた、気づいていて?結構な女生徒からの恨みを買っていますわよ?

 最初はわたくしのことを侮蔑的に見ていると思いましたが、それは全部、殿下にくっついていたあなたへの視線。わたくしを遠巻きにしたのではなく、一緒にいる殿下にまとわりついていたあなたを遠巻きにしていたのですね。殿下は毎回蕁麻疹に苦しめられていましたが。


「だ、だがライナはよく君に感謝を......!?」

「そんな態度を取ったことはありませんわよ?!逆に常にわたくしたちを下に見てきましたわね!忘れたとは言わせませんわ!「ばっかみたい」と言われたことを!」

「そ、そんなこと言ってない!ロイ、信じて!」


 その婚約者の子を筆頭に彼らに問い詰めていますわね。一気に彼らのいる場所が修羅場と化しましたわ。彼らだけでギャアギャア言い始めてしまいましたもの。陛下も王妃様ももう飽きたのか、勝手に会話しております。ノルマン公爵は眉間に皺を寄せて、頭が痛そうにこめかみを抑えていますわね。


「お姉さま?どうするおつもりです?周りは完全に白けていますわ」

「そうね、リズ。どうしましょうか?」


 わたくしはただ、認めていることを彼らの婚約者に確認しただけなのですけどね。ですが、きっと大丈夫ですわ。

 だってライナさんが普段は見せない醜く歪んだ表情で、こちらを睨んできますもの。彼女もそろそろ爆発しそうですからね。殿下、何故そんな不思議そうな顔をされているのです?


「あーもう!!うるさいうるさい!!いい加減にしてよ!」


 あ、爆発しましたわ。

 ものすごい大きな声で叫んだライナさんに、全員が口を噤み、注目しました。あらあら、ノルマン公爵がさらに厳しい目付きで叫んだ彼女を見ています。


「何よ、これ!何でこうなるのよ!!」

「ら、ライナ?」

「というかさぁ!ロイってこんな使えないキャラだったの!?それにこんな展開なかったんだけど!」


 彼女の言葉に明らかにガーンとショックを受けていますわね。こういう風に責めてくる彼女は初めて見たのでしょうか?それはハーベル様たちも同様ですわね。周りの令嬢は知っていたみたいですが。


「大体さ!何であんたが婚約者じゃないのよ!?」


 あらあら、今度はわたくしを指差してきましたわね。リズがまた怒りそうです。


「何で、と言われましてもね。妹と殿下が相思相愛だからでしょうか?」

「そうだな!俺、リズ一筋だから!」

「で、殿下っ!?こんな公の場でやめてくださいな......」


 リズはこういう殿下の直球に弱いんですのよ。ふふって微笑ましく赤くなった妹を見ていたら、「そうじゃないっつーの!!」と彼女が叫んでいます。大分言葉が崩れていますわよ、ライナさん?


「ここであんたが断罪されてくれないと、私がウィル様と結婚できないんだけど!?」


 そんなのは知った事ではありませんし、わたくしが仮に罪を犯していたとしても殿下とあなたが結婚出来る筈ないでしょう?あなた、男爵令嬢ですのよ?身分が釣り合わなさすぎですわ。身分など関係ないと言わせるほどの教養と能力もないのに、どうして結婚できると思っているのでしょう?

 ですが、殿下はやっと彼女の正体に気づいたようです。そして彼女は自らそれを暴露しました。


「折角、主人公に転生したっていうのに、冗談じゃない!」


 彼女も殿下と同じく前世の記憶を持つ者。そして殿下の言っていた“乙女げーむ”というものを知っているのでしょうね。


 彼女に違和感を覚えたのは入学式のあの日。石に語り掛けていたあの姿。ええ、そういう子もいるでしょう、中にはね。ですが、あの大きさの声で彼女は周りに聞かせるように話していたのです。


 そして話が嚙み合わない点。わたくしは一つの仮説を立てました。これ、もしかして“乙女げーむ”に出てくるセリフをそのまま言っているだけなのでは?と。殿下自身も言っていましたものね。「目障りだ」というセリフがあると。つまり彼女はセリフを言っているだけで、わたくしたちの言葉を聞いていない。なので話が噛み合わない。道理ですわよね。


