第百八十六話 自由の都の西方にて
「始まったな。」
俺は冒険者たちが事前に貼っていた共同の巨大結界に王国側の術式が阻まれるのを見ながらそう呟いた。しかしそれは目の前の光景を見たからではない。ここから離れたところ、つまりルフト北方での溺結の呪いの気配を感じ取ったからだ。
「溺結の方はうまくいったようじゃな。」
俺の横には冒険者協会の会長であるドレークがいる。俺たちは今ルフト西側の外壁の上から冒険者と王国軍の戦いを見守っている。
「ほかのところはどんな感じに進んでますか?」
「そうじゃな。エルヴィスが向かっておる南方は今のところ五分の戦い、デラニーがおる東方は少し苦戦しておるな。ただすぐに瓦解するようなことはない。」
そのことを聞いて少し安心した。最悪の場合ぼろ負けという可能性もあったわけだからな。
「おぬしが提供してくれた大量のミスリルのおかげじゃよ。皆の装備が一段階上の物へとなった。」
ずいぶんと前に俺が倒して骨喰や幽林の簪を回収したあのゴーレムの素材であったミスリルはほとんどを冒険者の魔法具の強化へと無償で提供した。これにより少しでも装備の差が埋まったのであればよいことだ。
「じゃあ、儂もそろそろ行くかの。」
ドレークはそう言って外壁を飛び降りルフトの外に着地した。そう、西方は最も王国軍の攻勢が激しくなると予想されている場所だ。そしてそこにはドレークが直々に参戦し、俺が上から戦況を確認するということになっている。
「来たな。」
しばらくして王国騎士団と各貴族の私兵、その後方に魔術師団や呪術師団の影が迫ってきた。あくまで防衛に専念というのが俺たちの考え方なのでまだこちらからは攻撃しない。
「冒険者の者たちよ!最後に一度忠告してやる!どのような罪に問われても我々は一切の酌量をしないということをな!」
その言葉を機に馬に乗った騎士団がこちら側へと駆けてくる。その奥では術式の準備がなされている。
「【クリエイト・キャッスル】」
その直後大声が響き渡り、目の前に巨大な城が出来上がる。その城は後方でルフトの外壁とつながっておりその周囲は幅が50mはあろうかという巨大な堀に囲まれている。
「なんだ、これ…」
まだ遠くの方にいた騎士団の目の前にまで迫る超巨大な城。俺はその頂上に飛びあがり見下ろす。
「こ、こんなもの!【ヘル・ボール】」
魔術師団の一人が術式での破壊を試みるが堀の周囲に貼ってある結界は頑丈そのものであり破られる気配はない。
「ふぉっふぉっふぉ、そんなもので破られるほど、儂の魔法は安くないぞ。」
俺の前方でそう言いながら空を飛んでいるドレーク。
「あ、あれは…」
「まさか…」
王国軍から驚嘆の声が上がる。そりゃあそうだ。なぜならドレークというのは、
「史上最速、19歳という若さで冒険者ポイント1万を達成。数年前に冒険者協会会長に就任する前までに集めた総ポイント数は歴代で断トツ一位の14万8000…年老いてもその実力は衰えていないか。」
騎士団のだれかがそう言った。そう、このドレークという男は実はいわゆる生ける伝説というたぐいの人間である。この男一人で攻略されたダンジョンは山ほどある。
「冒険者たちよ!一斉砲撃じゃ!」
ここに集められた冒険者はそのほとんどが術式を使うことを得意とする集団である。そしてこの城から放たれた術式はその威力が強化されるようになっているのだ。
「魔法隊、相手の魔法を防ぐんだ!騎士隊、中に突撃よーい!」
しかし流石よく訓練されている部隊だ。すぐにこの結界の術式による突破が不可能とみて魔術師団を守りに注力させ騎士団が中に突入するという作戦に変更してきた。恐らくこちらが魔法職しかいないのが察されている。
「流石にそう簡単にはいかないか。」
こちらは人数という圧倒的不利を背負っているため、いくら個々の力が強化されていても、その差は覆らない。といっても不利というわけでもなく、一進一退の攻防が続いている。
「ほかの場所はどうなってるかな。」
俺はそれが気になった。ということで足に力を込めて大きく飛び上がる。純粋な筋力だけでなく呪力も存分に使う。
「まあどこも似たようなものだな。」
北部を除きどの方角も似たようなものだ。しかしこちら側と違うところは、西部はほどんど負傷者を出さない防御合戦の様相を呈しているのに対して、東部、南部ではいわゆる攻撃合戦になっていて、大量の負傷者が見て取れる。この調子では死者も少なくないだろう。
「頑張ってくれよ、みんな。」
俺は空中で祈った。
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王都から西に少し行ったところ、とある森の中を3人の人間が西へと駆けていた。いや、駆けていたという表現は少し語弊がある。一人は走っているが一人は空を飛び、もう一人は巨大な蠍型の人形に乗ってその人形が走っているのだ。
「すでに相当な遅れだ、少し早める。」
「わかりましたけど…きつくないんですか?」
「もちろんだ、鍛え方が違うからな。」
「みんなごめんね~。僕が寝坊しちゃったばっかりに~」
「反省しているならもっと焦れ。」
そんな会話をしながら3人は鬱蒼とした森の中に消えていった。