第百八十三話 どうせ近いうちにまた会う
「明日に出発だったよね?」
霊層から戻った俺たちはエルフ領にしばらく滞在していた。その間はミレミア俺たちの面倒を見てくれていて、楽しい一時だった。
「シャラルちゃん、アルケニー、今日もどこか行かない?」
アテナなど複数人の女子たちに連れられ、シャラルとアルケニーはほぼ毎日外出している。男子たちも森に訓練とか言って出ていくし、溺結と骨喰はそれについて行くので残っているのは俺のみだ。ということで俺は日中、エルフの姫様であるミレミアの家に入り浸っている。守衛みたいな人には毎回睨まれるが、そんなものは無視だ。
「そうだな。ここでの生活も、はや1週間。世話になったな。」
俺は不躾にも床に寝転がり、木製の天井を見上げている。ミレミアは椅子に腰かけ何か本を読んでいる。すでに何回も読んでいるのであろうか、つまらなさそうに本を閉じ、俺の方に顔を向ける。
「本当にそうよ。ようやくラーザがいなくなってくれると思うとせいせいするわ。」
そう嫌味を言ってくるが、そんなこと微塵も思っていない…とは思う。俺と同じく2000年間も生きていたら感情を隠すくらい余裕なのかもしれないが。
「シャラルのこと、正直どう思う?」
俺は体を起こし、ミレミアに問う。ミレミアは今シャラルたちがいるであろう森の方を向き、その美しい碧眼をほんの少し揺らす。
「うーん、正直まだ容態はわからないかな。いろんな本を読んでるけど、どうしても精霊に関する本ってこの家にもほとんどないから。」
今、シャラルの髪にはとある髪飾りが煌めいている。非常に精緻な作りで金色のフレームに蒼い宝石がはめ込まれている。色々と組成を調べてみたが特定は不可能だった。
「これは、神器だね。」
その場にいたオベイロンがそう言ったことを今でも覚えている。まあ俺も薄々そう思っていたところだ。そもそも神器の骨喰と同じ場所に封印されていたのだから神器なのは簡単に推測できた。
【ああ。これは俺様と対を成す、精霊の神器。名を”幽林の簪”という。俺様が怨霊を殺す神器であればその性質もまったく逆、こいつは精霊と協力する神器だ。】
幽林の簪、俺がそいつを手に取ろうとすると、まるで反発しあうように俺の手から離れて飛んで行ってしまった。そしてそのままシャラルの髪にすっぽりと入ってしまったのだ。
「まあ精霊と協力する神器が怨霊に触れられればそうなるのかな。」
その後は単純で他の者が、あまつさえシャラルがそれを取ろうとしてもそれは髪から外れず、そのまま現に帰って来たということだ。
「神器に適合したのは良いんだけど、肝心のその神器がどんな性能なのかを骨喰が教えてくれないんだよなぁ。自分で使いこなせるようになれって。ひどいと思わないか?」
「う~ん、まあ確かにちょっと冷たいけどそれはそれで楽しいんじゃない?手探りで色々試すとか最近してないでしょ?」
そう言われてしまえばそれまでだ。本人にも今のところ何の支障もないので気にしないでおく。それに今は俺自身にも考えるべきことがある。
「ラーザ、呪いの力にはもう慣れた?」
「いや、まだまだだな。全身に呪力を流すだけでもすぐに漏れ出そうになる。この調子だと戦闘に使えるようになるのはまだ先だな。」
実際、今もの練習をしているが全然うまくいかない。一応魂に近い心臓を起点にして血流に呪力を混ぜるのが一番現実的な案ではないかと思っているのだが。
「というかお前は怖くないのかよ。こんな人間とも怨霊ともつかない中途半端な存在と二人きりなんて。アレス・アカデミアの奴らでさえも二人きりにならないようにしてるんだぜ?」
俺がそう言うとミレミアはうーん、と少し考えるように首を傾げてからこう言った。
「だって、私はラーザのことを知ってるからね。あの人たちは違って君が置かれている立場とかどんな性格かとかを一応は知ってるから。」
「そんなものか。」
俺は寝返りを打ち、窓の外を見つめた。
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「では、ありがとうございました。」
ルイスが最後にお礼を言い、エルフの村を後にする。みんなは馬車に乗っており、俺たちはアルケニーの上だ。迷い霧を見上げながら俺たちは他愛のない会話を繰り広げていると、無意識のうちに寝てしまった。
「人間領に帰って来たぞー!」
誰かの声が聞こえた。いつの間にか大結界を抜け、人間領に帰って来た。俺はアルケニーから降りルイス達の方へと向かう。
「これで俺たちの一時停戦は終了だな。」
その直後、全員に緊張が走る。そりゃあそうだ。俺たちは味方同士ではなく敵同士なのだ。いずれ戦いになるのは避けられないだろう。
「そう…だよね。もしかしたら、なんて思ってたけどそんなに甘くはないよね。」
アテナはこれまでにないほど残念そうな顔をする。アルガスやマリア、アンディなどの面々もそんな感じだ。唯一ウラノスのみ本当に表情が読めない。
「まあそう悲観すんなって。どうせ近いうちに嫌でも顔を合わせる。」
俺がそう言うとルイスとジェイクが顔を見合わせる。そして少し笑顔になる。
「本当にそこまでわかってるなんて流石ですね。」
「そうじゃの、末恐ろしいわい。」
子供たちはこの言葉の真意に気づけていないようだ。俺はそのまま踵を返し、アルケニーに乗る。
「じゃ、またなー。」
俺は後ろを振り返らなかったがシャラルは長い間後ろを見て、ずっと手を振っていた。
次回から新章突入です!