 さらにさっきの階段からわたくしに突き落とされたと言った件。それ、明白にわたくしを犯人にしたいが為の発言ですわよね。今日この日にわたくしを断罪するためだったということ。彼女はこの断罪をしたかった。


 そして、“げーむ”通りに殿下の婚約者になろうとした。


「お姉さま、あの方は何を言っているのです?」

「殿下の、ほらあれですわ。“げーむ”というものです」

「ああ、あれ。殿下以外にもいたのですか」

「私を無視するな!」


 ズカズカと重そうなドレスを持ち上げて、彼女は殿下に差し迫ってきました。彼女の行動にロイ様たちは呆気に取られていますわ。ドレスをあんな風に持ち上げてドカドカと音を鳴らすほどの歩き方、貴族令嬢はしませんから。あら?殿下が意外と冷静ですわね。


「ウィル様!あなたが結婚するのは私です!」

「......」

「あなたが愛してるのは、私でしょう!?」


 ええー。どうしてそんな自信があるのでしょう?あれだけ嫌がられていたのに?そしてリズも彼女の発言にびっくりしていて、ポカンとしていますわ。分かります。この流れでそんな言葉が出てくるんですもの。さらには殿下。こんな冷たい表情初めて見ましたわね。まるで虫けらを見るかの如く、彼女を見下ろしています。彼女は彼女で、殿下の服に縋りついていますし、さっきのロイ様の婚約者の注意は全く聞いておりません。


「......触るな」

「え?」

「その汚い手を離せ!」


 ドンっと殿下が彼女を突き飛ばしてしまいました。こんな公の場で令嬢を突き飛ばすとは、これもあとで王妃様に説教されますわね。彼女は殿下に突き飛ばされて、尻もちをついていますわ。なるほど、最後は殿下が爆発しますわね、これ。


「なんって愚かだったんだ、俺は!反吐が出る!こんな女に怯えていたとは、昔の自分を殴ってやりたい!!」

「うぃ......ウィル、様?」

「男爵令嬢が、王太子の名前を軽々しく呼ぶな!!この世界はな、身分があるんだよ!日本とは違う!というか、日本でも目上の人には敬語を使うだろうが!!立場が上の人間に馴れ馴れしくしないんだよ!この世界では、貴族の身分の高い者全員が年齢に関係なく日本で言う目上の存在になる!そんなことも分からないのかよ!?あと、親しくない相手をいきなり愛称で呼ぶやつがどこにいる!!?それとな、俺を愛称で呼んでいいのは家族とリズだけなんだよ!リタだって俺の事をそう呼ばないわ!」

「なっ!?何で、日本のことを!?」

「お前がリタを貶めたのも許せない!彼女は俺にとっても良き友人で、家族になるんだ!リズが大事に大事にしている姉であるリタに、捏造された罪を押し付けたお前は絶対許さないからな!偽証罪、侮辱罪、名誉棄損、不敬罪!これだけあれば、お前の父親の男爵位も剥奪だろうさ!子の罪は親の罪だ!それと......」


 全く彼女の言葉を無視して殿下は捲し立てます。相当お怒りのようですわ。怒りの形相で、次に彼女からロイ様たちに視線を向けました。ああ、怖い怖い。


「全員、誰がどのように証言して証拠を作ったか洗いざらい吐かせてやる!お前らが犯した罪、きっちり償ってもらうからな!」

「で、殿下!?お待ち下さ......!!?」

「黙れ!こんな女の甘言に騙されるような無能はいらん!宰相、何か異存はあるか!?」

「ございませんな」


 ノルマン公爵が殿下のお怒りの声に、肩を竦めて肯定してしまいましたわ。ああ、ロイ様はこれで公爵家から籍を抜かれますわね。公爵のその言葉にロイ様の顔から血の気が引いていきました。人って、これだけ青くなれるのですねぇ。


 それからはハーベル様もアベル様も、その他周りにいた男子生徒も衛兵に連れていかれましたわ。ライナさんは最後の殿下の言葉で、同じ前世の記憶を持っていると気づいたようで、


