第百六十二話 負けられない戦い
何本かの打ち合いの後、俺たちは一旦距離を取り相手を観察する。ウラノスの剣の腕前は相当高くなっていて、なかなか勝負を決める一撃につなげることができずじれったいが、恐らく向こうもそう考えているだろう。ひりひりとした感覚が俺の全身を駆け巡る。
「……!!」
ウラノスが一気に来た。地面を蹴って俺のとの距離を詰める。両手で持った剣が高く振り上げられられ俺の眼前へと迫る。
「っぐ」
俺は剣の柄と刀身の先の方を片手ずつで支えてウラノスの一撃を受け止める。その一撃は思わず声が出るほどに重かった。足元の地面が抉れていき、俺は後ろに押される。
「流石だ、なっ!」
俺は剣先を支えている手に力を込め、ウラノスを押し返す。そのまま片手で剣を握り直し、ウラノスと打ち合いが始まる。ウラノスの基本スタイルは大型の剣を両手持ちだが、俺は普通の大きさの剣を片手で使う。正面からの打ち合いでは少し不利をとるため隙を見て距離をとる。
「何これ…速い。」
俺はウラノスの周囲を全速力で駆け回る。日ごろの鍛錬、指輪による身体強化、夜であり光源は焚火のみという状況により、ウラノスは俺を目で追うのをやめる。俺が来たところに合わせるつもりだろう。
「ラーザ、行っけええ!」
シャラルの声が聞こえる。俺はその声がしたと同時にウラノスへと切り込む。ウラノスから見て右斜め後ろ、完全な死角だ。しかし、俺の刃は咄嗟で反応したウラノスによって阻まれ、金属同士がぶつかり合う鈍い音が響く。
「なかなかやるな。」
その後また剣を打ち合った後、もう一度距離をとる。両者ともに肩が上下している。恐らく次で決まるだろう。
「ラーザ、俺は鍛えてきた。己の剣のみを頼りにここまで来たのだ。ラーザは確かに強い。だが、剣の腕に関しては負けていられないのだ。」
「ははは、面白いことを言うな。確かにめっちゃ強くなってるよ、お前は。けどな、俺だってまだまだお前に負けてやるつもりなんてない。」
俺は四大魔族だぞ。確かに剣を専門として来たわけではないがまだ20にもなっていない少年一人に後れを取って良いわけがない。たとえそれが黄金の世代の一人であり、将来人間領最強の剣士になる存在であっても。
「では、ここで決めさせてもらう!」
ウラノスは最初の時のように両手で持った剣を高く振り上げ俺に突進してくる。今度は俺は剣で受けるのではなく、大きくジャンプし、体を空中でひねりながら対応する。その後背後から空気が切り裂かれるような音を立てながら刀身を振り下ろす。
「おお、あれを防いだぞ!」
周りから歓声が聞こえる。ウラノスは大剣をひっくり返して掌から下に刃が出るようにしてそれを背中に突き出すような形で俺の剣をはじいたのだ。後ろを見ずとも相手の位置を正確に感じ取り防御をするというのは相当難易度が高い大技だ。
「終わりだ。」
俺は剣を弾かれた衝撃で大きくのけぞる。魔法や術式を行使しないこの立ち合いにおいてこの距離でのけぞるというのは敗北を意味する。するとしたら剣を頑張って体の前にもってきて防御を試みることだがそれも間に合いそうにない。ウラノスも周囲も全員が結末を確信した。しかし俺はまだあきらめていない。
「なっ!?」
ウラノスの口から静かな声が漏れる。その理由は簡単だ。俺が持っていた剣が地面へと滑り落ちたからだ。何のことはない、ただ俺が手の力を抜いて剣を落としただけ。しかしこの予想外の動きはウラノスの動きを一瞬止めるのに充分であった。
「戦場で隙っていうのを、一瞬でも見せてみろ。その場で喰われるぞ。」
俺は剣を持っていた反対側の手で握りこぶしを作り、全力でウラノスの腹を殴る。食後といっても容赦はしない。向こうが勝つと言ってきたのだ。俺も本気で行く。俺は地面にまだ落ちかけている剣の柄を握り直し吹っ飛んでしまったウラノスに突き立てる。
「…勝者、ラーザ!」
ルイスの声が闇夜の森に響き渡る。わずかな沈黙の後の大歓声。いい試合を見たという声も聞こえる。
「ラーザ」
ウラノスが立ち上がり、俺を呼ぶ。駆け寄ってきたアテナがまだ座ってて、なんて言っているがそんなのお構いなしだ。
「俺の負けだ。俺もまだまだのようだな。」
その目は少し笑っている。あの仏頂面のウラノスに笑顔なんてあるのか!?なんて思ったその直後笑顔は消える。
「教えてくれ、なぜそんなに強い?俺には何が足りない?」
「あー、そうだな強いて言うなら、経験の差じゃないか?」
「経験?」
ウラノスが少し眉を顰める。
「そ、訓練だけじゃ学べないこと。実戦でのみ鍛えられる感覚や戦術だ。最後のもそうだっただろ?」
手に持っている武器を捨てる、という一見すると意味不明な行動でも逆転の一手となりえるのだ。そのことは訓練や授業では学べない。
「だから、実戦経験を積めよ。俺に追いつきたきゃな。」
俺はシャラル達と一緒にテントへと戻る。もうずいぶん遅い時間だ。明日の朝も早いのでな。
「じゃあ、おやすみ。シャラル、アルケニー。」
「うん、おやすみ。ラーザ。」
「シャー」
溺結と骨喰もその場で休み始める。怨霊は睡眠をとる必要はないのだが、こいつらは妙に人間らしいところがある。
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俺はテントを出る。まだ朝日が昇るには早い時間だが、道具の点検などをしたいので、起こさないようにそっと荷物を運び、切り株の上に座る。
「朝が早いんだね。」
背後からそんな声がした。誰かが起きているなんて頭になかった俺は驚いてその時手に持っていたナイフを地面に落としてしまう。
「まあ、ちょっと眠れなくて。」
「そう、私も一緒。」
その可憐な声の主、アテナは俺の横の切り株に腰掛けた。