第十一話 アレス・アカデミアの真意
「はあ。」
ヘリウスがため息をつく。
「へ?どうかなされました?」
俺は聞いてみる。
「あのねぇ、君は中々変わってるって言われない?こんなに僕に対して挑発的に言ってくるのは君が初めてだよ。」
なるほど、そう言うことか。つまり、今までの俺の態度は平民のそれではなかったと言うことだ。
「本当にそうですね。少しは礼儀というものを弁えたらどうですか?」
アリアが笑いながら俺に言ってくる。
「いやぁ、俺もそうしようと思ってるんだけど中々出来なくて、困ってるんだよ。」
俺も笑いながら答える。
「うむ。」
いや何が「うむ。」だ、ウラノスよ。
「あれ?そういえば君たちはもうそろそろ時間じゃないのかね?確かそう言っていたはずだが。」
時計を見てみるとすでに11時半を過ぎている。
「そうでした。12時までに帰ってくるように言われているので。では、また機会があれば。」
そう言って、メーティス邸を後にするアリア。それに続いて、
「ありがとうございました。」
きちんとお辞儀をして返るウラノス。
「おい、アテナもそろそろ魔法の授業の時間だから行ってきなさい。」
「確かに、では行ってきます。ラーザ君も元気でね!」
そういうと、アテナは勢いよく家を飛び出す。なんだか空元気といった雰囲気だが大丈夫だろうか。
「そういえば、あの2人ってどんな家柄なんですか?」
気になったので、ヘリウスに聞いてみる。
「マーリン家といえば、魔法の名門だ。父も母も王国直属の魔術師団に属している。一方アイネアス家はその反対で剣術、体術の達人揃いのはずだ。王国騎士団長は、ウラノスの父が勤めいている。」
「へえ、やっぱりあの2人の親は2人が得意とすることのエキスパートってことですね。」
「まあそうだな。と言っても両者才能の塊という面もあるが。」
俺は納得する。つまり、あの2人は黄金の世代の天才4人に含まれている者たちなのだろう。
「やっぱり、黄金の世代が関係しているんですかね?」
俺は聞いてみる。俺の見立てが正しければもう1人はアテナのはずだ。光属性の才能があそこまであるものは中々いないからな。
「ははっ、そうかもね。でもまだ決まっている訳じゃない。」
結構慎重なやつだ。これ以上この話題をしても情報は集まらないかもしれない。
「そういえば、王国はどうして少数精鋭を集めて英才教育をしようとしてるんですかね?」
適当な話題を振ってみる。
「それは結構な国家機密に迫ってるよ。本来なら言えないことなんだけどね、どうせ君たちは入学後すぐに知らされることになる。だからここで言ってしまっても構わないかな。」
そういうと、ヘリウスは真面目な顔になった。
「まだ王国からは正式な発表がなされてないから、誰かに喋っちゃいけない。わかったか?」
俺はうなずく。ヘリウスの雰囲気が俺を自然とそうさせた。
「王国が少数精鋭を集めて英才教育を行う理由、それはね、10年後に行われる魔族領への総攻撃に向けた準備なんだよ。」
俺の思考は完全に停止した。こいつ、今何て言った?10年後に魔族領への総攻撃だって?
「えっと、それはつまり10年後に魔族領に侵攻するってことですよね?でもそれは、人間・魔族不可侵条約に引っかかるんじゃ。」
人間・魔族不可侵条約。それは、2000年前に人間と魔族に取り付けられた条約である。互いに不可侵でいこうと言うのがこの条約の意味であり、魔族領に侵攻すると言うことは完全な違反であるはずだ。この条約は四大魔族である魔王、魔導、魔帝、魔将の4人と、当時の人間側の国王とで結んだはずだ。その時の記憶はまだ鮮明に残っている。
「よく勉強しているね。確かに人間領と魔族領では人間・魔族不可視条約によって、互いに直接の干渉は不可能とされていた。でもね、薄汚い魔族の一体誰がそんな2000年前の約束を守るのだろうか。どうせ奴らは、今にも人間を裏切るために爪を研いでいるはずだ。その攻撃を防ぐためにはどうすればいいと思う?そう、先制攻撃しかないんだよ。わかるかい?」
ヘリウスはそう捲し立てているが俺は正直どう反応すればいいかわからなかった。つまり、この総攻撃の根源にあるのは、魔族への偏見と憎しみということなのか。そんなこと考えている人間が1番薄汚えよと言ってやりたい。と言うより、今すぐに魔族領に帰って、このことを皆に知らせなければ。今の魔族は平和ボケのそれになってしまっている。人間との冷戦も2000年も経てばほとんど感じられなくなり、魔族同士の領土争いもここ800年は起きていない。人間のみがそんなことを思っているのである。
「だからさ、君の頭脳も是非有効活用したい。君の頭の良さがあれば、魔族の1手2手先の攻撃を仕掛けられるだろう。」
そりゃそうだ、この俺こそが魔族の中で最強の知能を持つとされた四第魔族の1人、魔帝なのだから。
「し、四大魔族はどうするつもりですか?とんでもない化け物揃いって聞きますけど。」
正直な話、四大魔族がいくら最強と言っても限度がある。人間の総攻撃は流石に耐え切れないだろう。どうにかこれで思いとどまらせることはできないだろうか。
「何言ってるんだよ。四大魔族っていうのは2000年前の魔族だろう。そんな奴らもうとっくに冥界入りしてるよ。」
そんなことは一切ない。まず魔王と魔帝だが、ともに転生魔法を繰り返して現代まで生きながらえている。魔導に関しては、【不老化】という魔法を使えるため寿命というものが存在しない。魔将に関しては日々の鍛錬でいくら老いようと全盛期の頃の肉体を保っているため、死ぬと言うことはないだろう。そう考えると、魔将が最も意味わからない。
「そうか、そうですよね。何言ってるんでしょうか、俺。」
とりあえずこう言っておくしかない。そういえば、彼女は、アテナは知っているのだろうか。この計画について。あの純真無垢そうな少女はこの極悪非道な計画のことを。
「あの、すみません。聞きたいんですけど、アテナは、この計画について知っているんでしょうか?」
努めて平静を装いながら質問する。正直隠し通せている気はしないが、とりあえずは怪しまれなかったようだ。
「ああ、アテナにはまだこのことは話していないよ。まずは、アレス・アカデミアに入ることが第一課題だったからね。でも、入学すれば自ずと知ることになるよ。それがどうしたんだね?」
「あっいえ、少し気になっただけですから。」
そうか、知らないのか。それはよかった。俺はなんとなく救われたような気がした。
「あの、提案なんですけど入学後もしばらくはみんなに知らせない方がいいかもですよ。みんなびっくりして、集中できないかもしれませんから。」
俺はそう提案してみる。正直意味はないかもしれないが、気休めだ。明確な理由はないが、アテナには少しでも長く知らない状態でいてほしい。
「ふむ、そうか。そう言う考えもあるな。わかった、上の者と話し合ってみる。」
俺は、内心少しほっとした。
「あっもうそろそろ僕も帰りますね。ミトウワ村に帰る準備をしなくちゃなので。」
正直言うと、早くこの空間を抜け出したかった。俺まで頭おかしくなりそうだ。
「うむ、わかった。それではまたいつかな。達者で。」
そう言ってヘリウスは玄関まで送ってくれた。が、俺は一気に逃げるように駆けていった。