「こんなことなら、ロイで我慢しておけばよかった!!」


と、全く反省していない言葉を叫んでいました。


 怒りが収まらない殿下の機嫌を直したのは、やっぱりリズです。リズが軽くほっぺにキスしただけで、顔を真っ赤にさせて大人しくなりましたからね。殿下は直球で言葉を言いますが、リズのこういうところには滅法弱いのですよ。その後、陛下がざわついていた会場の貴族たちを抑え、ダンスパーティーは続行されました。


 リズと殿下ももちろんダンスを披露します。リズが来たので、わたくしは陰で見守りました。見るものが見惚れてしまう二人の華麗なダンス。わたくしも誇らしい気持ちになりましたわ。ああ、そうだ。”げーむ”もちゃんと終わったみたいですし、ちゃんと殿下に聞かないといけませんわね。ダンスを踊り終わって近くに来た殿下に問いかけます。


「殿下、揺るがない恋をしてますか?」

「もちろん、今も昔も俺はリズに恋してる!」

「で、殿下!?お姉さまもいきなり何を言い出すのです!?」


 満足そうで何よりです。


 こうして、わたくしは学園を退学し、公爵領に満足して帰ることになりました。



 □ □ □



「あら、あの侯爵令嬢と?」

「ええ、今じゃすっかり仲良くなりましたわ。お姉さまにもよろしくと仰っておりました」


 公爵領の我が屋敷の中庭で、夏休みに帰ってきたリズと二人でお茶を飲んでいます。


 あれから半年。

 リズはライレック王立学園に入学し、王宮の一角に暮らすようになりました。本格的に王妃の教育が始まっているようです。ですが殿下と毎日いられる幸せも噛みしめているようですわね。殿下も殿下でリズと一緒にいられるようになったからか、この公爵領にも来なくなりました。学園でも仲睦まじいようで、生徒たちからは理想の夫婦だと言われているそうです。それが嬉しかったのか、高速で手紙が飛んできたことがありましたわね。その殿下も明日にはここに来る予定です。


 ロイ様たちは学園を退学。というより家から追放されたそうですわ。今では平民となり、生活に苦労しているとか。平民たちの生活に馴染めずに乞食みたいなことをしている、との噂も飛び交っています。真実はどうなのかは分かりませんけどね。


 ライナさんは北方にある極寒の修道院に入らされたとか。口汚く不平不満を言っていると、彼女の監視役で派遣されたシスターが証言していました。殿下情報です。彼女はずっと変わらないのではないかと、わたくしは思っております。


「それにしても、お姉さまも人が悪いですわね」

「あら?何の事かしら?」


 ロイ様たちの最後の顔を思い出していたら、リズが苦笑しています。


「私に全部()()()()()()件ですよ」

「ふふ、あなたともちゃんと分かち合おうと思ってね」


 リズが“視せてくれた”というのは、学園でのわたくしが生活していた時のことですわね。実はわたくしとリズは魔法で繋がることができます。わたくしが見ているもの、聞こえてくる音を共有できるのですよ。このことを知っているのは両親と殿下と陛下、王妃様だけです。リズとはその魔法で毎日連絡を取り合っていましたわ。


 だから殿下はわたくしをそばに置きたかったのでしょう。わたくしを通してリズが見ていると思えば、下手な事はできませんから。


「よく言いますわ。あれだけお姉さまの思うとおりに動かすとは、と恐ろしくなりましたもの」

「人聞きが悪いわよ、リズ?それにわたくしは何もしておりませんわよ?」

「最初に私と殿下の婚約の話を公表した時に、わざと名前を公表しなかったのに?」


 それは皆が勝手に誤解したのよ?


「そうすれば、殿下と現れたお姉さまを婚約者と間違えますよね?」

「そうね。でもそれは勝手にそう思ったのよ、その誤解した方がね」

「それを逆手に取って、お姉さまはライナさんからの敵意を受け止めた」


 彼女が勝手に誤解しただけよ?わたくしが殿下の婚約者だとね。


「殿下の言う前世の記憶で“断罪いべんと”というものがあるのを、お姉さまは知っていたではありませんか」


 知っていたわねぇ。悪役令嬢という令嬢が罪を犯して断罪されると。


「お姉さまは殿下を家族の様に思っていますからね。ライナさんと使えない側近候補を殿下の周りから排除したかったのでしょう?だからこの“いべんと”を利用することにした」

「あらあら、これまた人聞きが悪いわねぇ。わたくしは本当に何もしていないのに」

「だけど、彼らに聞こえるようにしたではありませんか」

「何をかしら?」

「ある噂を」


 あらー。リズは学園に入って、自分で調べたのかしら?


