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第百七十八話 呪いの複雑性

「あまり僕のことを下に見ない方がいいよ。」


炎恨は校長の追撃をいなしながら、時間をかけて体を再生した。流石に本調子に戻れば有利なのは炎恨らしく、ジェイク校長は次第に押し返される。


「うぐっ!」


ジェイク校長は炎恨の刃をその腹に受けて、こちら側に吹き飛ばされる。


「聖なる力よ、我に力を。癒すは恩師【セイクリッド・ヒール】」


私は治癒魔法をかけるが、その傷は癒えるのに時間がかかりそうだ。


「すまんのう、老体にはちと厳しいわい。」


「いえ、ありがとうございます。こちらも準備が整いました。」


ルイス先生が返答する。


「放てぇ!」


「「「【ハイドロ・バインド】」」」


「これは…」


炎恨の体を何重もの水が渦巻き、拘束する。魔法が使える生徒全員で行使したこの魔法なら、幾分かの拘束は可能のはずだ。


「ありがとうね。おかげで、よく狙える。」


オベイロンが両手を前にかざすと、その間に光の弾が生成される。


「そうだね、多分、さっきよりも痛い一撃が飛ばせる。」


溺結さんはまるで弓を射るかのような姿勢をとる。本来、矢があるはずの位置には一本の白い呪力の塊が横たわっている。


精霊の大行進(フェアリー・パレード)


「წყევლა ტყვია」


それぞれから超高密度の攻撃が放たれる。炎恨は炎を出して対抗しようとするが、その炎は一瞬で砕かれる。


「今度こそ…やったかな…」


溺結さんがそう呟きながら倒れそのまま気を失う。呪力の使い過ぎだろうか。


「うーん、今のは相当痛かったね。」


その声は確かに攻撃を当てた場所から聞こえてきた。私たちが恐る恐る振り向くとそこにはたった今胸に空いた穴が塞がっている途中の炎恨の姿があった。


「どうして…あの攻撃で…」


「いや、君たちが勝ったと思ってもしょうがない。事実、昔の僕なら死んでただろうね。でもこの体は僕とすごく相性がいいらしい。魂を守りながら壊れたところから体を再生してたんだ。」


炎恨は全身を再生し終え、にやりと笑う。さらに驚きなのは、彼の周りを渦巻いている呪力の量だ。その量に一切の衰えを感じられない。


「もうそろそろおかしいと思い始めたかな。僕のこの呪力量。簡単な話だよ。この魂に溜め込まれたんだ。ずっと、ずっと。僕を取り込んでから、僕が生み出す呪力をずっと保持していた。あっぱれだよ。本能で呪力の扱い方を会得したんだ。」


炎恨はそう言うと、自分の右腕を左手で引きちぎる。いったい何を血迷ったんだろうか。


「呪詛っていうのは複雑なんだ。魔法や術式みたいに呪力をつぎ込めば威力は上がる。でもその上がり幅は魔法や術式に比べたら小さくてね。でも、それ以上に効率の良い威力の上げ方があるんだ。何かわかるかい?」


「自分の何かを犠牲にすることだろう。事実、溺結は今自分が気絶するっていう条件で彼女の呪詛の威力を上げた。」


そういうことだったのか。呪力切れを起こしたわけではなかったのか。


「あたり。単に犠牲にするだけじゃなくて、例えば治癒が不可能、とか1時間後まで意識が戻らないとかそういう風にすればさらに威力があがるんだ。その他にも呪いの条件がきつければきついほど行使された時の威力があがる。」


何か嫌な予感がする。必死に頭を回していると、一つの考えにたどり着く。


「まさか…【ガーディアン・シー」


「気づいたってもう遅いよ。ცეცხლი წყევლით」


炎恨は呪文を唱える。しかし、なかなか何も起こらない。私たちが周囲を見渡し始めた瞬間、


「これは…僕だけを狙った…」


オベイロンから紫色の炎が生じる。火勢はどんどん上がっていき、オベイロンが抵抗しようにも消える気配がない。


「安心しろ。これは君を止めることに特化した炎だ。まあその分消えづらいし、長時間継続するけどね。」


炎恨はゆっくりとこちら側に近づいてくる。オベイロンの近くまで来て、残った左手をかざす。


「もうほとんど霊力も残ってないだろ。安心して、一思いに殺してあげるから。」


その左手に彼を渦巻いていた呪力が集まり始める。呪力はだんだんと形を成していく。本当に小さい、小さな紫色の炎。しかしその呪力の密度は計り知れない。


「じゃあ、君を殺して、この場にいる全員を殺すよ。」


パチン


指を弾く音が聞こえた。その瞬間、私の視界が歪んだ。そしていつの間にか私の周りに紫色の炎が燃えており、炎恨が目の前で炎を構えていた。


「え…?」


「は……はっはっはっは!いやぁ、驚いた。もう逃げだす霊力も残ってないと思ったけど、位置の入れ替えか。考えたね。でも、そんなの時間稼ぎにしかならない。」


位置の入れ替え、そして私はオベイロンと入れ替えられたということか。その瞬間、私の背筋に寒気が走る。それはほかの何でもない、明確な死への恐怖だ。


「アテナ!今助けますから。」


アルガスが私の方に駆けてくる。しかしその彼女の周りの炎の棘が生まれる。


「あのねえ、どうせすぐに君たちも同じ場所に送ってあげるんだ。ごめんけど、そこで見といてね。」


アルガスは唇を噛み、その場にとどまる。それを確認したのち炎恨はこちらに向き直る。


「ということで、良かったね。友人の死を見るっていう苦痛は君は感じなくてんだ。君を選んだオベイロンに感謝したほうがいいよ。」


「ラーザ君、」


彼の目を見る。あの綺麗な真っ白の両目は今は赤黒く染まっている。


「お願い、目を覚まして。」


「ふふふ、この人間が目を覚ますわけないよ。」


私は最後まで目は閉じまいと決意し彼の全身を見続ける。


「じゃ、行くよ。」


その瞬間だった。私に向けられていた炎が逆走し、炎恨の左腕を吹き飛ばした。

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