第百八十七話 最高戦力決戦 1st
「来たか。」
俺は現在、目下で交戦中の奴らおその奥、森の方を睨みつける。もう少し時間的に余裕があると思ったが、そうでもなかったらしい。
「全員、城の内側に戻れ!」
俺は冒険者たちにそう告げる。事前にこのことがあることは知らせておいたので、皆は慌てずに退散する。その直後だった。
「な、なんだぁ!?」
森の奥の方から大規模な術式な飛んでくる。しかも聖力の特性を見るにそれは一人の力によって行使されている。その術式はこの城の結界に阻まれるが、崩れる気配のなかった結界に一撃でひびが入る。
「怪我があるも者はその場で治癒を、それ以外の者は結界の維持を手伝え!」
「で、でもそれじゃああいつらの進行を抑えきれないんじゃあ。」
「俺が前に出る。」
その言葉を言った瞬間皆から驚きの声がある。そりゃあそうだ。奴らの目的は俺自身なのだ。俺が前に出れば俺が集中的に狙われてしまうだけだ。
「みんなの心配はわかる。でも、この状況を抑えられるのは俺だけなんだ。わかってほしい。」
俺はその他の反応を見ずにそのまま城の外に出る。予想通り王国軍は進行をしてきていない。
「そうだ、もし俺が負けたら…その時はシャラルとか、溺結を頼むぜ。」
俺はそれだけを言い残す。まあできる限り負けるつもりはないが、今回ばかりはその自信はない。
「本丸自ら登場か。他の者は足手まというという認識でいいんだな。」
その声は低く、落ち着いていた。出所は俺の目の前に立ちはだかる男だ。身長は優に2mを越しているだろう。分厚い胸板で紺色の服を着ている。騎士団のエンブレムをしているが馬にも乗っていないし、金属製の装備をしているわけでもない。しかしその立ち姿だけでこれまでの有象無象とは格が全く違うということを見て取れる。そして見るべきは背中に背負っている一振りの両手剣だ。金色に輝き、それを持っていないのに見るだけで殺傷能力が生まれそうなほどの威圧感がある。
「そっちこそ。余裕そうだな。王国騎士団団長、アリオン・アイネアス。」
俺がその言葉を言った瞬間、眉がピクリと動くがすぐに元の表情に戻る。
「どこでその名を知ったのかは知らないが、それを知っていてなおもその余裕か。流石は史上最悪の極悪犯、だな。」
一体どこからそのダサい二つ名ができたのやら。俺がそう考えている間に奴は背中から剣を引き抜く。
「神聖剣・アスカロンね…それを抜くってことは俺を本気で殺しに来てるわけだ。」
神聖剣・アスカロン、神聖剣の名の通りこれは神器である。2000年前、人間と魔族との戦いのときに使用されていたのを記憶しているのできちんと2000年間受け継がれてきたようだ。その能力は”あらゆる物を切り裂く”というもので、それが恐らくこいつの世界の理に干渉する力なのだろう。ちなみに同じ神器で防御したときのみ、その攻撃を防ぐことができる。
「もうこの際、国家機密に相当するこの剣のことを知ってるのは不問にしよう。」
その言葉を最後に場の雰囲気がガラッと変わる。肌を焼くようなひりひりとした感覚が俺の神経を伝う。風が吹き、落ち葉が俺たちの間を通り抜けそして…
「…!!」
先に動いたのは相手だ。両手でアスカロンを握りしめ、直線的に迫ってくる。恐るべき速さだ。あの剣、めちゃくちゃに重たいのだがな。
「でも正直すぎやしないか?」
俺は両足に力を込めて高く飛び上がる。そのままアリオンを見下ろす態勢に入る。そして両手に呪力をためる。
「ふむ、完全とはいかないが呪力のコントロールも出来るようになっているか…簡単にはいかないな。」
「そう言ってもらえて光栄、だ!」
俺は両手にためた呪力を炎にしてアリオンに放射する。この攻撃は並みの魔法使いの中上位程度の威力を孕んでいるが、恐らく何の脅しにもならないだろう。
「ふん…」
鼻で笑うかのような表情をしたのちアリオンはアスカロンを振るう。すぐ前にまで迫っていた炎はアスカロンに斬り裂かれ、そのまま霧散する。
「【プラズマ・ミサイル】」
森の方からその声が聞こえてきた。森の方を見ると、先端がとがった筒状の高密度の紫電の塊がこちらに迫ってきているのが確認できる。
「はぁ、ずっと潜伏してると思ったらこの機会を窺っていたわけだ。抜かりないな。」
そう言いつつ俺は左手に呪力を集中させ、【プラズマ・ミサイル】に向かって力任せに投げつける。俺の手を離れた呪力はそのまま炎へと変化し、紫電と衝突する。衝撃波で吹き飛ばされそうになるが、それとは逆方向に炎を噴射することで対処する。
「ふむ、いったいいつの段階から気づかれていたのでしょうか。」
森から紫の服を着た金髪の女性が顔を出す。その右手には白銀色の大きな杖が握られている。
「ごめんな、最初からだ。そう言うのは得意なんだ。リリアン・マーリン」
リリアン・マーリン、王国魔術師団団長で、その右手に握られているのは神聖杖・ユグドラシルだろう。これも同じく神器だ。
「へえ、じゃあ僕のことも気づいてたのか。通りで全然呪いが弾かれてたわけだ。」
その後ろからは蠍型の人形にまたがった少年が出て来た。片目が黒く染まっている。
「ああ、そうだな。最近設立されたばかりの呪術師団ってことはわかるが。情報統制がしっかりされててほとんど何も知らない状態だ。」
つまり俺は現在、この国の最高戦力相手に3対1という状況というわけだ。