「殿下の婚約者は、ライナさんに暴言を吐いていた」

「それは侯爵令嬢の注意でしょう?」

「殿下の婚約者がノートを破って去っていったのを見た」

「それは確かハーベル様の婚約者の方だったらしいわね」


 彼女は嫉妬のあまり、ノートを破いたり制服を汚したりしたそうですわよ。少しでも憂さ晴らしがしたかったんだとか。


「その侯爵令嬢の声を、近くにいた男子生徒の耳に届けたのに?お姉さまなら簡単ですわよね。私に声を届けるのと同様に、能力を使えばいいんですもの」


 ふふって、思わず笑みが零れてしまいます。


「後ろ姿を見た、というのも簡単ですわ」

「簡単?」

「その目撃者たちの耳にこう囁けばいいんですのよ。「あれは殿下の婚約者じゃないか?」って」


 そうね。そう言えば、あの方たちはそう思ったでしょうね。目撃者たちは、ライナさんに惹かれていた男子生徒だったんだから。

 ですが、わたくしがしたのはそれだけですわ。


 リズは何も言わない私に構わず、答え合わせをするかのように続けます。


「これで準備は整ったわけですね。お姉さまの目論見通り、彼らは動いた」


 彼らは正義感に駆られ、自ら噂をバラまいた。あの子への暴言と嫌がらせを止めるために。


「ライナさんを虐げているのは殿下の婚約者だと信じて疑わなかった」


 噂が噂を呼び、そしてそれが彼らの真実になった。誰もがそう言っているから間違いないだろうと、信じる内に真実になった。自分たちが見ていないのにも関わらず、殿下の婚約者は身分の低い者を虐げる悪女であるという真実が彼らに生まれていた。


「そしてライナさんは階段から落ちて怪我をした。半信半疑だった他の生徒にもその噂が決定的になった」


 誰もが思うでしょうね。こんな方が婚約者になっていいのか、と。この国の王妃が務まるのか、と。


「ライナさんが、断罪を誘導したみたいですわ。“げーむ”通りにするために。それをお姉さまは視たのでしょう?私にはその場面は視せずに、ご自分だけで」


 彼女は言った。彼らに“怖い”と。

 彼らは怯えた彼女を守るため、証言を取っていき、証拠を作っていった。それが彼女を救うことに繋がるからと正義感に駆られ、そして、彼らの中では見たことも聞いたこともその頃には真実になっていた。あのでっちあげられた証拠も証人も、彼らにとっては真実だった。


「そして、あの断罪劇という茶番が開かれ、最終的には逆に彼らが断罪された」


 ハアと困ったように肩を竦めるリズは、ぬるくなった紅茶を一口飲んでいます。そんなリズの様子がおかしくて、わたくしはクスクスと笑ってしまいましたわ。


「笑い事ではありませんよ、ご自分の能力をそんなことに使われるなんて」

「これは魔法よ、リズ?」

「“千里眼”は魔法ではありませんわ」


 “千里眼”というのはわたくしだけが使える魔法。この世界でただ一人、わたくしだけは世界のことを見通せます。


「全く、先人たちの記憶もこういう風に使われるなんて。きっと泣いていますわ」


 そして今リズが言ったように、わたくしにはこの世界で暮らしてきた人々の記憶が詰まっています。


 殿下の前世の記憶とは違い、およそ三千年のこの世界の歴史、人の営み、心の動き、全ての記憶が入っています。これはローディル公爵家の血筋のせい。そして、受け継がれてきたモノ。“千里眼”もそうなのですけどね。


 ローディル公爵家は、先祖代々、世代に一人、記憶を受け継ぐ者が現れます。その者には必ず世界を見通す千里眼が授けられており、そしてその記憶を忘れることはできません。


 “世界の記録者”と、お父様は仰っていました。


 過去の世界の記憶を、次世代に受け継いでいく存在。その者が存命の時には、その時代の記憶を記録していきます。今代の“記録者”はわたくし。わたくしの前は、おじい様だったらしいですわ。わたくしがお母様のお腹に宿った時に、病気で亡くなられたと教えられました。


