第百六十五話 エルフの姫様
「あのなぁ、会った瞬間幽霊なんて失礼だろ。」
俺はこいつが部屋に逃げ込んだ後衛兵をその場で押しのけて後を追い部屋に入った。その後一悶着かあった後、なんとか二人に納得してもらい、衛兵には部屋を出てもらって今に至る。俺は床に胡坐をかいて座り、姫様はベッドで寝転がっている。
「だって…あんたがこんなところにいるなんて思わなくて…死んだんじゃないの?」
「俺からしたらお前が生きてる方が驚きなんだが…なあ、ミレミア?」
ミレミア、エルフの村の村長であり先ほどの衛兵に姫様と呼ばれたこのエルフの名だ。エルフの中でも特段美しい長髪と碧眼を持っている。
「はぁ、お互いが死んでると思っていたってことね…まあ色々説明してもらいたいことがあるし、夜はまだまだ長いからいいでしょ、ラーザ?」
ミレミアが起き上がるとその姿が月明かりに重なり、黒い影のみが俺の視界に映った。
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「ふーん、あんたも色々大変なわけね。」
俺が一通り話を終えた後、ミレミアは眠そうにつぶやく。一応転生をしてることから今の現状まで話したのだがこいつ本当に俺の話を聞いていたのかいささか不安だ。別に俺には関係ないからな。
「じゃあ今度は俺の質問に答えてくれよ。なんでまだ生きてるんだ?俺の記憶が正しければ俺はお前に2000年前に会っているはずだ。」
そう、俺はこのミレミアというエルフに見覚えがある。2000年前、四大魔族と共にエルフ領を訪れた時にはまだ5歳とかそこらへんだったが、それでも一目見ればわかるほど面影を保っている。
「あんたたち魔族や人間と違って私たちエルフが長命なのは知ってるでしょ?」
「ああ、どういう理屈かは知らないが、お前たちは同じルカの子孫としてはありえないほど寿命が長い。だがだからと言って2000年も生き続けるのはおかしいだろ。普通。」
まあ俺なんかは2000年生きてるし、魔導や魔将に関しては一度も死なずに2000年間を生き続けている猛者だ。もしかしてミレミアも魔将と同じ原理で生き続けてるのか?
「その理屈は…」
【精霊との契約だろう。】
これまで黙っていた骨喰がしゃべりだす。ミレミアは一瞬驚くような表情を見せるが、先ほどの俺の話で骨喰のことは話してあるのですぐに納得するようにうなずく。
「なんだ?精霊の契約って。」
「やっぱり。あんたから神器の話を聞いた時からもしかしてとは思ってたけど、やっぱり知ってるんだ。私たちの秘密。」
ミレミアは一つため息をした。そして顔を上げると今までの表情を一変させ、まじめな顔になる。
「いい?今から言う話は絶対に口外禁止よ。これはエルフの中でも地位が相当高い人間しか知らないんだから。」
「わかった。約束しよう。」
その言葉を聞いて安心したのか、少し表情を和らげる。そして彼女の口から紡がれる言葉は俺が溺結から初めて怨霊の話を聞いた時と同じくらい衝撃的なものだった。
「遠い昔、私たちの祖先は移動民族的に暮らしてたの。あるとき民族の子供が一人行方不明になってね…総出で捜索中にあるものを発見したの。」
ミレミアは紙に絵をかいて表現してくれた。そこに書かれているのは森の中に浮かぶ空間の裂け目だった。まるで骨喰で現と呪層を繋いでいる時のような。
「民族で最も力に自慢のある戦士が言ったわ。」
「俺が中を見てくる。みんなは待っていてくれ。」
戦士は裂け目の中に入った。そこに広がっていた光景は信じられないものだ。普段とは違う淡い色の空、空を飛ぶ鳥は見たことないものばかりで、翼の無いものも飛んでいる。
「うわーん!」
少し離れたところから泣き声が聞こえてくる。戦士は声の方向へ急いで行った。そこには足をすりむいて泣いている男の子がいた。戦士は男の子を介抱すると、出口へと急いだ。もうそろそろ出れそうだというタイミングで戦士の体は急にバランスを失い倒れてしまった。
「はっはっはー。この場所に無断で侵入しておきながら無事に帰れると思ってるのかい?」
どこからともなく声が聞こえてきた。戦士が何度立ち上がろうとしてもどうしても倒れてしまう。
「まあいい。せっかく僕たちを見つけてくれたんだしね。君たちにはこの場所のガーディアンになってもらう。」
謎の声が言うには今後この場所に勝手に入り込まないように扉‐恐らくあの裂け目のことだろう‐を守っていてほしいということだった。その代わりに提示されたのは圧倒的な長寿と様々な生きる知恵である。
「以降、私たちはエルフと呼ばれるようになり、裂け目を死守しているの。」
色々と知りたいことが多すぎて頭の整理が追い付かないが、恐らくその謎の空間というのはこの世界の重なる3つの層のうち、現と呪層を除いた最後の一層だろう。まさかそんな昔からその層のことを知っているとは思いもよらなかったが。
「へえ、じゃあなんでお前はそのエルフの長寿の中でも、超長寿なんだ?」
「それは…私が契約を変えたから。」
「契約を変えた?」
「うん、エルフの代表者はね、一生そこの見張りをしてなきゃいけないの。異物が入らないように。外に出ることもできない。何もできない。本当にすることがないし苦しいのよ。そんなの、ひどいでしょ?だから私が言ったの。」
【永遠にお前が裂け目を守護することを条件に不老にされたのか。それは酷な決断だ。永遠に生きるということはどういうことか分かっているのか?】
俺もそのつらさはよくわかる。2000年も生きてきたら様々な別れを経験する。親し人との別れはいつでも心に暗い影を落とす。
「でも大丈夫、もう慣れたから。」
この娘は見栄を張っているのだろう。全然慣れていないことは目に見えてわかる。しかしあえて水を差すまい。
「で、本題なんだけど…」
俺はポケットの中からとある箱を取り出した。