第百五十六話 平和な日常
「【サンダー・ボール】!」
青髪の少女がそう言うと黄色の雷の弾が3つ浮かびあがり、対峙している体長2mほどの蟻に飛んでいく。
「……やったぁ!」
術式の発動者、シャラルは手を上げて喜ぶ。蟻型魔獣であるキラーアントは目の前で息絶えている。キラーアントの働き蟻自体は危険度3に分類される。ちなみに巣の奥にいる女王蟻は特別警戒魔獣だ。
「おめでとう。初めての危険度3単独撃破だな。」
俺は手を叩きながらキラーアントの死骸に近づく。こいつの牙が今回の依頼の物だ。これを後4本。
「うん、今までの私だったら色々サポートしてもらってたから…」
シャラルは本当に強くなってきた。俺が呪層から帰ってきたときも一人で術式の練習をしていた。まだ至らない部分は多いが、それでも十分戦力として数えられる。
「強くなって、私もうれしい。」
「シャー!」
溺結とアルケニーもそう言っている。ちなみに溺結は呪層から帰ってきて初めましてだったが、すぐに仲良くなって、正直多分俺よりも懐いている。どっちがどっちにとかは言えないが。
【ラーザ、誰か来ている。】
骨喰が言う。確かに足音が複数近づいてきている。
「おっ、ラーザじゃねえか!順調か?」
デラニーとその一団だった。後ろの方にエルヴィスもいる。エルヴィスは今日は休暇日だろうか?
「最近はめっきり後進の育成に邁進してますよ。」
「デラニーさん!お久しぶりです。」
後ろで牙の処理をしていたシャラルが声を上げる。それを見てほほ笑むデラニー。
「しっかし、すげえな。この短期間でシャラルの嬢ちゃんもすっかり強くなってる。こいつもシャラルちゃんがやったんだろ?」
「ええ、一人で倒しましたよ。俺たちは何もしてません。」
デラニーやエルヴィスなどの一部の人間には俺が呪層でしてきたこと、その結末、そして今の俺の現状を教えている。もちろん溺結が何者かも知っている。
「はっはっは、ラーザほどの実力者が専属の師匠やってんだ。こりゃあ今後も期待大だな。じゃ、私たちはもうそろそろ行くわ。」
そう言って去っていく一団。最後にエルヴィスがこちらに近づいてくる。
「今夜にでも本部へ来てくださいと、会長からの伝言です。シャラル様はお連れせずに、ということです。」
それを俺の耳元で囁いたのち、深くお辞儀をしてデラニーたちについて行く。シャラルはきょとんとしているが、少し嫌な予感がする。ちなみに会長というのはこいつが専属秘書をしているドレーク、現冒険者協会の会長のことだ。
「はいはい、わかりましたよ。ま、いいか。シャラル、続きしようぜ?」
俺が振り返った先にはキラーアントの巣があり、そこから6匹出てきているところだった。仲間の死を感じて出てきたのだろう。流石に同時に6体相手は今のシャラルには不可能だ。
「シャー」
アルケニーが前に出る。確かに特別警戒魔獣の鬼蜘蛛であるアルケニーならば余裕だろうが、それではシャラルの訓練にならない。
「溺結、1匹ずつ来るようにあいつらの動き止めれるか?」
「わかった。」
その言葉の瞬間、6匹中5匹の動きが止まり、残りの一匹がこちらに向かって動き出した。これが溺結の力だ。いつ見てもすさまじい。
「シャラル、次は連戦の練習だ。なるべく体力を使わない立ち回りを心がけろよ。」
「わかった、やってみる。」
シャラルは純粋な魔法職だ。最初の戦闘でこいつにフィジカルの才能がないことが発覚してしまったからな。まあ術式の才能もめちゃくちゃ高いわけではない。というか聖力が何かしらに邪魔されているという感覚がある。まあ気のせいかもしれないが。
「聖なる力よ、我に力を。生み出すは突風【ウィンド・エッジ】」
「ふう、終わったな。」
結果的に言うと、シャラルは4体目までは頑張ったのだが流石に5体目でへばったので、以降はアルケニーが全員まとめて吹き飛ばした。そしたら働き蟻ではなく、兵隊蟻がぞろぞろと巣から出てきて、溺結に全員呪い殺してもらった。具体的には全員の体の中の内臓や血流を止めることで体を壊死させたのだ。本当にこういう時には強すぎる。これでまだ全力ではないのだから恐ろしい。その後、どうせだからということで守衛が少くなったキラーアントの巣を探検したが、めぼしい収穫はなかった。女王蟻がめちゃくちゃ怒って襲い掛かって来たので、骨喰で一刀両断した時の快感くらいだろうか。一応魔核は全部回収して持って帰ったが。
「もうすっかり暗いねー、これからどうするの?」
「あー、とりあえず冒険者協会で換金するか。依頼の品も渡さなきゃだしな。」
俺たちは建物に入る。備え付きの酒場は今も賑わっている。俺たちはカウンターまで行き、手続きを済ませる。
「はい、こちらが今回の報酬と、冒険者ポイントです。」
詳細を見ると依頼完了によるポイントが俺とシャラルの両方に入っている。
「あの、ここの部分なんですけど、俺は何もしてないんで全部シャラルにつけといてください。」
「わかりました。」
もう一度もらった詳細を確認し、カウンターを離れる。
「どうする?まだ家に食べ物もあるし、帰る?」
「いや、俺はちょっと用事があるから、先に帰っといてくれないか?」
それを言った瞬間、シャラルの顔が曇る。
「そういって、まったく…遅くならうちに帰ってきてよね。」
俺はシャラルを見送った後、2階に登る。
「お邪魔します。」
俺は会長室に入る。そこにはドレークと秘書のエルヴィスがいるだけだ。
「ほっほっほ、ラーザよ、会長室にノックもせずにはいるとは、いつそんなに偉くなったのかの?」
「あんたが呼んだんでしょ。シャラルを待たせてるので、早めに終わってくださいね。」
俺は椅子に座る。その後すぐにエルヴィスから紅茶が出されるので、一口飲む。
「まあそう焦るな。今回の話は、そのシャラルちゃんについてじゃよ。」
新章、突入です。お楽しみに!