 記憶には様々な知識ももちろん入っております。そして人がどういう心の変化をもたらしていたのかも、ちゃんと記憶されています。


 何も感じていなかったのに、その者を愛するようになったのも。

 一緒にいることの幸せを嚙みしめるのも。

 我が子の成長を見届ける、その優しさも。

 正義感に駆られ、反乱を起こしたことも。

 誰かの何気ない一言が輪を広げ、真実となり、取り返しがつかなくなったことも。


 数多のこの世界で生きていた者たちの記憶が、わたくしの中に日々入り込んできます。人が亡くなると、その者の記憶がわたくしの中にスッと入ってくるのです。


 そして今日も記憶が更新されていきます。自分で見たものと、聞いたもの、そして入り込んでくる記憶で頭の中はいっぱいです。時には悲しくなり、時には嬉しくなり、時には何とかしてあげたくなる。


 ですが、わたくしのできるのは、この記憶を繋げていくこと。

 次の世代に引き継ぐこと。


 まるで忘れてほしくないと、誰もが叫んでいる感覚に陥ります。


 恨んだことも、

 妬んだことも、

 苦しかったことも、

 泣いたことも、

 呆れたことも、

 笑ったことも、

 愛したことも、


 こう思ってたんだ、とわたくしにその記憶達は訴えてきます。


「あまり“千里眼”を他者に使ってはなりませんよ。それで何度お倒れになっていると思うのですか」


 リズが心配しているのも分かります。ただでさえ三千年分の記憶が詰め込まれているのです。その上毎分、毎秒、わたくしに記憶は加算されていく。わたくしの脳にかかる負担は底知れず。“千里眼”を使うと、さらに記憶は増えていく。あまりにも一気に入り込んできてしまうと、わたくしの体が耐えきれないのです。それで寝込んでしまう時もよくあること。だから、わたくしはこの屋敷を離れることは難しいのです。いつ寝込んでしまうかも分かりませんから。


「いくら私と共有出来て負担が減ったとはいえ、今回のことは見過ごせませんから」

「まあ、怖い怖い」


 リズと共有できることが分かって、それからはわたくしの負担も減っています。リズの場合は記憶の蓄積はできませんが、不思議とリズに自分の視ているものを見せると楽になります。リズが血の繋がった妹だからでしょうか。


「体への負担もそうですが、お姉さまが記憶を悪用するのは今後一切禁止にします」

「悪用だなんて人聞きが悪いこと」

「その記憶があるから、人が何を言われてどう動くのかを、お姉さまは分かっているじゃありませんか」

「わたくしだって全部が全部そうなるとは思っていないわよ?」

「あの一件で、どれだけの生徒が犠牲になったとお思いです?」

「それは、わたくしのせいじゃないわね。彼らがそう信じて行動した結果。それにわたくしにも、予想外のことはあったのよ?」

「まあ、どんな?」


 たった少しの噂があったとはいえ、階段から彼女が落ちた時に見せた、周囲のあの変貌ぶり。


 ああいう風に、簡単に誰かを悪人に仕立てることができるとは思っていませんでしたわ。ライナさんは才能があったのではないかしら。思惑通りに人の心を動かす才能が、ね。あの瞬間、あの場にいる者たちは全員、わたくしが突き落としたと信じていましたから。あそこにいた生徒たちは、全員がライナさんの味方をしました。男子生徒だけでなく、女子生徒も。


 思い出してつい笑ってしまったら、リズは不思議そうに見てきます。


「リズ」

「なんです?」

「人の心はままならないわねぇ」

「お姉さまがそれを言うのですか......たった一言であれだけ多くの人の心を自分の理想通りに誘導しておいて」


 ハアとリズは呆れたように息をついておりましたが、さっきも言った通り、それはわたくしではなく彼らがそう信じて行動していったのですよ?


 わたくしは最初の一滴の水を落としただけ。それで波紋が起きてしまい、あとは彼ら自身が連鎖していった。わたくしのせいじゃないでしょう?


