第百六十一話 迷い霧の森
鬱蒼とした森林、すぐ前ですら霞んでよく見えなくなるほどの霧。久しぶりに来たが本当に迷い霧で覆われたエルフの森は道に迷いやすい。
「ラーザ、この森はいつまで続くの?」
隣にいるシャラルが声を上げる。
「はは、我々でもどれくらい時間がかかるかは知りませんからね。運が悪ければ3日ほど彷徨うことになるでしょう。」
ルイスが手に持ったコンパスを見ながら言う。あれは魔法具らしく、目的地を方向を指し続けてくれるらしい。しかし、そのコンパスの指す方向に向かっていながらも途中で突然向きを変えることがある。
「先生、今日はこのくらいにして、休みませんか?すでに疲れが来ている生徒もいます。それに日も暮れてきていますし。」
アルガスがそう提案する。後ろを振り返れば確かに疲れてきている生徒もいる。迷い霧の森は魔獣がほとんど出ない場所だからと言って慢心はできないだろう。
「わかった。じゃあここら辺にキャンプを張ろう。みんな、設営は覚えているね?」
「「はい!」」
まだ元気のある生徒たちがテントの設営に取り掛かり始めた。おそらくこの状況も見越してそれ用の練習も行ってきたのだろう。手つきもある程度は慣れている。俺たちはその様子を木にもたれかかりながら観察する。
「ラーザ、この森…どこか変だね。」
溺結が言う。まあ確かに他の森に比べたらおかしな点は多いな。
「俺たち四大魔族であってもこの森を抜けるのは苦労したんだぜ?それに方向感覚の攪乱の原理はまだ未解明だし。なんか知らないのか?」
先ほどコンパスの方向が突然変わったりした原因は、方向感覚がやけに悪くなるということだ。本人たちはまっすぐ進んでいるつもりでも全然的外れな方向に進んでいるということが多々あったのだろう。俺自身もそれを知覚することは難しいが。
【まあそう焦るようなことでもないだろう。いずれ時が来たら自ずと知れるものだ。】
骨喰がそう言う。何か知っていそうだが、今は話す気がないのだろう。まあそんなに重要な事柄でもないので、深追いはしない。
「シャラル、俺たちも準備するぞ。」
「うん、わかった!」
その後俺たちはアレス・アカデミアの生徒たちのテントに隣接する形でテントを立てる。向こうは巨大なテントではなく、複数の中くらいのテントを立てている。
「ご飯でも一緒にどうだい?」
俺たちが一休みしていると、ルイスがそう申し出てきた。まあこちらとしても断る理由がないので、ついて行く。
「あ、ラーザ君!」
アテナがこちらに気づいて席を少しずらす。あそこに座れと言うことだろう。俺たちはその厚意に甘えて隣に腰掛ける。
「……」
周囲に微妙は雰囲気に包まれる。うん、やっぱり気まずいな。
「さ、食べよう。」
アテナが俺によそってくれる。俺はその皿を受け取りながら皆を観察する。前会ったときはゆっくりと話をする機会もなかったのでよくわからなかったが、みんな本当に強くなっている。気配だけでよくわかる。
「ラーザ、これすごくおいしい!」
シャラルがおいしそうに食べる。その声は場の雰囲気を和ませてだんだんと話し声が聞こえるようになってきた。
「そうでしょ。みんな料理上手だから」
シャラルの隣に座っていたのはマリアだ。その後2人は一気に仲良くなって楽しそうに話し始める。
「楽しそうだね。」
溺結がそう言う。その後溺結は骨喰をもって立ち上がった。
「おい、どこ行くんだ?」
「こんな機会めったにないんだから、楽しんで。私と骨喰は先に戻っとくから。」
【ああ、ではな。】
そう言って俺たちのテントの方へとそそくさと帰ってしまった。怨霊なのに変なところで気が利くんだよな。
「あのさ、ラーザ君。」
アテナが話かけてくる。その奥にはアルガスとアリアもいる。
「ん、どうした?」
「話、聞かせてよ。君がしてきた冒険の話。」
不思議な状況だ。貴族様が犯罪者と並んで座り、犯罪者側の話を聞こうだなんて。しかし今はそんなことはどうでもいい。どちらかと言えば俺がまだアレス・アカデミアの生徒だった時のような感じだ。横を見ればいつの間にかアルケニーは寝てしまっている。
「そうだな、例えばこんな話はどうだ?」
俺はいろいろなことを話した。ダンジョンの大部屋に閉じ込められてゴーレムと戦った話、その中から骨喰を見つけた話。シャラルの特訓の話など。3人ともよく聞いてくれた。ときには驚いたり、興奮した表情を見せてくれることもあった。気づけば聞き手は3人だけでなくシャラルも含めたその場にいる全員になっている。
「今ある話はこれ位かな。そんなに面白い話はなかっただろ?」
「いやいや、そんなことないよ。すごく楽しかった。」
まあそう言ってもらえるならありがたいが。
「これまでいろいろな経験をして来たのですね。いつか本にして出版できそうです。」
アリアがそういう。
「じゃあその時は今回の冒険のことも入れようかな。」
俺はそう言って立ち上がる。
「よし、もうそろそろ片づけするか。」
俺が言うと、みんなが一斉に動き出し、テキパキと進んでいく。
「ラーザ」
ウラノスが俺を呼ぶ声が聞こえる。振り返ると鋼の剣を2本持っている。俺は意図を察して1本受け取る。
「いいね、食後の運動と行こうか。」
その後自然とみんなが円になって座り、俺たちは中央で相対する。溺結と骨喰もいる。
「契約呪術には反さないはずだ。これは両者の合意の上でやってる。魔法はどうする?」
「魔法は【エンハンス】のみ可能としよう。ラーザはその指輪でいいか?」
それならフェアな戦いができるな。俺はそれでいいという意思表示で首を縦に振る。
「それでは、よーい、はじめ!」
ルイスの審判の元、俺たちは一気に距離を詰める。