第百八十二話 精霊姫ティターニア
「行くぞ、怨霊斬。」
俺がそう言うと、手の中にある骨喰の刀身が紫に光る。そしてそれは依然俺が使っていた時よりも少し深い紫に見える。
「これは、どういうことだ?」
【ラーザ、貴様の呪力が俺様に流れ込んでいる。無意識のうちだろうが、きちんと制御しないとシャラルの魂が燃え尽きるぞ。】
その言葉を聞いて俺は少し身構える。シャラルの方を見ると、彼女は俺のことを信頼しきった顔でこちらを見上げている。こいつがこんなにも信頼してくれているのだ。俺がここで臆病になってどうする。
「シャラル、きつかったらすぐに言うんだぞ。」
「うん、わかってる。」
俺はシャラルの胸に骨喰を突き刺す。魂に届かない限り肉体からの痛覚は全てアリアやほかの生徒が遮断しているのでまだ痛くはないはずだ。しかし体が傷ついているのは確かなのでそこの部分から血が噴き出る。血は俺に降りかかるが、すぐに止まる。アテナたちが治癒しているからだ。
「じゃあ、魂に刺すぞ。」
俺はそう言って魂に骨喰を突き立てる。普通なら魂を斬るなんてことはできないが、骨喰は呪刀なので、魂を捉えることができる。それに俺自身も呪いになったようなものなので魂がより鮮明に知覚できる。
「うん、来て。」
シャラルの表情に変化が現れる。ここからは【センス・カット】の範囲外だし、恐らく他者に魂に干渉される経験などないはずだ。表面に触れるだけで体が震えている。
「ほんとに、きつかったら言えよ!」
俺はそう言うと骨喰を魂に食い込ませる。一気に深部へと到達し、ティターニアを探し始める。
「あ、う…」
シャラルが痛みに耐えかねるように声を出す。傷ついた魂自体はアテナが速攻で治癒しているので死ぬことはないが激痛が走っていることは確実だ。
「大丈夫か?いったん抜くか?」
「い…いや。大丈夫。続けて。」
いつの間にこんなに強い子に育ったのだろう。柄にもなく親心のようなものを刺激されながらも俺はティターニアを探していく。骨喰を少し動かすたびにシャラルから声が漏れるが、その目はまだ生命力がある。
「あ、あった。」
ついに見つけた。明らかに人間の領分を超えた存在がそこにはあった。俺がその部分を貫くと、それは骨喰に吸い込まれていった。シャラルの体から骨喰を引き抜き、シャラルが少し落ち着くのを待つ。
「本当に、よく耐えたな。」
俺はシャラルの頭を撫でる。艶やかな水色の髪は手入れが細部にまで徹底されているのがよくわからる。
「うん。私、頑張ったよ。偉いでしょ?」
「ああ、流石シャラルだ。」
「シャー!」
息もだいぶ落ち着てきたので、シャラルから手を放し、オベイロンの方を向く。
「今、骨喰の中にティターニアが入っている。あとはこいつを出すだけなんだが、2つ条件がある。」
「へえ、なんだい?ティターニアのためだ僕にできる事なら何でもしよう。」
「まず第一にこれの受け皿が必要だ。それはお前しか用意できない。」
オベイロンは、なんだそんなことか、という表情になり、手の中に光の玉を生成した。
「これでいいんだろう。で、2つ目の条件ってのは?」
俺は服の中からとある箱を取り出す。手のひらに収まる大きさのそれは俺には解読不可能な封印が施されている。
「こいつの封印を解いてほしい。お前にはできるはずだ。」
俺はオベイロンに箱を手渡す。オベイロンはそれを興味深そうに観察する。
「うーん、これが精霊の力を使ってることは確かだね。でも僕でも見たこのない封印の力だ。開けれないこともないけど、この箱ごと使い物にならなくなるよ。:
「それで構わない。どうせそんな小さい箱、使いどころないしな。」
オベイロンは俺の言葉を聞くと、それを文字通り目の前にまでもっていき一瞬目を大きく開ける。すると、封印の気配が一気に霧散していく。
「これでいいでしょ。早くティターニアを出してあげてくれないか?」
「わかってるよ。この箱はそのあとだな。」
俺は箱を服の中にしまいなおし、オベイロンが生成した光の玉、つまり霊力の凝縮結晶に骨喰を突き刺す。ここからは骨喰の仕事だ。オベイロンが心配そうにこちらを見つめる。
【任せておけ。ここで裏切るわけないだろう。】
骨喰がもう一度紫色に発光する。そして中身を空っぽにした後俺は引き抜く。その後沈黙が続く。
「あ、あの…」
アテナが我慢できなかったように俺に話しかける。何も起こらないから不安なのだろう。
「いや、大丈夫だよ。もう少し待っていれば。」
その疑問に答えたのは俺ではなくオベイロンだった。そう言われると向こうといしても引き下がるしかないだろう。アテナは俺の隣で心配そうに光の玉を見つめる。
「…!!来るぞ。」
光の玉が少しずつ変形していく。それは高身長の女性の形になり、そして色づき始める。色白の肌に深緑の髪、そして黒いドレスを着ている。
「ティターニア!」
オベイロンがそばに駆けよる。目を開いたティターニアの瞳は髪と同じ深緑だ。そしてその瞳がオベイロンを捉えて、
「この馬鹿者。」
第一声がそれだった。しかし決して怒っている風ではなく、あくまでも優しい声だった。
「少しくらい待てなかったのですか?皆さんにこんなに迷惑をかけて…」
「だ、だって…」
子供のようにしょんぼりするオベイロンを見ていると王と姫というより母親と子供だ。
「ここまでの尽力、感謝申し上げます。」
俺たちに向きなおり、深くお辞儀をしてくる。まあされて嬉しくないわけではないのだが、少し歯痒い。
「して、皆さんは少し気になっているものがあるんじゃないですか?」
ティターニアがそう言う。そして皆の目線は俺に集まる。そう、ずっと話題に出さないようにしていたのだが、もう無視できそうにない。
「ああ、これだろ。」
俺は服の中から箱を取り出す。その箱はこの場にいる神霊、神級怨霊、そして神器にも負けず劣らずの存在感を放っていた。