第百六十話 早すぎる再開
「ラーザ!」
シャラルの声が奥の方から響く。麻袋のようなものに入れられて、顔だけが外に出ている。そしてその両サイドに男が2人。手には何も持っていない。
「無事か?今助けるからな。」
俺は周りの人間など無視して、シャラルに近づく。
【おい、ラーザ。この者たちは…】
骨喰がそういう。その声を聞いて周りを見た俺は、衝撃で声が出なくなる。
「え、ちょ…なんでいんの?」
その場にいるのは俺がよく見知った顔。というより少し前に出会った顔だ。
「これはこれは、ラーザ君。奇遇ですね。」
ルイスがこちらに歩み寄ってくる。その周囲にはアレス・アカデミアの一期生達。
「それはこちらの質問ですがね。偵察隊に明日の下見をさせに行かせたら、この子を攫ってくるんですから。さながら犯罪者のようですが、こちらには大義名分があるので。」
「大義名分ね…いったいどこの法律に幼気な少女を攫っていいって書いてあるんだ?」
それを言うと、ルイスは、ふっと笑う。今気づいたけど、アレス・アカデミアの校長のであるジェイクもいる。
「それは対象が普通の少女の場合だ。それが脱獄班と一緒に連れ去られたかわいそうな少女の場合はどうだ?保護が必要だろう。」
「かわいそうだと…よくもそんな口が利けたな。お前もこの子がどういう処遇を受けていたかを知らないわけではあるまい?」
あの独房の風景が目に浮かぶ。俺が入れられるまでどれほど長い時間を孤独が埋めてきたのだろう。
「私は私の意志でラーザについて行ったの!」
そう言えばそんなこともあった。俺が脱獄の時に任意参加だって言ったら、めっちゃ怒られたんだよな。あの時は本当に迂闊な発言をした。
「はあ、心まであいつに操られてるなんてかわいそうですね、ルイス様。これは解放してあげないと。」
シャラルのすぐそばにいた男が一人前に出てくる。そして服の下から短刀を取り出す。刃は薄く銀色に光っている。
「お前もいっしょに捕えてな!」
そう言って急にこちらに斬りかかってくる。完全な不意打ち。男は殺れる、と思っているのだろう。その口角は上がっている。
「ラーザ君!」
その瞬間、これまで沈黙を保っていた生徒の一人、アテナが声を上げ割って入ろうとする。しかしその動きはルイスにより妨げられる。
「安心しなさい。彼はこの程度でやられませんよ。」
俺はその会話を片耳に聞きながら目の前まで迫っている短刀の刀身を左手の中指と人差し指で下から挟む。俺の人差し指には銀色の指輪が光っている。
「なっ、動かねえ。」
俺はそのまま左手を後ろに引き、男を俺に引き寄せる。
「ちょっとうるさいから眠っててくれ。」
俺は右手で思いっきり腹パンを食らわせる。男はうめき声をあげ、その場で気絶する。うん、ちょっと強く行き過ぎたか。俺は男を横に寝かせてから向き直る。
「さて、まあ騎士団の人ですよね?俺はこれで反逆罪とかになりたくないんで、今回シャラルを攫ったことは不問にしておきます。ですが、」
俺は声のトーンを一段階落とす。
「これ以上この子に危害を加えれば…どうなるか分かりますよね。」
俺がそう言うと全員の顔が少し青ざめる。そんなに怖い声だっただろうか。シャラルでさえ少し引いている。
「そうだ!あなたたちは今から修学旅行ですか?」
俺は話題を転換する。生徒のほかにルイスとジェイクがいる。王都からここまで遠出というのも納得がいく。そしておそらく行先はあそこだろう。
「そうだが…何かあるのか?」
「そうでしたら、俺たちも連れて行ってください。」
俺がそう言うと今度は全員がポカン、とする。
「その要求を聞いて素直に「はい」と言えるほど我々は柔軟じゃないぞ。」
ジェイクが答える。そりゃあそうだ。しかしそれは今この状況での話。状況が違えば話も違う。
「ラーザ!」
後ろで扉があく。この声は溺結だ。足音的にアルケニーもいる。
「遅いぞ。もう全部終わった。」
「これは…」
溺結も予想していなかったのだろう。一瞬固まる。
「状況はあとで説明する。っと、これで事態は変わったな。今は俺が有利だ。よもや神級怨霊と戦りあうなんて言わないよな。」
ジェイクの額から汗が流れる。しかしご老人はこの状況を楽しんでいるようにも思える。
「はっはっは、一気に形勢逆転じゃ。どうする、ルイス先生?」
「これは従うしかないでしょう。我々では対処が難しい。」
溺結はまだ状況がつかめていない。しかしこれでエルフ領に行くための目処が立ったわけだ。予想外の方法であったが。
「そうですね。今戦って勝つのは難しいでしょうが…逃げることはできるはずだ。そう、あの迷い霧の中ならね。」
あの場所に置いてけぼりにして逃げ切る作戦も考えられる。
「そう言われたら信頼してくれとしか言えない。」
「いえいえ、ここは契約を結びましょう。溺結、契約呪術を使ってくれる?」
「え、うん。わかった。」
契約呪術、お互いに契約を結び、それの履行を約束させる呪い。両者の合意が必要だが、その執行力はすさまじい。それを破ればとてつもない代償を支払うことになる。
「契約呪術か。本当に君は物知りだな。それは呪詛研究の最前線だぞ。まあいい、結ぼう。」
そう言ってルイスが前に出てくる。なんだ、こいつら知ってたのか。それなら話が早い。
「何言ってるんですか?俺はあなたとは結びませんよ。あなたと結んだところで利益は薄い。結ぶならあなたたちが大切にしている子供たちだ。そうだなぁ、できれば複数人と結びたいけど一人当たりの負荷が減るし。やはり失った時の損失が一番大きいのがいい。」
「はは、君はどこまでもいい性格をしているね。で、誰と結ぶんだい?」
「ウラノス、アテナ、アリア。この3人中から一人選んでください。俺は誰でもいい。」
やはりダメージを与えるならこの3人だ。人間領からしたら絶対に失いたくない。
「この下衆が!私たちがそのような契約を結ぶなど…」
アルガスが声を上げる。あの子は本当に変わらないな。しかし俺を聞いて安心した。彼女なら反対してくれるだろうと思っていたから。
「断るならお前ら全員溺結に呪殺してもらうだけだけど、いいの?」
それを聞いて会場はどよめく。今この場はどちらが優勢かをはっきりさせる必要がある。
「私、いいよ。」
アテナが前にでる。そう、そして俺は応えるなら最初はアテナだと思っていた。他者を思いやれる優しさを持っている。
「じゃあ、手を突き合わせて。」
溺結が言う、その指示通りに俺は左手を、アテナは右手を出し、掌を合わせる。その瞬間アテナの目が少し見開かれる。
「両者、契約に同意しますか?」
俺の脳内に契約内容が流れ込む。俺たちをエルフ領に連れていきまた人間領に返すこと。その間は両者争いを起こさないことなど。
「ああ。」「うん」
「じゃあ、契約成立。」
溺結の呪力が俺の魂を縛り上げる。この契約を破ればこの呪いが発動する。
「集合は明日の朝の7時ごろ、大結界の前だ。遅れんなよ。」
「うわっ、ちょ、ちょっと!」
俺はシャラルを担いで部屋を出る。結構いい布の袋だ。