 それがわたくしが記憶している世界の記録。


 誰かの言葉に連鎖され、自分の心を決めているのですよ。他ならない自分自身の意思で、ね。


「リズ!リタ!」


 リズのお小言を聞きながらお茶を飲んでいると、殿下の声が聞こえてきました。リズもわたくしも驚いて殿下を見てしまいます。明日来る予定では?


「殿下、何故いるのです?」

「思ったより早く視察が終わったんだ!早くリズに会いたくて、飛んできた!!」


 そう言って、呆れたように笑っているリズを抱きしめている殿下。文字通り飛んできたのですわね。だって後ろから続々と護衛騎士やら侍女たちが魔法で着地していますもの。げっそり疲れた顔を皆様されていますわ。お疲れ様です。ここまでの距離を飛んでくるのは相当魔力消費が激しいですものね。


「全く困った王太子様ですね」

「そう言ってる割には、リズも嬉しそうですわよ?」

「お、お姉さまっ!なんで言うのですか!」

「俺もリズに会えて嬉しいぞ!大好きだ!」

「だっから......そう言うのは二人の時に言ってくださいな......皆見てるのに.....」


 あらあら、照れて真っ赤になっていますわね。大丈夫ですわ、リズ。こういう殿下のリズへの告白に、ここにいる者たちは慣れていますから。


 殿下も席に座り、新しく淹れた紅茶を飲み始めました。「何の話をしていたんだ?」と聞かれたので、リズが“千里眼”のことを話してしまいましたわ。ちなみにこの“千里眼”という呼称は殿下がつけたものです。前世の記憶でそういう言葉があるのだとか。殿下に会うまではローディル家では“世界を見通す目”と長い言葉を使っていましたが、今では“千里眼”がわたくしたち家族の者たちの間で普通になってしまいました。言いやすいんですもの。


「殿下も気を付けてくださいね。お姉さまに頼った学園の件、私はまだ怒ってますわよ?」

「それはすまない......だが、あの時はそれが最善だったんだ!リズ帰ってきてなかったし!」

「あら?王太子として命令してきましたわよね?」

「俺のリズへの気持ちが汚されるかもしれないって思ったら、なりふり構っていられないだろ?」


 どこまでも自分本位でしたわね。構ってください?あなた、王太子ですわよ?王太子の権力を自分の欲に利用してはだめでしょうに。


「殿下が言ってくだされば、私はすぐに帰ってきましたのに......」

「でもこれからはずっと一緒だ、そうだろ?」

「だから......そういうことを皆の前で言わないでくださいな......」


 また嬉しくなったのですわね。リズが照れて真っ赤になりましたわ。でも殿下、今の言葉は嘘ではありませんわね?


「殿下、ずっとリズを支えてくれますか?」

「当り前だ。俺の心はリズでいっぱいだからな!」

「お姉さまも殿下も......なんでそんな話をするんですか......ハア......」


 リズはわたくしの可愛い妹ですのよ?その妹の人生を預けるんですから、殿下にちゃんとリズを守ってもらわないといけませんでしょう?


 でも殿下はハッキリと曇りない笑顔で言い切りましたから、心配はいらなそうですわね。


 では、わたくしもこれからずっと記憶を刻み付けましょう。



 大切な幼馴染と愛する妹の幸せな記憶を。



 王太子殿下の婚約者である公爵家の娘の、姉として。


お読み下さり、ありがとうございました。


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題名の迂遠な表現に興味を惹かれて、拝読させていただきました。 まるで予想すらしていなかったため、断罪劇中のどんでん返しに驚かされましたし、アルマニア王家以外の味方がいない最悪の状況でそれまでの前提条件…
[一言] パーティーが始まり…え?そうなの?て、驚きの展開でした 自分の想像とは違ってて… こーゆー展開は初めて見た!と、楽しく拝読させて頂きました。リタの恋愛…が見たかったので、是非ご検討下さい 素…
[良い点] あはは… すみません笑ってしまいました テンプレでは、王子が婚約破棄宣言→冤罪発覚→断罪→ハッピーエンド ですが、見事にテンプレを叩き潰しましたね、プチッと(蚊ですか?) まさかの 王子も…
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