第百七十二話 小迷宮
「お前のお望み通りここまで来てやったぞ。早く降りてこい。」
俺は塔の上の方に向かって叫ぶ。あいつの姿は見えないが、恐らくのこの上にいるのだろう。俺が少し待っていると目の前に光が集まり、目の前に緑髪で山羊の角をはやした精霊が姿を現す。
「ほかの奴らは?」
「ああ、上で待ってもらってるよ。今この場にいても意味がないからね。」
名も知らぬ精霊はあの剽軽な態度を崩さない。何か裏がありそうな雰囲気がある。
「率直に言って。私たちは何をすればいいの?」
溺結が言う。今にもこいつに襲い掛かりそうな気配がしているが、ギリギリ理性を保っているといったところか。
「大丈夫だ。シャラルに何かあったらアルケニーが身を挺して守ってくれる。それにアルケニーにはまだ異変はないんだろう?」
溺結は怨霊なので魂をよく感じれる。とりわけずっと俺の魂の中で一緒に眠っていたアルケニーの魂はよく見えるらしく、どんなに離れていてもアルケニーの状況がわかるとか。
「うーん、そうだなぁ。じゃあこうしよう。」
精霊はそう言って指を鳴らす。その直後地面から何か巨大なものがせり出してくる。砂が落ち切った後姿を現したのは巨大な扉だ。形状からして地下に続いているようだ。
「これは?」
「今僕が作った。そうだな…小迷宮、とでも名付けようか。本当の大迷宮は遠くの方にあるんだけど、そんなに大規模なものはここじゃ咄嗟には作れないからね。君にはここを攻略してもらうよ。僕たちは上で待っておくから。」
「なんで上に行くために下に降りるんだ?」
どう考えても塔の上にはたどり着けないだろう。それとも攻略した後に何かあるのか。
「はあ、ここは霊層だよ。摩訶不思議な精霊の力が働いてるんだ。現や呪層と一緒にしないでほしい。下に降りているからと言って、上に登らないとは限らないよ。」
ふむ、そういうものだろうか。溺結を見るが、そのことに納得しているような表情だ。つまりこれは嘘ではないということか。それが分かれば話は早い。さっそく俺と溺結がその扉に手を賭けようとすると、
「ちょっと待て、僕はさっき何と言ったかな?」
精霊に止められる。一体なんだというのだ。
「僕はここを”君”に攻略してほしいといったんだよ。だれも”君たち”とは言ってない。この意味が分かるかい?」
確かにそんなこと言っていた気がする。しかし君というのはこの中の一体誰のことを指しているんだ。俺か溺結、もしかして骨喰という可能性も…
「この小迷宮はラーザ、君だけで攻略してもらう。もちろんそこの怨霊も呪具も禁止だ。」
「ちょっと待ってよ。いくら何でも生身のラーザだけは…」
【そうだ。その条件はこちらに不利が働きすぎる。】
俺が何かを反応する前に呪い組が抗議の声を上げる。こいつら俺よりもよっぽど人間してる気がするが気のせいだろう。
「まあまあ落ち着け、お前ら。」
「落ち着けって、ラーザは大丈夫なの?」
「うーん…」
俺は考える。今の俺の戦闘力、こいつがどれくらいの難易度の物を準備してきたか、こいつの性格…色々込みで考えた結果、
「まあ何とかなるだろ。」
「……」
【…まあラーザがそう言うのであればそうなのだろう。】
「そりゃあそうだ。お前らは俺を誰だと心得ているんだ?任せとけ。」
そう言って俺は骨喰を柄ごと溺結に預ける。そして俺は正面を向きその重々しい扉を開ける。階段を降っていると背後から声が聞こえてきた。
「そうだ!この中には魔獣みたいなやつとか喋れる精霊がいるけど全部僕の力で作った疑似的精霊だから。そこのところは気兼ねなく。」
本当に妙なところで気が利くな、と思いながら俺が階段を降った。
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あの精霊が光となって消えたのち、【スクリーン】の中ではラーザ君と溺結さん、そしてあの精霊が少しの間話しているのが映っていた。何を話しているのかまでは聞き取れないが、途中で地面から扉がせりあがってきたので、恐らくこの奥に挑戦するのだろう。しかし、何を思ったのか入っていったのは彼一人で、溺結さんもあろうことか骨喰まで預けてしまっている。
「大丈夫なんでしょうか。」
横でマリアがそう呟く。私もすごく不安だが、今は見守るしかない。と思っていると彼が階段を降っている途中で【スクリーン】が途切れる。
「聖力のつながりが不安定なんだろうね。もっと大きな力に阻害されている。」
ルイス先生がそう言う。確か精霊が操る力…霊力と言う名前の力があるらしい。
「大丈夫、もうあそこは全部僕の一部みたいなものだからね。僕でも映せるよ。」
いつの間にか帰ってきていた精霊がそう言って指を鳴らすと【スクリーン】があった場所に同じような画面が映される。
「あ、溺結さん!」
精霊の横には溺結さんもいる。私は声をかけて溺結さんに近づく。すると私の服の中から一匹の小さな蜘蛛が飛び出す。
「シャー!」
「お、アルケニー。元気にしてた?」
溺結さんは近くの泡の中で寝ているシャラルちゃんに目向けて安心するような表情を見せる。それにしても全然気づかなかった。顔見知り?の蜘蛛だったから良かったものの、これが全く知らない蜘蛛だったらと考えるとぞっとする。
「溺結…君の名前は溺結というのか?」
あの精霊が驚いたように言う。そういえばこの精霊の前で溺結さんの名前は言っていなかったか。
「彼女の名前を知っているのですか?」
「知っているも何も…溺結と言えば呪層の主、神級怨霊の一体だろう。どうしてそんなのが現の民と一緒にいるんだ?そもそも神級怨霊にしては呪力が弱くないか?」
「まあそれは…色々あったからね。そういうあなたももうそろそろ自分の身分を隠す必要はないんじゃない?多分みんな薄々感づいてるよ。」
皆の注目がこのまだ名も知らない精霊に集まる。精霊は少し渋い顔をしたのち意を決したように言った。
「そうだね。僕の名前は…」
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あけましておめでとうございます。
先週、色々忙しく投稿忘れてました(汗
2024年もよろしくお願いします!