第百五十四話 ラーザの運命
「ここは…」
ルイスが呟く。彼らの周囲を囲っていた炎はなくなり、辺りにはただ白い空間が広がっている。地面も白く、無限に平坦が続いている。
「骨喰、状況は?」
これまで横たわっていた少女、溺結が起き上がりながら言う。溺結に手を添えて呪力を流していた生徒のことは完全に無視だ。
【ラーザのことだな?魂の状態は悪くはない。まだ十分に後戻りできる。】
「そう、じゃあ始めよう。」
そう言って溺結は骨喰をつかむ。そのタイミングであの皇太子が声を荒げながら言う。
「おいおい、なんだい一体君たちは。今僕が彼を楽にしてあげようとしてたんだぞ?邪魔するなよ。」
「うるさい、黙ってて。」
溺結がそういうと本当に黙りこくってしまう。その言葉自体に呪力が乗っていたのだろう。
「じゃあ、行くよ。」
そう言うと溺結は骨喰をまだ眠ったままのラーザの胸に突き刺す。刺し口から血が出るが、溺結の呪いで血を止める。しかし血を止めたからと言って、傷が塞がるわけではない。周りの人間は何をしているのかと目を見開く。
「入れて、骨喰。」
【承知した。】
骨喰の漆黒の刀身の周りを紫色の炎が巻き始める。その炎はまるで吸いこまれるように刀身を降り、ラーザの体へと入っていく。
「ჟელატინიზაცია წყევლა სული」
溺結は呪言を発し、その瞬間溺結、そしてこの空間から大量の呪力がラーザの肉体に集まり、魂に集中する。
「きれい…」
誰かの呟き声がこだまする。これまでの呪力というのは空間に浮かぶ不純物のようなものだった。しかし溺結の呪力は透明で、澄んでいる。帝の魔眼で視ていたラーザはそれを白いと形容した。
「お願い…私は今回、何もできなかった。ラーザに助けられてばかりだった。だから、せめて君を救いたい。」
その言葉が響いたのか、崩壊寸前だったラーザの魂は少しずつ形を安定させていく。そして骨喰から出る炎がなくなったころに完全に安定した。溺結は骨喰をラーザから引き抜く。
「ふう、これで私たちにできる事は終わり。あとはラーザが目を覚ますかどうか。」
そう言って溺結は振り向いてにこりと笑う。
「それまで私とお話でもしようか。」
彼女はこれまで会話する相手と言えばラーザと骨喰しかいなかった。それゆえに少しばかり心躍らせているのだ。久々にルカの子孫との会話。遠い昔の記憶がよみがえってくる。
「それより、ここが一体どこかを教えていただけますか??」
ルイスが問う。突然この空間に引き込まれて意味の分からない儀式のようなものを見せられて困惑しているのだろう。
【ここは溺結の呪力で作り出された空間だ。現、呪層などの層からはみ出るような形で存在する。基本的に生成するときに一緒に巻き込まれる以外に侵入方法はないゆえに追手からに逃げ場としては最適だが、作るのに半端な量では済まない呪力を消費して維持だけでも呪力を消費、そのくせ本人に何か大きなメリットがあるわけではないというものだ。まあ今回のような邪魔を入れたくない場面では便利だが。】
「ではいずれこの怨霊…溺結とい言いましたか、の呪力が切れてこの空間からは出られるという認識でいいですか?」
「そう捉えてもらって差し支えはない。あと一応言っとくと呪いの発動の補助くらいはしていくれる。」
その言葉を聞いて一同は胸をなでおろす。
「では、先ほど彼にしていたことはいったい何だったのですか?」
アリアが質問する。
「説明は難しい……簡単に言えばラーザの魂に別のものを埋め込んだの。みんなも気づいてたでしょ?ラーザの違和感。」
「ええ…聖力を一切感じなかった。彼はもともと少ない方でしたが、それでも何かがおかしい。」
違和感の正体、それはラーザの魂から聖力を感じれなかったところである。実際には彼の魂が生み出していたのは聖力ではなく魔力なのだがそれすらも感じることができなかった。
「彼は炎恨との戦いでその魂の未来を犠牲として今を選んだ、ということ。詳しいことは私もわからないけど、多分魂の核となる部分の聖力を生み出すところを意図的に壊して、力を強制的に使ってたんだと思う。それの代償として彼の魂は空洞になった。」
炎恨との戦いで発動した、【ディザスター・ソウル】というのがまさにそれだ。これは崩壊属性の応用的な術式だ。
「そしてその空洞となった魂は自重に耐えきれなくなりさらに壊れていく。それが先ほどまでのラーザ君だったのですね。」
ルイスが納得したようにうなずく。
「じゃ、じゃあ、別のものを埋め込んだっていうのは…」
ここで何かを察したのか、アテナが言う。そう、彼女の推測は正しい。つまり、溺結と骨喰がしていたのは、
【ラーザの魂の空洞に炎恨の呪詛を入れたのだ。人の魂と怨霊はよく構造が似ている。魂が不可に耐えられれば行ける。それに溺結の呪詛で炎恨を魂に縛り付けることもできたからな。】
「そんなこと…ラーザ君はそうしないと助からなかったの?」
【もちろんだ。俺様が溺結を復活させている間にラーザの、主の魂が壊れる音が聞こえた。その時点からこのことは考ええていたのだ。これがラーザの運命だったのだろう。】
あの時、溺結を白い鞭に流し込みながら感じ取ったラーザの魂の崩壊。それを溺結に共有したのち、この計画を立案した。
「ふん、この極悪人が。そのまま死んでくれても構わないんだよ。」
今までずっと黙っていた皇太子様が声を出す。ようやく溺結の呪いから解放されたのだろう。
「ちょ、ちょっと、そんな言い方はないんじゃない?」
「何を言っているんだ、アテナ。彼は犯罪者なんだよ?」
その言葉に不満があったのか、溺結がもう一度呪おうとしたときのことだった。
「お前らうるさいなぁ。」
何もない純白の空間に青年の声が響いた。