第百七十五話 最凶、覚醒
僕は目を開ける。その瞬間、体のところどころに違和感を感じ、僕は全身を見る。そこには見慣れた体ではなく白い服に身を包んだ人間の体があった。そしてその脇腹を貫くような炎の棘。僕が何もせずにいると突然僕の思考の中に記憶が流れ込んできた。
「あ~、なるほど。」
完全に状況を把握し、僕は目の前にいる精霊(恐らくサラマンダーだろう)を見つめる。向こうがどういう風に捉えたのかは知らないが恐れおののくように僕を解放してくれる。
「うーん、どうしようかな。」
僕は思考を巡らせる。どうにかして愉快なことをしたいが、まずはこいつを倒すしかなさそうだ。
「じゃあ、行こうか。」
僕は体に力を込め、大きく飛び上がり、サラマンダーの頭上に到達する。そのまま力任せに両手をハンマーのように振り下ろす。
「चीख!」
サラマンダーの叫び声が部屋中に反響する。しかし向こうもそれなりの精霊だ。地面に激突しながらも炎をこちらに向けて照射してくる。僕はそれを全てその身で受ける。
「まあいい火力だね。でも、そんなんじゃ全然足りてないよ。」
僕は傷ついた体を再生しながら着地する。サラマンダーはさらに火力を上げて煌々と燃える炎の槍を創り出し、僕の心臓をその槍で突き刺す。
「ははっ。考えたね。再生できないほどの一撃で体の最も大事な部分、心臓を狙う。」
その槍が心臓を貫いている限り炎が僕の心臓を燃やし続ける。確かにいいアイデアだ。
「とても良い。君は強いんだろう。でもね、君は炎というのを完全に誤解してるよ。そんなんだから弱いんだ。」
僕の煽りが効いたのか、サラマンダーは追加で炎を生成し、僕の両腕を吹き飛ばす。勝ちを確信したのかその顔には笑みすら浮かんでいる。
「いいかい?炎ってのはこうやって使うんだよ。」
僕は両腕を再生し、左手の人差し指をサラマンダーに向ける。
「種火」
僕の指先に小さい紫色の炎が生成され、それをサラマンダーに打ち込む。サラマンダーは明らかに無警戒だ。そりゃあこんなに小さい炎だ。炎の大きさはその火力に直結する。
「気づかないのかい?早くこの槍解いた方がいいよ。」
僕がそう言った瞬間、サラマンダーの体が紫の炎に包まれる。その炎は次第に勢いを増していく。
「चीख!」
もう一度悲鳴をあげるが、その頃にはもう遅い。サラマンダーの体は完全に焼け焦げており、すでに死んでいる。僕は貫かれた心臓を再生し、力尽きた精霊を見つめる。
「こんな呪いで死んでしまうなんて。バカだなぁ。少し考えればこの炎はお前の霊力を燃料に燃えてるってことくらいわかるだろ。お前はその場で霊力をなるべく漏出させないように抑えるべきだったんだ。」
しかしもう言っても遅い。僕はサラマンダーの焼死体をしばらくの間見つめていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私たちは動かなくなったラーザ君を黙って見つめていた。誰も何を言えなかった。それはあまりにも衝撃的で、そして恐ろしかった。
「来るよ。」
溺結さんがそういうと、ラーザ君は部屋の奥にあった階段をさらに降っていくる。すると、私がいる空間の床に穴が空き、そこからラーザ君が登ってきた。おかしい。彼は降りていったはずなのにどうして登ってきたのだろう。これが精霊の力なのだろうか。
「へえ、すげえ。本当に降るだけで登れるんだな。」
彼の雰囲気はいつもと変わらないようだった。先ほどのことを聞きたいがどのように聞き出したら良いかわからない。
「じゃ、早くシャラルを返してくれないか?」
「いつまでその芝居を続けるつもりなの?」
溺結さんが突然そう切り出す。芝居、とは一体どういうことだろうか。
「うん?何のことだ。」
彼は少しとぼけるように首を傾げる。それを見て溺結さんはため息をつく。
「わかってるんだよ。まだラーザに返してないんだよね、炎恨。」
その瞬間私たちの間に緊張が走る。今、炎恨と言ったか。炎恨といえばあの百鬼夜行事件の首謀者であり、ラーザ君の魂を支えている神級怨霊の名前だ。その怨霊が彼を乗っ取っているというのか。
「あ〜あ、やっぱりバレてたか。魂の雰囲気で察されたかな。本当はもっとメチャクチャにした後にバラす予定だったんだけどなぁ。」
彼の顔に歪んだ笑みが浮かぶ。
「あの、まだ状況が掴めないんですけど…」
私は溺結さんに問う。怨霊が彼の体を乗っ取っているとはどういうことだろうか。あの怨霊の意識は骨喰によって消滅したのではなかったのか。
【俺様たちは保険をかけていたのだ。力のほとんどを失ったラーザが強大な敵と対面した時、一度だけ姿を現し呪力の栓を抜く役割を果たす必要があるからな。】
「そう、つまり僕は彼の死を契機として一度だけ彼に力の使い方を見せるという条件で意識を回復したんだ。ただ即席で作った契約だ。その契約にはいくつも穴があってね。今回はその穴が僕に有利に働いてるだけだ。」
彼はそう言い、ニヤリと笑う。ラーザ君の優しい顔からは想像できないほど邪悪な顔だ。
「でも炎恨、あなたは何もできない。あなたもこの精霊がどんな存在であるかはわかってるはず。それに人間とあなたの魂は契約呪術により、傷つけ合うことはできない。」
「そうだね。確かに全力がどうしても出せない状況で、神霊に喧嘩を売るような真似はしないよ。ね、オベイロン?」
神霊オベイロン、それがあの精霊の名前だ。精霊界の頂点に君臨する精霊。その権能は霊力の自由変換。彼が扱う霊力は彼の思う通りに変化できる。これまでの規格外の出来事は全てその権能に起因する。
「そうだね。まさかあの人間の中に巣食ってたのが神級怨霊だとは思ってなかったけど、全然本来の力を発揮できていないようだ。」
炎恨はそれを聞くや否やお腹を抱えて笑い出す。一体どうしたのだろうか。
「本当に、君たちは滑稽だなぁ。僕が何もできないと鷹を括ってるわけだ。」
「実際そうでしょ。契約呪術は私の名目で結んでる。放棄しようものならあなたは魂ごと私の呪いで滅ぶ。」
炎恨は笑うのをやめ、胸に手を当てる。
「そうだね。じゃあ、あえてこういうのはどうかな?」
彼は一呼吸置いてから言った。
「契約呪術を破棄する。」