第百八十五話 衝撃の開戦
前話で新章に突入していたのを失念しておりました。新章、突入です。
自由都市ルフトから北へ10㎞、草原には武装兵が待機していた。騎士団、魔術師団、呪術師団、衛兵や各貴族の私兵などで構成されている。延べ4万人ほどであろう。彼らは北部から自由都市ルフトに攻め入ろうとしている。
「隊長、全隊が位置につきました。いつでも進軍可能です。」
「うむ、わかった。出発しよう。」
隊長、と呼ばれたのは王国魔術師団の一番隊の隊長であり北側の指揮権を持っている男だ。その男の伝令が周囲に伝えられ皆が進み始める。彼らの目的は様々だが、その大多数を占める騎士団、魔術師団そして呪術師団の人々は人間領の平和を維持しようという固い決意がある。そのため脅威的な存在であるラーザという人間を捉えることが必要なのである。
「侮るわけではないが、負けはしないだろう。」
この隊長自身も冒険者出身のためその強さはよく理解しているつもりである。しかしその反面、その協調性の無さも知っている。彼自身は自由都市ルフトに足を踏み入れたことはないがその現実は変わらないと思っている。
「しかし何か胸騒ぎがする。」
この隊長は王国魔術師団として沢山の凶悪犯を捉えてきた。その中には苦戦を強いられた戦いもあったがその前には必ず胸騒ぎを覚えたものだ。そして今回はそれと同等、いやそれ以上の胸騒ぎがする。それゆえに神経を張り巡らせていたのだ。不意打ちなどの警戒に。そしてそれゆえに気が付くまでに時間がかかった。歩いていると思っていた自分たちの体が途中から一歩も動いていないということに。
「な、これは…!」
仲間のうちの一人の声で彼はそのことに気が付いた。しかし彼は歴戦の猛者である。この程度のことで取り乱したりはしない。咄嗟に辺りを見渡し、現状を確認する。周りに動いているものはいない。いや、これは少し間違っている。実際には首から下という条件付きでだ。声を発し首を動かせているのだから。
「これは…呪いか。」
全員から感じるとてつもない呪力。彼は呪いを感じることは不得手だったがそれでも感じる圧倒的な威圧感。
「呪術師団!解呪できるか?」
「で、できそうにありません!呪力系統は特に厳しく制限されています!」
それを聞き、なら聖力ならどうだと思い、魔法を行使する。
「聖なる力よ!我に力を!生み出すは蒼炎【ヘル・ボール】」
しかし魔法は発動しない。彼は聖力の流れを観察する。恐らく高等なものは行使できそうにないが簡単なものならできそうだ。
「隊長、あれを見てください!」
彼の部下のうちの一人がそう言って目線を向けたのはルフトの外壁だ。そこには何もない…いや人が一人いる。
「【スコープ】」
魔法は簡単なものであれば発動できる。彼は視界を拡大し外壁の上を見る。相手に傷を負わせることはできないが相手を見る事ならできる。
「あれは…!」
一振りの黒い刀を片手で持っている少女がいた。その漆黒の刀とは対称的な純白の少女だ。彼女は舞を踊っていた。黒い刀を綺麗に使い、素人が視ても美しく感じる舞だった。
「あの姿…間違いない。」
全体に事前に知らされていたリストの中で最も危険とされていた少女である。いや、少女という表現はおかしいのかもしれない。なぜなら彼女は人間ではなく、怨霊なのである。それにあの刀はラーザが所持しているとされている、神器のはずだ。なぜあの怨霊が持っているのか。
「まさか…ここまで。」
彼は見くびっていたのだ。呪術師団の実力からしていくら神級怨霊といえどもここまでの力を持っているとは思っていなかった。
「全体、落ち着け!」
彼はいまだざわめいている北側の部隊に声を張り上げて伝える。
「我々の戦いはすでに終わっている。」
この言葉は彼にとってとても屈辱的だった。彼は王国魔術師団の2番手として自信も実力も兼ね備えているのだ。
「我々の戦果は……神級怨霊の足止めだ…」
約4万人の武装兵は全員が苦虫を噛み潰したような顔をした。
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「北側全隊、機能停止だと…」
アレス・アカデミアのとある教室、そこにはアレス・アカデミアの最上級生が集まっていた。その声が誰の物であったかはアテナにはわからなかった。それほどまでに衝撃的だったのだ。
「これが…溺結さんの力…」
【スクリーン】に映し出されたのは彼女の呪いで北側の部隊が全員足止めをされている光景だ。神級怨霊とはここまで圧倒的なものだったとは。
「でも、どうして骨喰を持っているのでしょうか?」
隣でマリアさんがそう呟く。確かにそうだ。骨喰はラーザ君が持っているべきではないのか?
「骨喰から呪力が送られている。」
ウラノス君がそう言う。
「間違いない。俺ではどれくらいかはわからないが確実に大量の呪力が供給されている。」
そういうことか。骨喰の能力で呪力をため込んでそれを供給する。そうすれば溺結さんはこの大規模な呪いを維持できる。
「すごいね、人数の不利をそうやって解消するんだ。」
これはおそらく彼が考えたことだろう。しかしまだまだ冒険者協会が不利なことには変わらない。
「頑張って、ラーザ君。」
私は映し出されているもう一つの【スクリーン】を見て、そう呟いた。