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第百六十三話 隠し事

「いい子だね、シャラルちゃん。」


アテナがそういう。シャラルは誰にだって好かれる人気者だからな。しかし、そんなことを話すためにここにいるわけではないのだろう。


「何を話しに来たんだ?」


俺がそう尋ねるとアテナは顔に少し笑みを浮かべる。その笑顔は俺がまだアレス・アカデミアの生徒だったころとほとんど変わりない。


「何が面白いことでもあったか?」


「ううん。ただ、ラーザ君は変わらないなって。直球的に物事を話すところとか、すごく観察力がいいところとか。今だって私が話があるのをわかってたでしょ。」


「そういうアテナだって全然変わってないぞ。でもまあ実力的にはすげえ上達してるのがわかるけどな。」


アテナの魂を観察するとその聖力量も質も大幅に向上しているのが火を見るより明らかだ。稀有な才能である光属性への適性を伸ばしているのだろう。かといって他属性を蔑ろにすることなく練習しているのも見てわかる。


「ラーザ君にそう言われるとなんだか自信つくな。君は最近どうなの?」


「俺の方もまずまずだな。今はシャラルの特訓で忙しい。」


「君はもともと強いから焦らなくてもいいよ。さっきの戦いもすごかったよ。今の学園でウラノス君に勝てる剣士なんていないんだから。」


そりゃあそうだろうな。逆にあれほどの逸材がたくさんいても困る。


「じゃあ、そろそろ本題に入ろうか。」


アテナが真剣な表情を浮かべる。俺は持っている道具を荷物にしまって改めてアテナに向き直り話を聞くことにした。


「君、何か私たちに隠してることがあるでしょ。」


その声を聞いた瞬間心拍数が大きく跳ね上がる。まさか俺が魔族ということを感づいた?そんなわけがない。そもそも最近コミュニケーションをとってすらいなかったのだ。いや待て、もしかして百鬼夜行後の俺が意識を失っている間に魂を観察して気づいたのか?しかし、あの時すでに俺の魂は魔力を作り出す能力を失ってたし、それ以前に作っていた魔力は完全に消費しきっていた。その可能性もない。


「な、何のことだ?俺には全く身に覚えがないが。」


少し声が上ずってしまった。まずい、これは更に怪しまれる可能性が。


「嘘つき、私は君のこと結構わかってるつもりだよ?さっき私は君は何も変わっていないって言ったけど、実は少しだけ変化に気づいたの。みんなが気づかないような些細な違い。」


ふむ、以前の俺と今の俺の違うところか。であるとしたら俺が実は魔族でしたというのは違うな。以前アテナたちといた時も俺はずっと魔族だったからな。


「へえ、なんだ?」


俺は少し余裕を取り戻した。恐らく別のことだろう。いったいこの娘は何に気づいたというのだ。


「君、食事を楽しまなくなったよね。」


「……どうしてそう思う?」


「私が知ってる君はご飯を食べるときすごくおいしそうに食べてたよ。私がどんなお弁当を持ってきてもそれを夢中で食べて、いっつも完食してた。でも、夕食の時に違和感があったの。君、全然食べてなかったじゃん。私たちに色々話をしてくれてた間にも食べてないし。時々物を口に運んでも無感情に口を動かすだけ。これは何かあったって思ってもしょうがないでしょ?」


「…その通りだ。俺は飯を楽しんでない。その理由はわかるか?」


「そこまではわからないけど…。」


「簡単だよ。ほとんどの怨霊に味覚は存在しない。」


俺のその言葉で理解したようだ。アテナの表情が一変する。ちなみに言うと一応味覚のある怨霊は存在しいるらしく、味に対する負の感情で生まれたやつとか、あとは人の胃袋をつかんで束縛したいとかいうエグイ感情による呪いも持っている溺結もそうだ。


「つまり、君の魂の根幹を構成してる怨霊に味を感じる能力がないから君の体もそうなったということ?」


簡略化して言うとそんな感じだ。正確に言えば肉体は魂に影響されるので、味覚を感じない魂には味覚を感じない肉体が構成されるということだ。俺のこの白い眼と髪のように。


「それと同じ理論で俺は嗅覚もなくした。なんなら触覚に関しても体が刺されるとかの鋭くて激しい痛みじゃないと感じないし、熱に至っては全く感じないぞ。炎の中に飛び込んだり、氷漬けにされても感覚としては何も感じないだろうな。あとついでだが、怨霊には体温というものがないから俺の体も多分めっちゃ冷たい。」


アテナは何かに気づいたような表情をする。それにしても本当に炎恨は戦闘に特化した怨霊だったな。戦闘に不必要なの力をほとんど持っていなかった。


「それは…大変だね。ごめん、なんだか上手に表現できないけど。」


いや、そうなるのは当然だ。これは周りの人間には絶対に解決できない問題だからな。シャラルにはこのことを話していない。溺結や骨喰は感づいていそうだが、向こうからそのことを話題に出すことはしてこない。


「ごめんね。」


しばしの沈黙の後、アテナが突然言葉を発した。俺はその言葉の意味を理解しようとしたがそれは叶わなかった。


「いや、全然アテナが謝るようなことじゃ…」


「いや、私、君にひどいこと言っちゃった。そんな制限された生活を強いられてるのに私あの時あんなことを…」


多分俺たちの別れ間際の会話のことだろう。そんなこと気にしてない。あれは俺が言われて当然の行動を取ったのだ。それを伝えを伝えようとアテナの方を向くと、


「本当に私…君が頑張ってたって知ってたのに…何か事情があるってわかってたのに…」


その顔には涙が伝っていた。本当にこの子は人にために思いやれるいい子だ。でなければこの涙をどう説明しようか。そう思っていると、アテナが涙を拭いこちらを向く。


「どうした?」


「ありがとう。」


今度はいったいどうしたんだ。謝ってきたと思ったら今度は感謝って。


「たぶん君は私たちを守ってくれたんだよね?怨霊の手から。」


「いや、お前らを守ろうとしたわけじゃなくてな。」


明確な意識はなかった。あの時はただ俺がしないと世界が終わる、そのような感覚に陥っていただけだ。


「でも、結果的に私たちは守られた。でも君はまだ誰にもお礼を言われてないんじゃない?」


「いや、俺はお礼を貰おうだなんて」


「君がされたいかなんて関係ないよ。君はされるべき行いをしたってだけ。今、私以外に君に感謝をしようとする人はいないからさ、私が王都の民を、いや人間を…違うね、世界を代表して君にお礼をしたい。だめ、かな?」


アテナはゆっくりと、しかし力強くそう言った。その顔は冗談ではなく本気である。その勢いに追されたというのが一つ。そしてもう一つ、俺がその申し出を受け入れた理由がある。


「本当にありがとう、ラーザ君。君は間違いなく世界を救ったんだよ。」


月明かりに照らされた彼女は非常に美しかった。それは2000年間という俺の記憶の中でも間違いなく一番に。

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