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第百五十五話 束の間の再開

「ラーザ、目を覚ましたんだね!」


溺結が俺に飛びついてくる。実体のある溺結に触るのは2度目だが、前よりも温かみをより感じる。


【ふん、まさかあの状態から本当に生き返るとは…】


骨喰の驚いたというような声が聞こえてくる。


「当たり前だろ。俺を誰だと心得ているんだ?」


「今の状況を簡単に説明するとね…」


腕の中の溺結が俺に説明しようとしてくれるが、俺はその口を手で塞いで静止する。


「大丈夫だ。体はだいぶ前から治ってたんだろ?俺の体に溜め込められた五感情報が今一気に来た。」


俺はもう片方の手で頭を押さえながら言う。一度にたくさんの情報を処理するのには相当負荷がかかる。感覚としては【思考分割】を終わり、一つに思考を統合した時のような感じだ。


「溺結、ありがとうな。本当に助かった。骨喰も、協力感謝する。」


今整理した記憶によれば、こいつらのおかげで俺は助かったのだろう。


「あの…ラーザ君。」


「……アテナか。治癒魔法の腕、相当上がってるな。」


炎恨につけられた外傷は完全に癒えている。並みの使い手ならば傷跡が残ったり複数回に時間を分けて治癒しないと治せないくらいの傷だった。


「うん、毎日練習してるから。」


少し話しづらい雰囲気が漂う。そりゃあそうだ。前まで同級生で、今は貴族と犯罪者だ。アテナの奥を見てみると、アリアやウラノス、アルガス、マリア、アンディ、そしてルイス先生など俺と親しい仲だった者も大勢いる。そしてその奥に立っている男が一人。


「ふん、この極悪人が。今この手で天誅を下してもいいんだよ?」


恐らく俺が追われる身となった原因であろう男、ルイス先生から皇太子殿下と呼ばれていた人物だ。こいつそんなに偉い奴だったのか。


「一応聞きたいんですけど…あなたが冤罪であるという可能性はありますか?」


アリアが聞いてくる。その目はまだ俺のことを信じてくれている。


「それはどこからどこまでのことを指してるんだ?」


「それは…ラーザさんが武術大会で不正を働き、投獄。その後守りの兵などを皆殺しにして少女一人を誘拐し、そのまま冒険者協会自治領に逃亡、ということです。」


マリアが控えめに言う。本当にそれだけを聞いたら俺が大極悪人みたいじゃないか。しかし、その事実の一部は否定できないものになっている。


「最初の方は違うが、概ね事実だ。」


俺は否定をしない。こいつらが俺のことをどう思っていようと関係はない。俺がなすべきことをするだけだ。


「最初の方…じゃあ人を殺したのは事実なの?」


アテナが俺の目を見て問うてくる。


「ああ、そうだ。そこに虚構は一切ない。」


俺がそう言うと皆の顔が一気に暗くなる。まあそうなることは予想出来てた。


「なんで…なんでそんな風にしてられるの?」


細々とした声でアテナが言う。俺は最初それが何を言っているのかがわからなかった。


「なんでって、どういうことだ?」


「私は、君の大人びてるところが大好きだった。すごくかっこよくて、憧れだったよ。でもね…」


アテナはそこで一瞬息を吸い込む。まるで溜め込んでた何かを吐き出すかのように。


「人をたくさん殺して…それを重く受け止められないなんて、そんなの人として駄目だよ!」


アテナの言わんとするところは理解した。むしろそれが一般的な意見だろう。いかなる理由があろうと、殺人というのは最もしてはいけない行為なのだ。


「そうだな…俺はお前らとはどこか違うのかもな。」


どこか、なんて言っているが、どこかなんて明白だ。これまでの人生経験だ。まだ20年も生きていない若者と2000年前の大戦時代から生き続ける俺とでは生と死の価値観が大きく異なるのだろう。


「ラーザ、もうそろそろこの空間が崩壊する。お話しするのもあと少しだよ。」


この空間が崩壊すれば、俺は現のあの場所に戻されるのだろう。そしてあそこには既に王国騎士団なども到着しているはずだ。


「ふん、もともとそんな悪人だったから怨霊なんかとも適合できたんだろ。」


皇太子が言う。


「そんなことない。ラーザが炎恨の呪いを魂に格納できたのはひとえに魂の大きさが他の人間とは一線を画していたからに過ぎない。そこに悪人か善人かなんて関係ない。」


「ふん、どうだか。」


その言葉を機にまた沈黙がこの空間を支配する。気まずい雰囲気が流れ、ついに時が来た。この空間の純白の空にひびが入り始める。


「骨喰、現に戻ったら、すぐに呪層に入るから準備しておいてくれよ。」


【わかっている。】


「ラーザ君、これ。」


そう言ってアテナは俺に銀色のシンプルな指輪を手渡してくる。


「これは…今日偶然持ってたのか?」


「ううん、毎日持ってきてたよ。私は君が何を経験してきたかなんて知らない。でも、これだけは言える。君は何か事情を抱えてるってこと。だから困ったら、いつでも私を頼ってね。」


「……」


俺は何を返すことも出来なかった。ただ、その言葉が俺の心にあった何か黒いものを少しだけ溶かしてくれたような気がする。まだこの娘は俺のことを信じてくれている。


「じゃあ、お前ら、元気にやれよ。」


溺結の空間が壊れ、現が俺たちの周りを取り囲む。やはり周囲には大人も大勢いる。


「またいつか、再開する日に。」


俺は大人たちが気づくよりも早く骨喰で現を割り、呪層へと逃げ込んだ。

これでこの章は終了です。次回からは新章なのでお楽しみに!

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