第百六十九話 剣の大精霊
鬱蒼とした森林の中を俺たちは進んでいる。空にそびえる黒い塔はこの森林からでも木々の間から確認できる。ここがエルフの村を取り囲む迷い霧のような環境じゃなくて助かった。
「ラーザ、あれ。」
溺結が進行方向を指さす。そこにいたのは人型の精霊が2人いた。これまで見てきたのは空飛ぶ謎の精霊とあの憎たらしい精霊、あとは周囲に浮かんでいる色とりどりの小さな淡い光くらいだ。溺結によるとこの淡い光も精霊らしい。
「おお、ようやく来たか。」
向こうも俺たちに気づいたらしい。立ち上がり、こちらに来る。片方は身長2mは優に越している筋肉質な精霊、背中には大剣を背負っている。呪層で戦った牛鬼に似ている気がするが、黒かった牛鬼とは違いその肌は赤い。もう片方は身長は俺より少し高いくらいで、痩せている。肌は紫色でその長髪は地面まで届いている。頂点に宝玉がついている杖を突きながら歩いてくる。
「彼らが王が仰っていた醜悪なものたちですか。確かにこれは…」
そう言って紫の方がゴホン、と咳をする。王というのは誰かわからないが、醜悪なものっていうのは俺たちのことでいいだろう。と、すれば王というのはシャラルを攫ったあの精霊のことか。
「刀を持っている方は俺が相手をしよう。一方は任せたぞ。」
「わかった。せいぜい殺さぬようにな。」
何やら嫌な予感がする。そう思っていると、一瞬にして景色が変わる。先ほどまで俺を取り囲んでいた森林は消え去り、周囲は漆黒に包まれる。その空間にいるのは俺とあの赤い精霊。向こうはすで背負っていた大剣を両手に持ち準備万端だ。
「楽しませてくれよ!」
精霊はその巨体に見合わぬスピードで俺との距離を詰めだした。
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「彼らはいったい誰なんですか?」
私-アテナ・メーティス-の隣にいるマリアが恐る恐る尋ねる。【スクリーン】上では今、ラーザ君と赤い精霊の戦いが始まったところだ。
「ん?ああそうだね。君たちは知らないのか。彼らは剣と魔法の大精霊。現にいる一番の剣豪と一番の大魔法使いの物語から生まれた精霊だ。まあだからその強さもそれに匹敵すると思ってもらえればいい。彼らにはあそこで醜悪のものを排除しろってお達しを出したんだ。」
現にいる一番の剣豪と一番の大魔法使い、それが事実であればラーザ君は勝てないだろう。確かに彼は非常に強い。並みの精霊であればその戦闘力で切り伏せることも可能だ。しかし、相手はラーザ君の出身である現で最も強い剣豪と同じ剣の腕を持っている。それはつまりラーザ君よりも強い、ということだろう。
「でも、そんなの関係ないよね。」
しかし私は何も心配していない。彼なら恐らくこの試練ごときすぐに乗り越える。そう思い、私は【スクリーン】の見守る。
「お前、ヒョロヒョロのくせになかなか耐えるな!」
赤い精霊がラーザ君に向かってそう言う。彼は純黒の刀である骨喰を両手で持ち、精霊の猛攻をしのいでいる。精霊は大剣を両手持ちしているのだが、その剣速は目で追うのがやっとだ。確かに強い精霊なのだろう。
「そりゃあ、どうも!」
彼は大剣を弾いて距離をとる。その漆黒の空間では彼の白い服装はよく目立つ。
「あの空間はいったい何ですか?」
ルイス先生が問う。
「あれはあの精霊の能力の一つだ。相手を強制的に剣での戦いに持ち込む。あの空間では剣での斬撃以外のすべての攻撃は無効化される。」
丁度その時、ラーザ君が精霊の脇腹を思いっきり殴った。いつもなら侮れない威力を誇る彼の拳だが、あの精霊には効いていない。
「あんな感じにね。魔剣や聖剣が持っている固有の能力も意味がない。」
本当に純粋な剣技が試される場、ということか。私だとすぐに負けてしまうだろう。
「めんどくせえ。」
ラーザ君がそう言って二人の剣撃が始まる。彼は何とか隙を見つけようとするが、やはり劣勢だ。
「どうしたどうした?守っているだけじゃ勝てないぞ!」
精霊がラーザ君から見て右側から大きな一撃を入れようとする。今のラーザ君の体勢と刀の位置からして防御は不可能だろう。
「勝負あったね。」
この精霊もすでに勝ちを確信しているのだろう。いつの間にか出現している紅茶を飲んでいる。
「っなに!?」
【スクリーン】越しとこちらどちらからも同じ声が聞こえる。正直私も驚いた。彼なら勝てると思っていたが、まさかそんなことができるとは。
「本当はこれ、使いたくなかったんだけどな。」
彼は右手で大剣の刃を受け止めている、本来であれば生身の人間ならば綺麗に斬られているところだ。しかし彼の掌から少し血が滲んでいるだけで刃は一向に進まない。銀色の指輪で身体強化がかかっていると言ってもそんなことが可能だろうか。
「じゃあ、折るぞ。」
ラーザ君は右手を少しずづ捻っていく。最初の方は大剣が邪魔をしていたが、だんだん大剣の方が歪んでいく。
「ま、まさか…」
鈍い音を立てて大剣は根元から折れてしまう。彼は片割れを宙に投げ捨てて、得意気な顔をしている。
「まあ剣の腕は立つけど剣自体に問題があったな。で、ここはどうやったら出れるんだ?」
「な、舐めるなよ!」
精霊が大きく手を振り上げたかと思うと、その手の中に先ほど同じ大剣が生成される。そんな力があったとは、油断しきっているように見えるラーザ君に大きく振りかぶる。
「はあ、素直に負けを認めろって。」
彼は冷静にもう一度右手でその大剣を受け止める。また血が滲むがやはり深くは食い込まない。
「ぐわああ!」
彼はそのまま左手で持っていた骨喰で精霊の両腕を切断する。血が出ているわけではないが、痛いのは痛いのだろう。
「あ、空間が壊れる。」
私たちの近くにいる精霊がそう呟く。その瞬間黒い空間に亀裂が生じ、先ほどの森の中に戻る。
「あ、おかえり。ラーザ。」
そこいたのは溺結さんと、もう片方の紫の精霊だ。たしか一番の大魔法使いの精霊と言っていたような気がする。溺結さんは右手の人差し指を立てている。
「なに、あれ…」
誰かがそう呟く。その理由は明確だ。溺結さんの周りには無数の魔法があるからだ。紫電の弾、蒼炎の槍、白水の剣、緑風の矢、どれも溺結さんの方を向いて入る。